第三千四百八十二話 幻想と虚構の狭間(三)
「たかが武装召喚師?」
レムは、わざとらしく小首を傾げて見せた。
「それこそ大きな勘違いでございますよ、ウェゼルニル様」
「勘違い?」
「はい、勘違い」
ウェゼルニルの怪訝な表情に満足しながら、“死神”たちをつぎつぎと呼び出す。弐号から陸号の五体の“死神”。一度ウェゼルニルに斃されているが、どれだけ斃されようとも関係がなかった。レムの精神力が尽き果てでもしない限り、“死神”たちの召喚に限度はない。そして、レムの精神力が尽き果てることなど、力の源たるセツナが死にでもしない限り、あり得ることではないのだ。
それはまた、セツナが生きている限り、負ける要素はない、ということでもある。
そして、それは相手も同じだ。
獅徒ウェゼルニルもまた、獅子神皇が生きている限り、その力に限界はないのだろう。どれだけ切り裂き、打ち砕き、消し去ったところで、“核”から供給される力が尽きることはなく、よって、際限なく再生と復元を繰り返すのだ。
となれば、このままただ戦い続けるだけでは消耗戦にもならなければ、持久戦にもならない、ということになる。
「わたくしはただの武装召喚師に仕えているわけではありません」
告げて、“死神”たちに命じる。弐号が闇の鎧を身に纏えば、参号は漆黒の大槍を手にし、肆号は暗黒の杖を、伍号は黒き双刀を構え、陸号は闇色の大斧を掲げた。
それらは黒き矛の六眷属に対応しており、闇の鎧はメイルオブドーター、漆黒の大槍はランスオブデザイア、暗黒の杖はロッドオブエンヴィー、黒き双刀はエッジオブサースト、闇色の大斧はアックスオブアンビションをそれぞれ完璧に再現している。
そして、黒き矛そのものに対応するのは、レムの得物だった。大鎌が変化し、カオスブリンガーを完璧に再現したのだ。それはどこからどう見てもカオスブリンガーそのものであったが、もちろん、能力までは完全なる再現とはいかない。
黒き矛とその眷属の能力までも完全に再現できるのであれば、レムもまた、獅子神皇に対する切り札になれただろうし、セツナがナルンニルノルに突入する必要さえなかっただろう。
セツナが生きてさえいれば、レムが消滅することはないのだ。
セツナを安全な場所に退避させ、レムが獅子神皇と戦い続ける、などという方法も取れただろう。が、そうはならなかった。
レムの手にあるものが黒き矛の影に過ぎず、再現した偽物に過ぎないからだ。
そもそも、完璧な再現ならば、レムに制御しきれるわけもない。かつてミリュウやマリクがそうなったように、逆流現象に襲われ、我を失うことだろう。そうなれば、レムは使い物にならなくなる。
「わたくしの御主人様は、百万世界に君臨する魔王でございます」
傲然と嘯けば、さすがのウェゼルニルも笑うほかなかったようだ。
「面白い冗談だ」
「冗談ではございませんよ」
レムは、真剣な表情をして見せた。
黒き矛が百万世界の魔王の化身だというのであれば、セツナは、そんな魔王に選ばれた人間なのだ。魔王に選ばれた、魔王の力の使い手。魔王の代行者といっても過言ではない。それはつまり、セツナが魔王そのものといっても言い過ぎではないのではないか。
そして、黒き矛こと魔王の杖の眷属たるマスクオブディスペアの能力によって仮初めの生を受け、生き長らえている自分は、魔王の力の結晶であり、魔王の使徒といってもいいのかもしれない。
(もっとも)
と、彼女は、胸中で訂正する。
(わたくしの主はセツナ様のみ、ですが)
魔王の使徒などと考えたのは、売り言葉に買い言葉のようなものだ。
ウェゼルニルがたかが武装召喚師などというから、反論したまでのことだった。
「本気でございます」
そう言い切ったときには、“死神”たちが動いていた。
まず、参号が掲げた杖の先端にある髑髏の口から不気味な光を発し、ウェゼルニルを攻撃した。すると、ウェゼルニルの姿が掻き消えたものだから、レムはその場を飛び離れ、“死神”たちは散開した。直後、ウェゼルニルがレムの立っていた場所に降り立っている。
それがウェゼルニルの能力の一端だということは、レムもよく知っている。
降り立ったウェゼルニルに向かって、伍号が短刀を投げつけた。極めて単純な投擲。ウェゼルニルは軽々と受け止めて見せたが、それが伍号の狙いだった。つぎの瞬間、ウェゼルニルの手の中にあった短刀の柄を伍号が握っていた。
伍号の得物は、二刀一対の短刀であり、エッジオブサーストの再現だ。つまり、伍号はエッジオブサーストの能力をも再現して見せたのであり、短刀の座標が入れ替わったことで、もう一方の短刀を手にしていた伍号がウェゼルニルに急接近したのだ。
それにはさすがのウェゼルニルも驚いたようだが、一瞬だけだった。
ウェゼルニルは、無造作に腕を振り回して、伍号ごと短刀を放り投げると、その場から飛び上がった。周囲一帯の雪が舞い上がったかと思うと、地面が割れ、隆起したのはその直後だった。陸号が大斧を地面に叩きつけている。アックスオブアンビションの能力の再現。
中空に飛び上がったウェゼルニルだったが、そこへ弐号が襲いかかった。鎧の背から闇色の翼を生やした弐号の体当たりは、反撃を省みないものであり、故に勢いと速度があった。ウェゼルニルが回避しきれなかったのもそのためだろう。
弐号がウェゼルニルを掴まえると、そこへ参号が殺到した。槍の螺旋を描く穂先が轟音を上げながら回転し、ウェゼルニルに襲いかかる。
すると、ウェゼルニルの姿が消失し、槍が空を切った。
「こんなものがか?」
「こんなものとは失礼でございますね」
レムは、軽口を叩きながら、背後を振り向き様に矛を振り抜いた。ウェゼルニルがにやりとしながら飛び退く。
虚像と実像を織り交ぜ、敵を翻弄する戦い方こそ、ウェゼルニルの戦い方だ。ウェゼルニルを斃すには、まず、そこをどうにかしなければならない。
「だが、事実だぜ」
「本当にそうでしょうか?」
レムは、微笑し、ウェゼルニルに向かって飛びかかった。黒き矛を振りかぶり、一瞬で間を詰め、全力を込めて叩きつけようとする。当然、ウェゼルニルの姿は消える。そして、レムの死角――頭上にその気配が出現した瞬間、彼女は、すべての力を解き放った。
手にしているのは、黒き矛を再現した得物だ。
能力も網羅している。
このとき、レムが駆使したのは、黒き矛の能力のひとつであり、セツナが多用を自戒していた能力だ。
全力攻撃と彼は呼称している。
まさに全力を出し切り、全周囲を攻撃する能力だからだろう。
レムは、黒き矛と自分を中心とした広範囲に破壊的な力の奔流が光となって拡散していく光景を“死神”たちの目を通して、見ていた。
レムの死角を突こうとして実像を現したウェゼルニルの巨躯が、その破壊の光に飲まれていく様もだ。
破壊の光は、レムを中心とした球状に拡大し、雪を溶かし、大地を抉り、気温を上昇させながら急激に膨張していく。
そして、“死神”たちの視界が白く塗り潰されたとき、世界は、沈黙に包まれた。




