第三千四百九十九話 軍師ふたり(七)
セツナが決戦の口火を切ると、突入組の面々が我先にと動き出した。
もちろん、エインが全員に攻撃命令を下したからであり、勝手気ままに攻撃を開始したわけではない。しかし、それらの反応は、まるでセツナの攻撃に触発されたかのように見え、故にこそ、だれもが最大限に力を発揮しているかのようにも想えたのだろう。
セツナに続く二番手として名乗りを上げるように敵陣を攻撃したのは、ファリアだった。
召喚武装オーロラストームを構えたファリアは、オーロラストームの翼を構成する結晶体を極めて大きく展開すると、すべての結晶体を励起させ、物凄まじい雷光を生じさせた。そして、セツナの“破壊光線”に比べても十分すぎるほどに巨大な雷光の帯を敵陣に撃ち込んで見せたのだ。
蒼白い雷光の奔流が、アレグリア軍の雑兵を薙ぎ払い、戦場を蹂躙し、いくつもの支城を破壊する。
“破壊光線”にも勝るとも劣らない威力を見せつけられて、エインは、ただただ驚いた。
だが、驚くのはまだ早かった。
つぎにミリュウが動いた。
開戦当初より、召喚武装ラヴァーソウルの刀身は無数の破片となって彼女の周囲に展開していたのだが、その破片群による呪文の詠唱がちょうど終わったのが、ファリアによる攻撃の直後だったのだろう。
擬似魔法が発動したのだ。
古代、イルス・ヴァレに存在していたという魔法と呼ばれる技術を擬似的に再現したそれは、すでに散々な状態にある敵陣にさらなる被害をもたらした。
擬似魔法の発動とともに空が歪んだかと思うと、虚空に穴が空き、そこから巨大な石の塊のようなものが出現した。赤熱したそれは、さながら流星のように光の尾を引きながら敵陣に突っ込んでいき、大地に直撃するとともに辺り一面を爆砕した。
極めて広大な範囲の地面に大穴が開くほどの大爆砕だった。
「あれは……」
『隕石だな』
「隕石……」
『流星と言い換えてもいいが……あんなものを呼び寄せる擬似魔法、ミリュウが使ったところは見たことがない』
「それは……そうですが」
エインは、ミリュウに続く突入組の攻撃に目を奪われ、意識のほとんども持って行かれていたためか、マユリ神に対する反応がおざなりになってしまっていた。女神のいうとおりなのは間違いない。ミリュウの擬似魔法は様々にあるが、流星召喚などという荒技は、見たことがなかった。
しかし、エインの記憶の中では、セツナたちが空から降ってくる流星について語っているというものがあった。
『まるでナリアのようだ』
「ああ」
エインは、ルウファがシルフィードフェザーの翼を数え切れないくらい無数に増やしながら敵陣に向かって飛翔していく様に神々しささえ覚えながら、マユリ神の発言に手を打つような気持ちになった。
「きっとそれですよ、それ」
『なに?』
「ナリアの隕石攻撃が印象に残ってたんですよ、きっと」
それが、ミリュウの擬似魔法と合わさり、いままさに実現したのではないか。
エインはそのように考え、結論づけた。
いま、エイン軍の一員として具現しているセツナたちは、だれひとりとして本物ではない。明確に偽者であり、完璧に再現しているわけではないのだ。むしろ、完全再現からは程遠く、エインの想いが強く繁栄されていることは、突入組以外の面々に目を向ければ、一目瞭然といってもいい。
思い入れの強いセツナ一行の再現度は、見た目からして極めて高い。が、帝国軍将兵や聖王国の魔晶人形などといった、エインと特に深い関わりのない面々の再現度は、控えめにいっても低かった。画一的な姿をした魔晶人形でさえ、ウルクを基準にした姿形をしており、本物の魔晶人形たちとは大きく異なる姿だ。帝国軍将兵など、だれがだれかわからないくらい混然としている。
それはつまりどういうことかといえば、エインの記憶力と強い想いを元に再現された軍勢であって、実在する軍勢とはまったく関係がないといっても過言ではないということだ。
だから、ファリアのオーロラストームが実際よりも遙かに強力だったり、ミリュウの擬似魔法に大いなる神ナリアの隕石攻撃が混じったりしたのだ。
そしてその事実は、ルウファによっても証明された。
何百枚もの翼を生やしたルウファは、まるで空の支配者のような荘厳さと美しさを誇るようにして、空を舞った。あっという間に敵陣に到達すると、それだけで敵陣にさらなる損害をもたらした。ルウファの周囲に嵐が逆巻いている。それも物凄まじい勢いの嵐であり、ルウファは、さながら動く災害のような様相を呈していた。
続くのは、シーラだ。
ハートオブビーストの獣化能力によって白い狐の耳と九つの尾を生やしたシーラは、一瞬で敵陣のど真ん中に移動すると、九つの尾を振り回して見せた。何十倍にも巨大化した九つの尾が乱雑に振り回される、ただそれだけのことで敵陣の被害は加速度的に拡大していく。
衝撃波が乱れ飛び、破壊が乱舞する。
そこへ、レムが無数の“死神”を引き連れて飛び込むものだから、敵陣はもはや地獄のような有り様と成り果てていた。
ラグナが超巨大な竜となって敵陣に突撃すれば、ウルクが全身から莫大な波光を放出しながら、光の速さで敵陣を蹂躙する。エリルアルムが燃え盛る紅蓮の翼を羽撃かせて敵陣に向かう中、エリナがフォースフェザーの四枚の羽を何百倍にも増大させて全軍を支援し、光の輪を負ったエスクが敵陣に殺到する。
突入組の面々による一斉攻撃は、敵陣を混沌で包み込み、神兵は無論のこと、使徒も容易く蹴散らしていった。
戦線は崩壊し、支城という支城が壊滅していけば、残すところ本城のみとなった。
あっという間だ。
あっという間に、戦況はエイン軍の圧倒的優勢となってしまった。
『ふうむ……』
マユリ神がうめくように声を上げたのは、エインの想像力によって誕生した突入組の面々の戦闘能力があまりにも凄まじく、女神の想像を遙かに上回っていたからに違いない。
「ご覧の通りです。圧倒的戦力の前には戦術など不要なんですよ」
『確かにその通りのようだが……』
「そうね、エインくん」
マユリ神に続いて、アレグリアの肯定的な発言がエインの耳に飛び込んできた。
アレグリア軍の陣地では、未だにセツナたちの猛攻が続いている。もはや陣地は原型を留めておらず、おそらくは強大な力を持っているのだろう神々までもが、セツナたちの攻撃の前に沈んでいく有り様だった。
圧倒的にもほどがあるのではないか、と、想わないではない。
が、これでいいのだ。
これでこそ、セツナたちが。
エインにとっては、想定の範囲内の光景だった。
「あなたのいう通り。彼我の戦力差によっては、戦術など必要としないことだって十分にあり得ること。セツナ様さえいれば、それだけで勝利が決まるような戦いだっていくつもあった。そこに戦術の介入の余地はなく、わたしたちは、勝利の報せを待つだけでよかった。セツナ様と黒き矛が絶対の勝利をもたらしてくれるのだから、そこに余計な口を挟む必要なんてない」
アレグリアが昔話をするように語る。
「でも、それは昔の話。かつて、世界が人間のもののようであり、神々が極力介入しなかった時代の話」
彼女は、極めて冷ややかに、そして強く告げてきた。
「いまは、違う」




