第三千五百十五話 塗り替える(三)
「ええ、さすがはミリュウさんですよ、本当に」
エインは、ナルフォルンの余裕に満ちた態度、その真意を探ろうとした。
ナルフォルンの真意を探り当てたところで状況が変わるわけでもなければ、エインになにができるわけでもないが、それでも、知っておく必要があるのではないか、と想ったからだ。また、わずかな不安でも消し去っておきたいという、軍師として当然の欲求でもあった。
いや、それは、人間として当たり前の感情なのかもしれない。
「獅子神皇にもっとも近い神将を容易く討ち斃して見せたんですからね」
「容易く?」
「心外ですか」
「わたしには、ミリュウ様は随分と苦戦しておられたように見えましたが」
ナルフォルンが苦笑を交え、いってくる。
エインたちの目の前で繰り広げられた幻像同士の戦闘が、ミリュウたちの戦いを完璧に再現しているというのであれば、ナルフォルンの言い分もわからないではない。ミリュウの幻像は満身創痍どころか死んでいてもおかしくはないという状態だった。
エインも、それは理解している。その上で、いうのだ。
「苦戦しても、斃したんです」
「……ええ、そうですね」
「残りの神将も、同じように斃しますよ」
「……そうかもしれませんね」
ナルフォルンは、エインの意見を否定しなかった。それどころか、神将たちが斃される可能性を認めるような反応すらして見せたものだから、エインは、目を細めた。
「獅徒ヴィシュタルも、セツナ様が斃します」
「……そうでしょう」
ナルフォルンの肯定的な返答は、セツナがヴィシュタルを打倒することに期待してさえいるような、そんな気配があった。
「そうでなくては」
「……いったい、あなたはなにを考えているんです? アレグリアさん」
「さて、なにを考えているのでしょうね」
ナルフォルンの穏やかな笑顔を見て、エインは、彼女がまったく敗北する可能性を考えていないのだと悟った。
すると、ナルフォルンが静かに続けてきた。
「まあ、隠していても仕方ありませんし、お見せしましょう」
「え?」
エインがナルフォルンの思わぬ言葉に驚いていると、戦場に変化が訪れた。
いまのいままで、エインたちが見ていたのは架空の戦場だった。エイン軍とナルフォルン軍、両軍の陣地が向かい合う形の戦場であり、それぞれに無数の支城と本城を持っていたのだが、戦闘がセツナたち突入組と獅徒、神将たちのもののみに焦点が当てられてからというもの、それら支城も本城もなんの意味もなさないものになっていた。
だから、それらが消滅したことそのものに驚きはなかったのだが、その直後、ナルンニルノルを中心とする広大な戦場が出現したものだから、エインも度肝を抜かれた。
『これは……』
「結晶の大地……」
マユリ神ともども驚愕を覚えるのも当然だった。
ガンディア小大陸の中心、ナルンニルノル周辺で繰り広げられている連合軍対ネア・ガンディア軍の戦いが余す所なく再現されており、数え切れない数の連合軍将兵の幻像が、それ以上に数の多いネア・ガンディア軍将兵の幻像と、様々な場所でぶつかり合っていた。
神兵を相手に奮戦するシグルドの姿もあれば、神々を相手に大立ち回りを演じる皇帝の姿もあり、魔晶人形たちが神兵をつぎつぎと撃滅していく様も見られた。
竜たちが飛び回り、皇魔が奮闘し、武装召喚師たちが激闘を演じている。
「こんなものを見せて、どういう――」
つもりなのか。
そう問おうとしたとき、はたと、エインは気づいた。
ナルンニルノルの外観が大きく変わっていたのだ。
元々、ナルンニルノルは、異様な形状をしていたことは記憶に新しい。要塞とも宮殿ともいえない、異様としかいいようのない構造物。無数の構造物が複雑に繋ぎ合わされてできた超巨大構造物であり、どこからどう攻略していくものなのかもわからないような有り様だった。
そういう意味では、強制的な空間転移によって、獅徒や神将と直接対決する羽目になってくれてよかったのかもしれない。
無論、それはいまのところ全員が勝ち残っているからいえることだ。
さて、ナルンニルノルの外観に起きた変化というのは、異様といっていいほどのものだった。
無機的な構造物そのものといっても過言ではなかった外観が、有機的かつ生物的な外観へと変わっていた。
神々しくも異形なる獅子、とでもいうべきか。
それは、悠然と起き上がると、天に向かって吼えた。
そして、戦場は、一変する。
戦況は、必ずしも芳しいといえるものではなかった。
連合軍の将兵は、だれもが奮戦しているものの、ネア・ガンディア軍の戦力は強大であり、一角を突き崩すのが精一杯といったところだったのだ。
ネア・ガンディア軍の戦力のうち、もっとも与しやすいのは、聖兵だろう。神の祝福と加護によって強化されただけのただの人間なのだ。同じく神々の祝福と加護を受け、さらに多数の召喚武装の恩恵に預かれる連合軍将兵の相手ではなかった。
つぎに神兵だが、神兵そのものが強化されている上、合体している個体も存在し、それらの撃破には、当然、相応の力を必要とした。
その上に使徒がいる。
神に選ばれ、並々ならぬ加護と祝福を受けた使徒たちは、強敵といってよかった。
そして分霊。
神々の化身そのものといっても過言ではないそれらの相手は、神々を相手にするのとほとんど変わらなかった。
神々。
ネア・ガンディア軍の主力だけあって、それら神々を相手にするだけでも困難を極めた。
神々には、神々をぶつけるしかないし、実際にそうしているのだが、それだけでは対処しきれない数の神がネア・ガンディア側に存在した。神の数では、圧倒的にネア・ガンディアのほうが上なのだ。神の質で対抗しようにも限界がある。
マリク神を始めとする神々がなんとかして、敵対する神々の注意を引いているものの、万が一にでも、それら神々が、こちらの思惑とは異なる動きを見せれば、それだけで戦線が崩壊しかねない。
連合軍があるときから守りを固める方向に舵を取り始めたのも、そのためだ。
連合軍の勝利条件は、ただひとつ。
突入組が獅子神皇を討ち斃すこと、それだけなのだ。
つまり、連合軍が、この地でネア・ガンディア軍を打ち破ることにはなんの意味もなかった。ならばなぜ戦うのかといえば、ネア・ガンディア軍の一兵たりともナルンニルノルに向かわせないためであり、注意を引きつけておく必要があるからだ。
神兵や使徒程度ならばまだしも、分霊や神がナルンニルノルに向かえば、それだけで突入組の負担は激増する。
ただでさえ強敵揃いのナルンニルノルにおいて、セツナたちの負担が増えることは避けなければならなかった。
故に、連合軍将兵は、奮戦する。
血反吐を吐き、地に倒れようとも、得物を手放さず、再び立ち上がれるときを待っている。まさに死兵だ。イルス・ヴァレの未来を懸けた戦いなのだ。だれもが死兵となって戦うのは、道理といってよかった。




