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第三百四十八話 出陣間際(一)

「セツナ、だいじょうぶかしら」

 ミリュウが殊更に物憂げな表情を浮かべたのは、セツナたちを見送った直後のことだ。ふたりで一頭の馬に乗り、颯爽と野営地を飛び出していった彼らの姿は、もはや影さえ見えなくなっていた。

 月明かりのまばゆさも、森の闇には敵わないということだ。ふたりは、森の中を潜行するようにしてヴリディアに向かっていったのだ。ドラゴンに察知されるかどうかは賭けのようなものだが、先制の一撃を決めることが大事だと、少年軍団長が力説していたのをファリアは覚えていた。

 頭上には、満天の星空が広がっている。夜空を覆っていた分厚い雲は、風に流されてしまったのだ。昼前までの土砂降りが嘘のような天候の変化には、自然の不思議さを思わずにはいられない。が、いまはこの晴れた夜空がありがたくはあった。

 行軍する必要がある。

 闇の中を進むよりも、わずかでも光明があるほうがましには違いなかった。もちろん、夜襲を目的とするのなら闇夜のほうがいいのだろうが、ガンディア軍は夜襲を行うつもりもなかった。夜襲を警戒してはいるのだが。

「だいじょうぶよ。ひとりじゃないもの」

 ファリアはミリュウの横顔に向かってつぶやくと、もう一度周囲を見回した。篝火が焚かれた野営地内には、七千人以上にも及ぶ人間が出陣の時をいまかいまかと待ちわびていた。たった二日あまりの休息ではあったが、兵士たちの英気を養うには十分だったようだ。

 もっとも、目を爛々と輝かせているのは、主に戦功を求める傭兵たちであり、つぎにログナー人のようだが。ガンディア軍人は士気こそ高いものの、武功を求めようという気概を感じられないところがあった。

「じゃあ、ひとりだと心配ってこと?」

「まあね。彼、無茶をするのが仕事だと勘違いしている節があるのよ」

「でも、それって事実でしょ?」

 ミリュウが不思議そうな顔をしたのは、ファリアの心配が理解できないということではないのだろうが。

 ファリアは、これまでセツナが無事だったのは、偶然と幸運によるものでしかないと思っていた。ランカインに焼かれて生き延びたのは、幸運にもファリアがいたからだ。オーロラストームの能力が、彼を死の淵から救った。それ以降、様々な無茶をして、無理をしてきたのがセツナだが、それらを乗り越えてこられたのは、彼の実力によるところではない。

 運が良かったのだ。

 だからこそ、これ以上の無理はさせたくはなかった。できうることを精一杯やり抜けば、それでいいのではないか、と思うのだ。黒き矛はそれだけで強力な召喚武装だ。その使い手であるセツナは、黒き矛を握るだけで一騎当千の力を発揮するのだ。それでいいではないか。それ以上を求める必要が、どこにあるというのか。

 もちろん、それ以上を求めているのは、セツナ本人に他ならないことは、ファリアもよくわかってはいる。セツナは、いまの自分に満足できないのだ。なにもかもが中途半端な状態の自分を許せないのだ。生粋の武装召喚師ではない彼には当然のことなのだが、それが納得できていれば、彼は無茶などしないだろう。

 いや、理解はしているかもしれない。それでも、と、彼ならば思ってもおかしくはなかった。

「そうね、そうよね。うん……でも、無茶をして欲しくはないわ。セツナは成長途上なのよ。これからもっと強くなるわ。力の使い方を覚えて、召喚武装との相互理解を深めていけば、きっと」

 ファリアの言葉にミリュウが力強くうなずいた。

「ええ。きっと強くなるわ。そのうち、だれの手にも負えなくなるわね。いまのうちに手綱を握っておかないと駄目よ」

 彼女は笑いかけてきたが、それは笑いごとではないかもしれないとファリアは思った。顔だけは笑みを返したものの、彼女の心はざわめきを覚えずにはいられない。

 セツナが力を見につけ、黒き矛のすべてを解放できるようになったとき、ファリアは彼の側にいられるだろうか。

 そのときには、セツナにとって不要な存在になっているのではないか。

 漠然とした不安に、ファリアは頭を振った。出陣を目前にして、雑念を浮かべている場合ではない。そんなことはわかりきってはいるのだが。

「それにしても……」

 不意に、ミリュウがこちらを見つめてきた。大きな目が、月明かりに輝いている。ファリアから見ても魅力的な女性には違いなかった。整った容貌に肉感的な肢体は、ファリアともいい勝負だ。そんな女性が親しげに触れてくるのだ。セツナが鼻の下を伸ばすのも無理はなかった。

 彼女のように本能の赴くまま接することができたら、と考えたこともあるが、ファリアには無理な相談だった。目覚めたばかりのセツナに抱きついたのだって、ミリュウへの対抗意識がそうさせたのであり、彼女がいなければ、あんな大胆な行動には出なかったはずだ。思い出すだけでも赤面する。

 現実に戻ると、ミリュウの視線が気になった。彼女は、しげしげとファリアの姿を見つめている。ミリュウが仕立てあげた装備一式は、ファリアには似つかわしくない類のものだったし、全力で拒否したのだが、彼女に押し切られてしまったのだ。

『これを着ればセツナだってがんばろう、って思うわよ』

『セツナのためよ』

『ね』

 なにが、ね、なのかはわからなかったものの、セツナのためといわれれば、恥ずかしい格好も我慢するしかなかった。そういう自分になってしまったのだ。それもこれも、ミリュウという存在のせいかもしれない。彼女が関係をかき乱している。彼女の存在が、ファリアにセツナを意識させてしまっている。彼女がいなければ、こんなことにはならなかったはずだ。

 セツナを、こうまで意識することなど、なかったはずなのだ。

「なによ?」

「いやはや、注目の的ですなあ」

 妙に下卑た口振りでいってきたミリュウに対して、ファリアは顔を真赤にして怒鳴り返した。

「あなたのせいでしょ!」

 ファリアの格好は、兵士たちの視線を集めるには十分すぎたのだ。露出が多い服装の上から纏った鎧は、必要最低限の部位を覆っているだけのようなものであり、大きく開いた胸元は強調され、太ももも曝け出しているようなものだった。

 セツナがどこに目線を合わせればいいのか困惑する様は面白く、可愛かったし、だからこそ着込んだ甲斐はあったのだろうが、とはいえ、この格好のまま出陣するというのはファリアとしても計算外だった。しかし、いまさら着替えに戻るわけにもいかず、彼女は兵士たちの視線を浴び続けるしかなかったのだ。

「もう、いいわよ。この格好で戦えっていうんでしょう? 戦ってあげるわよ。《獅子の尾》隊長補佐ファリア・ベルファリアの力を見せてあげるわ」

 開き直ることは、特別難しいことではなかったが。

 ただ、衆人環視の中で高らかに宣言したのは、どう考えても失策だった。しかし、宣言した以上は、赤面している場合でもない。目を閉じ、無表情を意識し、周囲の視線を黙殺する。冷静さを取り戻せば、一瞬前まで騒いでいた自分が馬鹿に思えてくるものだ。

(冷静に)

 何度となく自分に言い聞かせてきた言葉を胸中で吐いて、瞼を上げる。ミリュウが目をぱちくりさせているのは、ファリアの反応が予想だにしなかったものだからだろう。彼女にしてみれば、もっとファリアをからかいたかったに違いない。思い通りにならなかったことが不服なのか、彼女は頬を膨らませた。子供みたいだが、それがミリュウという女性なのだろう。

 視線を巡らせる。

 野営地にひしめく何千もの兵士のすべてが、自分を見ているわけではない。当たり前の話だ。だれもが出陣のときを待っている。緊張しているものもいれば、興奮しているものもいるだろう。精神的に余裕のある連中だけが、ファリアの格好に注目しているということなのだ。

 と、血気盛んな傭兵たちがこちらを見て口笛を吹いたり、野太い声援を送ってきたので、彼女は苦笑交じりに手を上げて応じた。しかし、反応はべつのところからあった。

「うおおおおおおおおお!」

 興奮気味な雄叫びが聞こえたと思ったら、凄まじい勢いでなにかが接近してくるのがわかった。召喚武装を手にしているわけでもないというのに、ファリアの無意識が身を守れと告げてきているようだった。後ろに下がると、前方で悲鳴が上がった。押し退けられ、薙ぎ倒される兵士たちの悲痛な叫び声が、警戒感をより強める。

「な、なに?」

「さあ?」

 なぜかファリアの背後に身を潜めたミリュウの問いに、ファリアは首を傾げるしかなかった。が、警戒は緩めない。むしろ身構えるのだが、緊迫感はなかった。空気が緊張しているのは、出陣を目前に控えているからに他ならない。のだが、その緊張をぶち壊すような大声が響いていくる。

「ファリアちゃんさいっこおおおおおおおっ!」

 全速力で駆けてくるドルカ=フォームの姿に、ファリアは、ただただ嘆息した。


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