第三千四百九十二話 概況
「レム殿が獅徒ウェゼルニルを討ち果たしたことで、残るは、最後の獅徒と四人の神将ということになるわけですな」
そう締めくくられたエスクたちとの会話によって、レムは、やはり、彼らもまた、隔絶された領域で獅徒たちとの死闘を迫られ、それに打ち勝ったのだということを知った。想像していた通りではあったが、想定外のこともあった。
それが、欠番の獅徒の存在だ。
「ほかに欠番の獅徒がいなければ、の話じゃがのう」
ラグナが懸念するのも無理のない話だった。
ちなみに、だが、レムたちは、幻理の間から百識の間へと場所を移していた。理由はひとつ。辺り一面白銀の雪景色である幻理の間は、ひとの身にはあまりにも寒く、防寒着を身につけていなければ、短時間でも居続けたくないからだ。
レムがまったくの平気だったのは、常人ではなかったからに過ぎない。
シーラたちが寒がる様を目の当たりにして、ようやく気温の低さを理解したほど、レムは気温の変化に鈍感だった。
そのおかげでウェゼルニルとの戦闘に支障が出なかったと考えれば、悪い話ではない。
そして、同時にこうも想った。
自分が幻理の間に転送されて良かった、と。
自分以外であの寒さを無視できたのは、魔晶人形のウルクと竜属のラグナ、神属のトワくらいだっただろう。エスクも耐えられたかもしれないが、彼も寒さに震えていた以上、ウェゼルニルとの戦闘に集中できていたかどうかは怪しいところがある。
百識の間は、ラグナ、エリナ、トワの三人が獅徒アルシュラウナと戦った場所であり、超巨大図書館の内部のような空間だった。ほかの戦場とは異なり、室内染みた領域ということもあり、寒くもなければ暑くもない。話し合うにはちょうどいい場所といえた。
また、レムたちがそのように場所を移すことができたのは、レムたち突入組の仲間の力ではなかった。
皆をレムの元へと転移させた存在である桜色の異形体が、皆の意向を受けて、転送してくれたのだ。
ナルンニルノル突入直後に遭遇した存在であるそれは、明らかに人間ではなく、神兵や使徒と同種の異形だった。
見るからにネア・ガンディア側の存在のように想えるのだが、話を聞く限り、突入組に協力的であり、皆が合流できたのも、こうして場所を移動できるのも、それのおかげだということだった。
自分たち以外の戦場の様子を垣間見ることができるのも、だ。
まるで映写光幕のように虚空に浮かべられた光の幕の中、複数の戦場が映し出されている。そのうち四つがナルンニルノル内の光景であり、それ以外は、ナルンニルノルの外、結晶の大地おける連合軍対ネア・ガンディア軍の決戦の様子を様々な場所、角度から切り出したもののようだった。
ナルンニルノル内の四つの光景は、すべて、神将対突入組の面々のものだ。
ファリア対神将ナルガレス、ミリュウ対神将ナルノイア、エイン対神将ナルフォルン、ルウファ対神将ナルドラス。
いずれも、レム対ウェゼルニルの比ではない大激闘を繰り広げており、隔絶された領域から見守っているというのに言葉に言い表すことの出来ない迫力があった。
セツナの戦場は、なかった。
ラグナたちの話によれば、最初は、見えていたらしい。
が、途中からまったく見えなくなり、セツナの様子を確かめることもできなくなったのだという。ラグナたちは、協力者にセツナの戦場を見せてくれるよう頼み込んだそうだが、叶わないままらしかった。
だから、セツナのことは、ただ祈り、信じるしかないのだ、という。
もっとも、レムたちは、いわれるまでもなく、セツナの勝利を確信していたし、なんら不安はなかった。
「さすがにもういねえと想うぜ」
シーラが小さく肩を竦めたのは、獅徒の欠番云々についてだろう。
「そう結論するに至った理由を聞こうじゃないか」
「そりゃあ、ほかに獅徒がいるっていうんなら、ラグナたちを三人一纏めにしなかったはずからな」
「ふむ……それは極めて合理的な考えだな」
「シーラ殿にはめずらしく的を射ているかも」
「めずらしくってなんだよ、めずらしくって」
「女の勘が冴えておる、と皆褒めそやしておるだけではないか。喜ぶがよいぞ」
「喜べるような反応じゃねえだろ……ったく」
「シーラのいうように、もう欠番は残っていないでしょうが、この先、獅子神皇が待ち受けているのは事実です」
ウルクの淡々とした発言を受けて、レムは、彼女を見た。獅徒ミズトリスとの死闘によって、金剛不壊とも謳われた肆號躯体が大きく損壊したという話だったが、いまでは完全な状態にまで復元している。それは、トワの力のおかげであるといい、トワがいなければ今後の戦闘に参加できなかったかもしれないということで、ウルクはトワに限りない感謝を覚えているようだった。
トワは、その幼い姿からは想像もできないほどの力を持った女神のようであり、その力は、イルス・ヴァレ古来の神といっても過言ではないラグナが認めるほどのものだった。
それほどの女神の力を以てしても、ナルンニルノル内の隔絶された領域に転移することはできないらしく、桜色の異形体が協力してくれていなければ、こうして合流することもままならなかったのだ。
なぜ、異形体が協力してくれているのか。
その理由は、ラグナたちもわからないままであり、レムも想像がつかなかった。
「うむ」
「獅子神皇……か」
「獅徒にあれだけ手こずったんだからな……」
「勝てるのかな……?」
エリナが不安を抱くのも無理のない話だった。
エスクのいうように、獅徒にさえ、苦戦を強いられてきたのだ。
獅徒の力の源である獅子神皇の力は、その比ではあるまい。
なにせ、神々の王と呼ばれるほどの存在なのだ。
圧倒的どころか、絶対的な力を持っているのはいうまでもなかった。
「勝てるかどうかではありませんよ」
「レムお姉ちゃん?」
「勝たなければならないのです」
レムは、神将たちと死闘を演じる面々や、結晶の大地における連合軍の激戦を見遣りながら、静かに告げた。
「なんとしても、勝たなければ」
でなければ、レムたちは愚か、この世界に未来はない。
獅子神皇の勝利で終われば、絶望の暗黒に包まれ、滅び去ることだろう。
それがたとえまばゆいばかりの光に満ち溢れた光景だったのだとしても、すべてが死滅し、消え去るのであれば、絶望というほかあるまい。
だれが好き好んで滅びを求めるものか。
戦況は、決して芳しいといえるものではなかった。
エインは、極めて広大な戦野に繰り広げられる激戦を一望し、思考を巡らせていた。
戦野。
軍神の間と呼ばれる神将ナルフォルンが領域は、地平の果てまで続くような広大な平野であり、その遮蔽物のほとんど存在しない平野全体が、戦場と化していた。
戦場で激突しているのは、エインではない。
エインと合一しているマユリ神でもなかった。
エインに与えられた手駒であり、ナルフォルンの手駒である人型の兵士たちだ。
この軍神の間で繰り広げられているのは、エインとナルフォルンの直接戦闘などではなかったということだ。




