第三千四百七十六話 力の化身(五)
両の手のひらから解き放たれた莫大な波光は、そのまま破壊の力となって、ミズトリスの下腹部を覆う装甲を突き破って見せると、その勢いのまま、獅徒を吹き飛ばしていく。
蒼白い光の奔流が視界を塗り潰しながら、その中で獅徒の強靭な肉体を蹂躙し、破壊していく圧倒的な光景は、ウルクを駆り立てる。
複合式波光砲の直撃は、“真聖体”の装甲を傷つけるどころか、肉体をも損壊させただけでなく、ミズトリスの胴体を真っ二つにして見せたのだ。無論、その程度では、獅徒に重傷を負わせたことにもならない。
大事なのは、下腹部の断面に“核”が露出していたという事実であり、ウルクは、それを見逃さなかったし、瞬時に落下中のミズトリスを追いかけた。
獅徒を斃すには、“核”を破壊しなければならない。そして、体内の何処かに隠された“核”を見つけ出すことが最大の難関であるといってよく、発見したのであれば、その破壊に全力を尽くすべきだった。
故に、ウルクは、全速力でもって獅徒を追った。
ミズトリスがその巨腕を己の背後に伸ばし、光背を掴み取ると、光背が変形し、二本の巨大な剣となった。曲線を描く大刀と直線的な大剣。どちらもミズトリスが“真聖体”になる前に用いていた剣を元にしたもののようだった。
ミズトリスは、唸るようにして、二本の剣を振るう。ウルクの接近を拒むような斬撃は、ただそれだけで大気を渦巻かせ、竜巻を生み出した。
ウルクは、その真っ只中を突っ切っていく。
波光防壁を展開するまでもない。
ミズトリスが斬撃に神威を込めて生み出したのであろう竜巻は、確かに普通の生物で容易く切り刻まれ、一溜まりもなく命を落としたのだろうが、肆號躯体は、無傷で竜巻を突破した。
それによってわかったことは、ミズトリスの進化は、握力や筋力といった肉体的な強さに影響するものであり、神威には大した影響がないのではないか、ということだ。
そもそも、ミズトリス自身が神威を用いた攻撃を多用してこないのだが。
そして、ウルクは、ミズトリスに取り付いた。
もちろん、そのときには下腹部の断面は再生を始めており、露出していた“核”が白い肉と装甲の中に隠されようとしていたものだから、ウルクは、素早く両手を“核”に伸ばした。ぼこぼこと膨張し、肉体と装甲を構築していくミズトリスの肉体、その真っ只中に拳を突き入れ、“核”を掴む。
「掴まえた」
ミズトリスが喜びに満ちた声を上げたとき、ウルクは、自らの失態に気づいた。指先に感じていた“核”の感触が消えて失せたのだ。
「偽物でしたか」
「当たり前だろう。唯一無二の弱点を敵に曝す馬鹿がどこにいる」
ミズトリスが冷笑する目の前で、ウルクは、返す言葉もなかった。確かにその通りだ。
獅徒にとって、“核”とは命そのものなのだ。
全身を粉々に破壊されたのであればともかく、上半身の大半が残っているような状況では、“核”を曝すようなことなどありえないはずだった。
つまり、罠だ。
ウルクを誘き寄せるための罠。
「こんな単純な罠でも、おまえは引っかからざるを得ない。なぜならば、おまえがわたしを斃すには、“核”を破壊するしかないからだ」
ウルクは、ミズトリスの思惑通り、彼女の仕掛けた罠に引っかかってしまった。両手を獅徒の肉体に、“真聖体”の下腹部に取り込まれ、拘束されてしまったのだ。
全力で両腕を引き抜こうとしても、微動だにしない。とてつもない力が、獅徒の肉体に満ちている。
ミズトリスが進化によって得た肉体の力が、肆號躯体の出力を上回っている、ということなのか。
「これでもう、逃げられないな」
ミズトリスは、両手に握った刀剣を振り翳したかと思うと、ウルクの頭に叩きつけてきた。金属同士の激突音が響き渡るが、それだけだ。
やはり、進化しているのはミズトリスの肉体だけなのだ。
大刀にも大剣にも、その力は及んでいない。
だから、肆號躯体を傷つけるどころか、刀身そのものが傷つき、湾曲してしまった。
人体ならば切断どころか消滅させかねないほどの威力を持っているのだとしても、肆號躯体には傷つけることもかなわないということだ。
「まあ、問題はない」
そういって、ミズトリスは、両手の刀剣を背後に投げた。すると、二本の剣が旋回しながら変形し、光背に戻っていく。
ウルクは、それを見届けはしなかった。両腕が引っこ抜けないからといって、このままなにもせず、ミズトリスが肆號躯体を完全に上回るまで待ち続ける道理などないのだ。
こういうときこそ、複合式波光砲の出番だ。
複合式波光砲は、強靭堅固な“真聖体”の装甲を打ち破るだけの威力を持っているのだ。しかも、いま両手は、獅徒の体内に埋まっている。装甲よりも余程柔らかく、破壊しやすい体内にだ。
「ええ、問題はありません」
「なに?」
「こんなもので」
ウルクは、複合式波光砲を発射しながら、いった。莫大な波光が、ミズトリスの体内で膨れ上がり、破壊の限りを尽くす。
「わたしを拘束することができると思っていたのなら、大間違いです」
直後、“真聖体”を覆う純白の装甲が膨張したのは、体内から肉体を突き破って溢れ出した波光のせいであり、その威力の凄まじさは、“真聖体”の装甲をも貫き、爆散させるほどのものだった。
そう、ミズトリスの胴体は、再び真っ二つになったのだ。
そして、ウルクは自由の身となった。しかし。
「ああ、そうだな。こうなることもわかりきっていた」
ミズトリスの余裕に満ちた声は、むしろ、この状況を待ち望んでいたとでもいわんばかりだったし、実際、その通りだったのだろう。
ミズトリスは、一瞬にして肉体を元通りに再生させながら、自由になったばかりのウルクの両腕を、左右の手で掴み取って見せたのだ。
「いったはずだ。成長している、と。進化している、と」
ウルクは、ミズトリスの手の中から腕を引き抜こうとしたが、無駄だった。体内に取り込まれているとき以上の圧力が両方の前腕を締め付けており、装甲が軋んでいた。
波光によって極限まで硬度の上がった装甲を変形させるほどの力なのだ。
「それもこれもおまえのおかげだ。おまえのような強敵と巡り会えた。だからこそ、わたしは強くなる。強くなれる」
ミズトリスの声は、喜びに打ち震えており、彼女の感情の振幅に合わせるようにして、両手に籠もる力も増大しているようだった。
「もっと、もっと……!」
(このままでは……)
ウルクの両腕は、軋み続け、変形し続けている。だからといって、先程のように複合式波光砲を撃ったところで、どうにもならない。両腕を持ち上げられているのだ。手のひらの角度を変えてどうにかなる問題ではない。
足で蹴りつける、というのも無意味だ。足の届く範囲にミズトリスの体はなかったし、たとえ届いたとして、どれだけの打撃を与えることができるのか。
肆號躯体に内蔵された兵器を用いるのは、どうか。
追式波光砲などは通用しないだろうが、波光防壁を展開すれば、どうか。ミズトリスを弾き飛ばすことはできるのではないか。
試した。
無駄だった。
波光防壁ごと締め付けられたまま、両腕の変形を止めることができなかったのだ。




