第三千四百九十四話 軍師ふたり(二)
ナルフォルンの本性が、アレグリア=シーンとしての本質が、エインとの勝負を求めているのではないか。
軍師ナーレス=ラグナホルンを師と仰ぎ、その薫陶を受けたふたりの参謀にして、ふたりでひとりの後継者――ふたり軍師として、レオンガンドを支えていくことを誓い合った仲だ。実際、ナーレス亡き後のガンディアの軍事を取り仕切ったのは、エインとアレグリアのふたりといってよかった。
しかし、ガンディアの歴史は、ナーレスの死後、間もなく幕を閉じることとなった。
最終戦争によって滅びざるを得ない状況に追い込まれ、その上、“大破壊”が起きたからだ。
エインは“大破壊”による死を免れたものの、アレグリアは命を落とし、神将へと生まれ変わった。
ふたりの置かれている立場も状況もなにもかもが変わってしまった。
結局、軍師として、戦術家として、どちらがより優れているのか、決着をつけられないまま、ここまできてしまった。
それは、ひとつの悔いとして、互いの心の深奥に刻まれているに違いない。
苦楽をともにしてきた同僚であり、唯一無二の好敵手だったからこそ、エインにはわかるのだ。
彼女の本懐が、手に取るように理解できる。
もし、エインが彼女と同じ立場、境遇に置かれ、アレグリアが敵として立ちはだかったのであれば、同じような状況を作り出したのではないか。
ナーレスの薫陶を受けたたったふたりの弟子であり、ふたり軍師の片割れである彼女との決戦。
それこそ、ふたりが長年望んで止まぬものだったのだ。
ガンディア時代にはどうしても叶わなかった願いでもある。
仮に、ガンディアの歴史がもっと長く続いたとしても、終生、叶えられることはなかったかもしれない。
なぜならば、ガンディアのふたり軍師である以上、どちらが優秀であるかなど、ほかのだれにもどうでもいいことに違いないからだ。
こういう状況にならなければ、敵対し、対決する機会が訪れなければ、どちらが軍師としての実力が上なのか、知ることはできなかったのだ。
だからといって、このような状況が訪れたことを喜び、感謝するようなエインではないが。
『まあ、いい』
マユリ神は、エインの心情を読み取ったのだろう。多少は呆れながらも、くみ取ってくれたような言い方で、いった。
『おまえが突入組に参加したのは、こうなることを想定してのことだったのだ。それを受け入れた以上、いまさらとやかくはいうまい。ナルフォルンとの戦いは、すべて、おまえに任せよう』
「恐悦至極にございます」
『ただし、だ。戦闘が想定以上に長引いたり、おまえに勝ち目がなくなったというのであれば、わたしは容赦なく介入するぞ。我々がここにいる理由、忘れてくれるな』
「もちろん、わかってますよ」
肝に銘じるまでもないことだ。
ナルンニルノル突入の目的は、獅子神皇の打倒。
それ以上でもそれ以下でもない。
それだけだ。
そのためだけの突入組であり、だからこその突入組といってよかった。
獅子神皇と戦うことのできるものだけを突入組に選んだのだって、獅子神皇を必ずや討ち果たすためなのだ。そこにエインが自分をねじ込んだのは、ネア・ガンディアにアレグリアがいて、エインとの決着をつけたがっているに違いないという願望にも似た確信があったからであり、そのためにマユリ神に無理をいった。
獅子神皇の神威による支配に対抗できることが、突入組に参加する絶対条件だった。
それは、エイン以外の突入組の面々にあって、エインにはないものだ。
理由は単純。
セツナと黒き矛に選ばれなかったからだ。
悲しいことだが、致し方がない。
エインは、かつてはガンディアの参謀であり軍師であり、いまはログノールの人間だった。常にセツナの側にいられたわけではない、セツナにとって、護るべき対象として認識されていなかったのだ。当然であり、道理だ。
だから、本来ならば突入組に参加することはできなかった。
それを強引にもねじ曲げたのは、アレグリアが待ち受けているに違いなく、彼女ならば、エインとの決着をつけようとするに違いないと確信していたからであり、その通りの現状になったのだから、マユリ神としてもいうことがないのだ。
もし、エインが突入組に参加していなければ、ほかの突入組のだれかが、アレグリアことナルフォルンとの戦いを強いられていたのだ。
その場合、彼女は、軍師アレグリアではなく、神将ナルフォルンとして立ちはだかり、神将としての力の限りを尽くしたことだろう。
エインには、わかる。
そのほうが遙かに厄介な相手だったことも、手に取るように想像できた。
獅子神皇に支配される可能性がわずかでもある自分がこうして突入組に参加した意味は、間違いなく存在するのだ。
だからこそ、勝たなければならない。
それも、マユリ神の能動的な介入のない状態で、エイン自身の知と意思で勝利を掴み取る必要がある。
でなければ、彼がここにいる意味がない。
アレグリアに勝って、自分こそがナーレスの後継者であると宣言しなければならないのだ。
いま、この領域は、そのためだけの戦場と化している。
(……問題は、この盤面だな)
エインは、意識を戦場に戻した。
征竜野を模した広大な平野には、一切の遮蔽物がなく、地形も真っ平らでなんの癖もない。そこに敵味方両軍それぞれ百万の兵が展開しており、両軍の間にはなにもない平地が横たわっている。
兵は、神兵のように見えなくもないが、違うようだ。
人間に酷似した兵士たち。
ナルフォルンが告げてきたように、歩兵、騎兵、弓兵の三兵種が存在し、それらは、エインの意思で自由自在に配分を決め、配置を変えることができるようだった。
それには、いつの間にか目の前に出現していた光の板に触れれば良いようだ。透き通った光の板は映写光幕と同様のもののようであり、広大な戦場が圧縮して表示されている。つまり、敵味方総勢二百万の兵が光点として表示され、なにもない空間を挟んで睨み合う様が映し出されていた。
自軍の兵は青い光点、敵軍の兵は赤い光点で、兵種によって光点の形状が違っていた。歩兵は丸い光点、騎兵は三角、弓兵は四角であり、現状では、百万の兵の内、過半数を歩兵が埋めている。
指先で光点に触れることでその光点が示す兵士に様々な影響を与えることができるのだ。兵種を変更したり、配置を変更したり、そういった変更は、一体一体ではなく、複数の兵士一斉に行うことが可能だった。もちろん、自軍の兵士だけだ。敵軍の兵士に触れたところで、戦場にはなんの変化も起きない。
話に聞く戦神盤のようだ。
違う点は、兵種を自在に変更できるという点だろう。
ただし、それは戦闘準備中の現在だからこそできることに違いない。
戦闘中に兵種を変えられたり、配置を変更できるのであれば、戦術家としての優劣を決めることなど不可能だ。
飽くまで初期配置を自由自在に決められるというだけのことだ。
そして、それこそが極めて重要であることは、いうまでもないだろう。
(しかし……)
エインは、再び戦場を見遣った。
なんの遮蔽物もなければ癖もないだだっ広い平野で睨み合う両軍の百万の兵士たちを見れば、戦術を練る気など失せるのも当然の結果だった。
これでは、戦術を組み込む余地もないのではないか。




