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武装召喚師――黒き矛の異世界無双――(改題)  作者: 雷星
第三部 異世界無双

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第三千四百九十八話 軍師ふたり(六)


「やはり、そうなりましたか」

 神将ナルフォルンが穏やかな笑みさえ浮かべているのが想像できたのは、その優しげな声音のせいだろう。ナルフォルンの居場所は遙か彼方。広大になった戦場のさらに向こう側にいるのだ。エインの目に、彼女の表情まではっきりと映るはずもない。

 しかし、声だけは聞こえる。

 しっかりと、耳に届いている。

 それがナルフォルンの力によるものなのか、それとも、この戦場に働く特別な作用なのかは不明だ。なにせ、エインの小さな声さえ彼女の耳に届いているのだ。

 ナルフォルンが囁きさえも聞き逃さない地獄耳なのかもしれなければ、エインの声が空間を超えて届くような仕組みになっているのかもしれなかった。

 彼女の声がそれほど大きくなく聞こえることを考えれば、後者の可能性は低くない。

 などと、どうでもいいことを考えてしまうのは悪い癖だが、戦場の特性を把握しておくことは必ずしも不要ではない。むしろ、極めて重要というべきだろう。

「想像通りの陣容、ですね」

「こうなるでしょう、どう考えても」

 エインは、己の望みによって整えられた自軍の陣容を見下ろして、胸を張るように告げた。

 セツナを筆頭とする突入組の面々を中心として、反ネア・ガンディア連合軍の精鋭たちがエイン軍の陣地を所狭しと埋め尽くしている。《蒼き風》のシグルド=フォリアーもいれば、エンジュールの守護霊の姿もあった。三界の竜王も勢揃いだったし、帝国軍も、リョハンの武装召喚師たちも、聖王国の魔晶人形も、エイン軍の戦力として並び立っていた。

 ナルフォルンことアレグリアからすれば、想定の範囲内の陣容だったのは間違いない。想像の域を出ない、なんの面白みもない陣容といわれてしまえばそれまでだ。

 だが、エインからしてみれば、これ以上の陣容はなかったし、思いつきもしなかった。

 安心してすべてを任せられる存在など、セツナ以外にはなく、セツナを望むとなれば、彼とともに戦い抜いてきた面々を想像するのは当然の結果だ。そして、ともにこの地獄のような戦場を潜り抜けてきた連合軍将兵を想像するのも、必然だった。

 対するアレグリアの陣営も、面白みに欠けたものだ、といっていいだろう。

 神将と獅徒を中心に、ネア・ガンディアに属する神々、使徒、神兵が、その広大な陣地を埋め尽くしている。

 兵数に差はない。

 いずれも二十万程度。

 しかし、兵の質は、どうか。

 先程までの戦いでは、兵の質に差はなかった。歩兵、騎兵、弓兵という兵種に備わった特性による強弱が存在するだけであり、そこに兵数の差が加わることで戦いごとの勝敗が決まったのだ。

 いま、両軍の陣地を彩る兵士たちは、エインとアレグリア、それぞれの想像力によって姿形を変えた。もはや歩兵も騎兵も弓兵もない。兵種による特性、強弱関係など存在しなくなったのだ。

 では、なにが勝敗を決めるというのか。。

「とはいえ……これで戦術を競うというのは、かなり無理があるんじゃ……」

「それは、どうでしょうね」

 アレグリアが、静かに告げてくる。

「エインくん。あなたが、戦力において圧倒的に勝る我が方に打ち勝つには、それ相応の戦術を用いるほかないでしょう」

「うーん……」

 アレグリアの言い分も、わからないではないのだが。

(これがすべて現実なら、納得の行く発言ではあるんだけど)

 エインは、自軍の陣容を見下ろし、再び敵軍を見遣った。敵軍の陣容の中でも未知数なのは、獅徒や神将の実力だろう。神々やその使徒の能力は、たかがしれている。

 無論、神々が人間に比べるべくもないくらい強敵であることは理解しているが、未知の存在に比べれば想像がつくだけ増しというものだ。ましてや、その使徒たちならば、戦力として数えていいものか、どうか。

 なにせ、こちらの戦力が戦力だ。

 使徒は愚か、神兵など雑兵にしかならない。雑兵などいくら数を揃えても雑兵に過ぎず、ものの数にも入らない。

 もちろん、こちらの雑兵が相手ならば話は別だが、こちらに雑兵はいない。

「さて、エインくん。打倒ネア・ガンディア軍の戦術は練れそうですか?」

「そうですね……」

 アレグリアの慈しみにも似た発言を受けて、彼は、なんともいえない気分になった。

 そして、すぐさま自軍に命令を下した。

 攻撃開始命令とともに真っ先に動いたのは、セツナだ。

 黒き矛のみならず、すべての眷属を召喚し、なおかつ深化融合を果たしたセツナの姿は、まさに魔王と呼ぶに相応しいものだ。

 禍々しさと恐ろしさ、威圧感を兼ね備え、そこに存在するというだけで頼もしすぎて震えそうになるほどだ。

 たとえそれがエインの想像力の産物であり、偽物に過ぎないとしてもだ。

 そして、偽物だからこそ、セツナは、エインの想った通りに動き、敵陣を襲った。

 黒き矛を翳し、切っ先から莫大な光を放出したのだ。

 “破壊光線”がエインの視界を白く塗り潰した瞬間、戦場全体を震撼させるほどの衝撃が虚空を貫き、爆音が轟いた。

 エインの居場所にまで届くほどの熱量は、アレグリア軍の陣地に多大な損害を与えたことは疑う余地もなかったし、実際、その通りになっていた。

 視界が正常化した直後、エインが目の当たりにしたのは、壊滅的打撃を受けた敵陣の様子であり、大地に穿たれた巨大な穴と、その上にあったはずの複数の支城が消滅し、また、大量の敵兵が消え去った事実だった。

「ほら」

 エインは、セツナの想像通りの活躍ぶりに興奮気味に語った。

「戦術なんて必要ないでしょう?」

 戦局を左右するほどに圧倒的な力を持った駒を持っているのだ。小手先の戦術など、なんの意味もなければ、考えるだけ時間の無駄だった。

 弱小国ガンディアが小国家群統一に向けて邁進できた原動力、それがセツナなのだ。たったひとりの人間が、小国家群の均衡を崩壊させ、弱小国家を最大勢力にまで膨れ上がらせるきっかけとなった。

 それだけの戦力を持った、それだけの人物。

 だからこそ、この世界に希望の未来をもたらしうるのだ、と、エインは確信を持って、想う。

「ふふふ……」

 自軍が大損害を出しているのにも関わらず、アレグリアの反応は、むしろ喜んでいるようにさえ想えるのは決して勘違いなどではあるまい。

 彼女もまた、セツナ狂信者のひとりだった。

 いまはどうかは知らないが、かつてはそうだったのだ。

 だからこそ、エインは彼女と仲良くなれたのだし、腹を割って話し合えたのだと想っているし、信じている。

 そんな彼女が敵対しているとはいえ、セツナの活躍ぶりを見て興奮しないわけがなかった。

 もちろん、エイン軍において戦力となるのは、セツナひとりではない。

 セツナは確かに圧倒的だが、セツナだけではどうにもならない事態というのは、ままあるのだ。

 そういうとき、セツナを支えるのは、彼を彩る女性たちであり、ルウファやエスクたち、突入組の面々だった。


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