第三千五百三話 神の剣なるもの(二)
「なにを見透かしたのかしら?」
磁力場が生み出した凶悪なまでの斥力によって吹き飛ばされていくナルノイアを見遣り、つぎの手を打ちながら、彼女は問うた。
もちろん、その程度では決定打になるどころか、軽度の損傷すら与えられないことはわかっている。
が、一連の攻撃がまったく効果がないわけではないということがはっきりとわかったのだ。
これを軸に戦術を組み上げていけば、ナルノイアを出し抜き、致命傷を与えることだってできるかもしれない。いや、できるはずだ。
そう、強く想うと、ナルノイアが空中で動きを止め、素早く体勢を立て直す様を見た。吹き飛ばした程度でどうにかなる相手ではない。
「ふむ……」
地面に降りる寸前、こちらではなく、まったく別の方向に短剣を投げつけたナルノイアは、透かさず、ミリュウに向かって突進してきた。短剣の投擲は、呪文を構築する刃片群を吹き飛ばすためのものだ。
やはり、擬似魔法を発動するためには、もっと大きな隙を作る必要がある。
威力や精度を度外視するならば、いくらでも、擬似魔法の発動まで漕ぎ着けることはできるだろう。しかし、それではなんの意味もないことは、火を見るより明らかだ。
相手は神将。
獅徒と同等か、それ以上の力を獅子神皇より与えられた存在だと見るべきだったし、そうであれば、並大抵の攻撃では斃しきれない相手だと認識するべきだ。
ただ肉体を消し飛ばしただけでは、獅徒のように瞬く間に復元するに違いない。
“核”があるはずだ。
獅子神皇の力によって生まれ変わったのであれば、その生命力の源として“核”が存在するはずだった。
そして、そうであれば、“核”を破壊しなければ、ナルノイアを斃すことはできず、そのためには並外れた威力の攻撃を叩き込み、強靭堅固な肉体を破壊しなければならないのだ。
(だから、魔法が必要なのよね)
ミリュウの持つ最大威力の攻撃手段が擬似魔法なのだ。
セツナやファリア、ルウファたち武装召喚師の多くは、その最大威力の攻撃手段を召喚武装そのものに依存する。それこそ、武装召喚師の正しい在り様であり、ミリュウは特異といってよかった。
擬似魔法は、ラヴァーソウルの能力ではない。ラヴァーソウルの能力を応用した技術であり、ミリュウ以外のだれにも真似のできない攻撃手段といっていいだろう。
ラヴァーソウルとしては、多少の不服を禁じ得ないかもしれないが、そればかりは致し方がない。
純粋な破壊力という点では、ラヴァーソウルの能力と擬似魔法では比べようがないのだ。
ほかの召喚武装と比較しても、擬似魔法の破壊力は突出している。
ミリュウが擬似魔法一辺倒になるのも仕方がない側面があった。
だが。
ミリュウは、猛然と突っ込んできたナルノイアが突如としてあらぬ方向に跳ね飛んでいく様を見て、みずからも飛んだ。追撃を仕掛けるためだ。ただ跳躍するのではなく、磁力場を利用し、加速することで、ナルノイアに追い着く。
すると、ナルノイアが空中で静止し、こちらに向き直ったものだから、ミリュウは、すぐさま磁力場を展開した。
なんの前触れもなくナルノイアが吹き飛び、地面に激突する。粉塵が舞い上がり、短剣が飛来する。今度はミリュウを狙った投擲――かと思いきや、ミリュウが飛び降りて回避すると、その直線上で組み上がりつつあった刃片群に激突した。
どのような状況に陥ろうと、擬似魔法の発動だけは許さない、とでもいいたげなナルノイアの頑張りぶりに、ミリュウはなんともいえない表情をした。
着地とともにナルノイアに迫ろうとしたが、脳裏に閃くものがあり、飛び退いた。すると、虚空を剣閃が走り抜け、ミリュウが立っていた空間を切り裂いたものだから、背筋が凍るような気分になった。立ちこめる粉塵の真っ只中から繰り出されたナルノイアの斬撃は、長剣によるものだろう。長剣の刀身よりも遙かに広い攻撃範囲は、神威を帯びているからなのか、どうか。
さらに二度、斬撃が走った。
すると、粉塵が吹き飛び、ナルノイアの姿がはっきりと確認できるようになった。
「なるほど、そういうことか。理解したよ、ミリュウ=リヴァイア」
ナルノイアは、後方に向かって短剣を投げつけながら、告げてきた。
「さすがはガンディア最強部隊《獅子の尾》の隊士だ。百戦錬磨の戦いぶり、その一端を垣間見た気分だ。素晴らしいとしか、言い様がない」
「そう? でも、まだまだよ。まだまだ、こんなものじゃセツナを満足させてあげられないわ」
「だろうとも。わたしも、この程度では満ち足りぬ」
「あなたを満足させるつもりなんてないのだけれど」
告げて、ナルノイアに向かって右手を掲げる。手にしているのは、当然、ラヴァーソウルの柄だけであり、鍔元を見せつける形になる。普通ならば刀身の存在しない太刀を見せつけることに意味などないのだが、これは召喚武装だ。
ミリュウが握り締めているのは、ラヴァーソウルの刀身、その破片たちを操作し、制御するための装置といっても過言ではなかった。
ミリュウは、刃片たちに攻撃対象を指示したのだ。
つぎの瞬間、四方八方、この戦場のありとあらゆる場所に飛び散っていた刃片たちが、ナルノイアへと殺到した。その途中、刃片が刃片群となり、さらに強く結びついて、小さな刃を形成する。
すべて、一瞬の出来事だ。
刃片は、磁力場によって弾き飛ばされ、加速し、ナルノイアの元へ瞬時に到達している。小さな刃を形成したのは、ナルノイアに至る寸前でのことだ。
ナルノイアが回避行動に移る余地は少なかったし、元より、彼にそのつもりはなさそうだった。
殺到した刃の数だけ、ナルノイアの周囲に剣閃が走った。まるで斬撃の嵐だ。剣風だけで吹き飛ばされそうになるほどに凄まじい斬撃の数々は、どれもこれも精確に刃を捉えている。刃が砕け散り、元の刃片に戻って飛び散っていく。
「こんなもの――」
「そうね、効かないでしょうね」
ミリュウは、わかりきっていた光景に無感動な表情を向けたまま、磁力場を構築した。強大な斥力でもってナルノイアを上空に弾き飛ばし、さらに左に吹き飛ばす。ナルノイアが抵抗した。斥力を強めても、空中のナルノイアを動かすことは不可能だった。
「だが、見事ではある。この剣神の間全体に刃片を拡散させることで、戦場そのものを支配し、主導権を得るという戦法、並の相手ならば手も足も出せぬまま終わることだろう」
ナルノイアの賞賛の言葉からは、彼の本心が伝わってくるかのようだった。本心から、褒め称えている。同時に、ミリュウたちへの嫉妬も隠していない。
百戦錬磨。
それは、三つの王立親衛隊の中で、《獅子の尾》だけが許された言葉といっていい。《獅子の爪》や《獅子の牙》が弱いわけではない。国王直属の親衛隊だけあって、精鋭中の精鋭から選び抜かれた部隊は、いずれも精強であり、他国と比較しても強力な部隊だった。
隊長も幹部も、隊士たちも、だれもが強い意志を持ち、親衛隊の一員であるという意識を持って、日夜鍛錬に励んでいた。
だのに、《獅子の尾》には敵わない。
それが、《獅子の爪》や《獅子の牙》の宿命といっても過言ではなかった。




