第三千四百九十三話 軍師ふたり(一)
神将ナルフォルンは、かつて、アレグリア=シーンと名乗った人間の成れの果てだ。
アレグリアといえば、ガンディアの軍団長から参謀局に転属し、エインとともに軍師ナーレス=ラグナホルンに師事した経歴を持つ。そして、いつしかエインとふたりして、軍師の後継者、ふたり軍師と呼ばれていたことは、エインにとって光輝に満ちた過去といっても過言ではなかった。
眩むほどにまばゆい、栄光に満ちた日々。
あの時代、あの頃のガンディアほど、輝かしいものはあるまい。
百戦錬磨、躍進に躍進を重ね、拡大を続けるガンディアには、希望に満ちた未来しか見えていなかったし、そんな国に所属するだれもが、そんな将来を絶対のものと信じて疑っていなかった。故にだれもが期待に胸を躍らせ、身を砕き、骨を粉にして、ガンディアのために尽くしていた。だからこそ、ガンディアは、邁進し続けることができたのは、疑うまでもない。
上は王から、下は末端の兵に至るまで、だれひとりとして、手を抜かなかったのだ。
エインも、アレグリアも、そんな国にいたからこそ、互いに切磋琢磨し、将来、ガンディアの軍師となれるように励まし合い、高め合ったのだ。
そんな日々をつい思い返してしまうのは、致し方のないことだろう。
エインは、変わり果てた姿となったアレグリアの姿にかつての彼女を見出したが故に、脳裏に過去の残光が駆け抜けていくのを認めた。
感傷が生じるのも、無理のない話だった。
アレグリアは、エインにとって、数少ない戦友だったのだ。
エインは、戦術家だ。後方に在って、戦術を立案し、計画し、実行に移すのがエインの仕事であって、前線においてその戦術通りに動くセツナたちを戦友と呼ぶのは、あまりにもおこがましい。
その点、同僚のアレグリアは、戦術家として同じ立場にあり、同じ悩みを持ち、同じ苦しみを抱き、同じ喜び、同じ楽しみを持つ、まさに戦友と呼ぶに相応しい人物だった。
セツナに狂信的な想いを抱いているという点でも似たもの同士だった。
だから、だろう。
彼女とはすぐに仲良くなったし、よく話し合ったものだ。
そのことでアスタルに詰め寄られるほどだ。他人から見ても、余程仲良く見えたのだろう。
それくらいの関係だったのだ。
こうして敵対することになるとは、想像したこともなかった。
そもそも、ガンディアが滅び去ることすら、想像できなかったのだから、当然といえる。
『さて……どう戦うか』
エインの脳裏に聞こえたのは、マユリ神の声だった。
獅子神皇による精神支配対策としてマユリ神と合一を果たしたエインだったが、無論、このような状況になることを見越してもいた。
アレグリアが敵のひとりであり、それなりの立場にあるということが判明していた以上、ナルンニルノルにて待ち受けているに違いなかった。であれば、エインがみずから赴き、彼女と相対するべきだろう。エイン以外のだれにアレグリアの相手ができるというのか。
そんな自負が、彼の中にはあった。
とはいえ、だ。
「戦闘に関しては、俺の出る幕はありませんが」
神将ナルフォルンとの直接戦闘となれば、人間エイン=ラナディースの出番はない。
エインは、飽くまでアレグリア=シーンと戦い、競うことを想定して、突入組に参加したのだ。相手が神将であり、肉弾戦となれば、話は違う。
そうなった場合は、マユリ神に頼り切るつもりだった。
『戦術に関しては別、か』
「ええ、まあ」
神に対しても決して怖じることなく、彼はいった。
眼下には、広大な平野が広がっている。
ナルフォルン曰く、征竜野だ。
征竜野といえば、ザルワーンは龍府近郊の平野であり、ガンディア軍とザルワーン軍が最終決戦を繰り広げた地だ。
エインの記憶の中では色褪せた風景であり、あまりはっきりとしていないのは、記憶に残るような働きをしていないからだろう。
ザルワーン戦争においては、征竜野の決戦までのほうが記憶に残っている。
ナグラシアでのセツナとの出逢いから西方攻略部隊の戦術の要として働いた日々。それは、エインにとって輝かしいガンディアの日々の始まりを飾る記憶でもあった。
故に、征竜野がこのような広大さを誇っていたのかどうかさえ曖昧だが、おそらく、本来の征竜野とは比べものにならないほどに広いのは間違いなさそうだ。
なにせ、地平の果てまで続くような広大さなのだ。
平地なだけあって障害物はほとんどなく、地上にいたとしても、遙か遠方まで見遣ることができたに違いない。
もちろん、征竜野全体を見渡すことの出来る高所のほうが、遙かに見通しがいいのはいうまでもない。
そんなエインの遙か前方には、彼の居場所と同じような高台があり、そこにナルフォルンの姿がある。
征竜野の南側にエインのいる高台があり、北側にナルフォルンの高台がある。
南北の高台、それが両軍の本陣なのだ。
そして、その本陣を護るようにして、無数の兵士が地中から湧き出してきたのは、エインの想定の範囲内の出来事だった。
高台に転移させられたことと、ナルフォルンの発言。
それらから導き出される答えは、ひとつ。
「兵数は、互いに百万と致しました。兵力はまったく同じ。兵の強さについても、差はありません。兵種に関しては、あなたのお好きなように」
「好きなように?」
「はい。兵種は、歩兵、騎兵、弓兵の三つ。百万の兵をどのように配分し、どのように配置するかを決めるのは、エイン殿。あなた自身です」
そういうと、ナルフォルンは、自陣の兵士たちをつぎつぎと変化させていった。
兵士たちは、神兵に似て非なる存在のように想えた。神兵のように白濁とした肉体をしているが、神兵とは異なり、極めて人間に近い外見をしているのだ。人間のような肉体で、人間の兵隊のように武装している。その武装から、兵種を判別することが可能だ。
歩兵は、重装。盾と剣を持つ。
騎兵は、軽装。その名の通り馬に乗り、槍を持つ。
弓兵もまた、軽装。やはり、名の通りに弓を持つ。
いずれも、神兵のような白い肉体にそれぞれ兵種ごとに定まった装備をしていた。
「これは、戦術を競う戦い」
ナルフォルンは、遙か遠方より、ただ、エインを見つめているようだった。遙か彼方だというのに、強い視線を感じる。
「わたしとあなた、どちらがナーレス様の後継者に相応しいかを決める最初で最後の戦い。どうです?」
「……どうもこうもないですよ、アレグリアさん」
エインは、ナルフォルンではなく、そう呼んだ。そう呼ぶことに意味があると想ったからだ。
「受けて立ちましょう」
告げると、ナルフォルンが喜んだように想えた。
気のせいかもしれないし、勘違いかもしれない。エインからでは、ナルフォルンの表情などわかろうはずもないのだ。
『……信用できるのか?』
「俺は、アレグリアさんを信じますよ」
『相手は神将ナルフォルンだ。アレグリア=シーンではないぞ』
「それも、わかってはいますが……」
それでも、エインは、ナルフォルンの中のアレグリアを信じたかったし、信じていた。
ナルフォルンは、マユリ神のいうとおり、神将なのだ。
その力たるや、獅徒の比ではあるまい。
元よりただ相手を斃すためならば、わざわざこのような戦場を用意する必要などはなく、神将としての力を発揮すればいい。
だが、ナルフォルンは、このような戦場を用意した。
それはつまり、どういうことか。




