第三千四百七十二話 力の化身(一)
戦況は、決して悪いといえるものではない。
そう、ウルクは認識していた。
獅徒ミズトリスの実力を見誤ってはいないという前提ではあるものの、現在のところ、そういう可能性は少なかった。
少なくとも、現状、ミズトリスに負ける要素は見受けられない。
ウルクは、粉塵の立ちこめる視界の先に獅徒を感知すると、左腕を掲げた。連装式波光砲によって牽制攻撃を行い、相手の出方を窺う。
ウルクの予想では、ミズトリスは、連装式波光砲程度ならば無視して突っ込んでくるはずだ。
無数の光弾が光の尾を引いて粉塵を貫いていく最中、爆音とともに突っ込んでくる影があった。ミズトリスだ。
(予想通りです)
ウルクは、おそらく防御障壁のようなもので光弾を弾き返しながら、猛然と飛びかかってくるミズトリスを目視して、自身の予想通りの展開になったことに自信をつけた。
そして、鋭い息吹きとともに空中で翻り、まるで斧のように振り下ろし、叩きつけてきたミズトリスの右足を右手で掴み取る。透かさず、左手をミズトリスの脹ら脛に密着させ、連装式波光砲を叩き込む。
神であれ、防御障壁を展開したまま相手を攻撃することは難しい。肉体を利用した直接攻撃ならば尚更のことであり、攻撃の瞬間は無防備にならざるを得ないのだ。
だからこそ、ウルクは、ミズトリスが接近し、攻撃してくる瞬間を待っていた。攻撃を受ける瞬間こそ、こちらが攻撃を叩き込む最大の好機であり、ウルクは、ここぞとばかりに波光砲を連射すると、凄まじい爆発が連続的に発生し、抜群の手応えとともに右手に感じていた重量が軽くなったのを認めた。
ミズトリスの右足が密着状態からの砲撃によって吹き飛んだのだ。
当然、ミズトリスは右足を失ったことになるが、そんなことで戦況が有利になった、などと楽観視できるはずもなく、ウルクは、獅徒の生体反応を追って連装式波光砲を撃ち続けた。
しかし、瞬時に展開された防御障壁によって砲弾が弾き飛ばされ、周囲の建物や地面をつぎつぎと爆破されていく。それでも、砲撃の手を止めない。
爆煙や粉塵が視界を埋め尽くしていこうが、ウルクの戦況が不利になることはないからだ。
視界が悪くなろうが、周囲の状況把握に関しては、なんの問題もなかった。
肆號躯体は、壱號躯体や弐號躯体にも増して、人間でいう感覚器官が優れている。視覚、聴覚、嗅覚、触覚といったあらゆる感覚が研ぎ澄まされている上、波光の反射によって周囲の状態を完璧に把握できている。
ミズトリスが爆煙に身を隠そうとも、ウルクにはすべてお見通しなのだ。
爆煙の中、ミズトリスが吹き飛ばされた右足を瞬く間に再生し、態勢を立て直したことすら、見抜いている。
もちろん、そうなることはわかりきっていたし、なんの問題もなかった。
(獅徒は使徒。斃すには、“核”を破壊する以外にはない)
“核”を破壊しない限り、無限に生き、無限に戦い続けることができるのが、神兵であり、使徒なのだ。並の神兵や使徒ですらそうなのだから、神々の王たる獅子神皇の使徒たる獅徒ならば、その生命力たるや凄まじいものがあるに違いない。
“核”は、体内のどこかにあるはずだが、その位置を外部から特定することは難しい。いや、不可能と見ていいだろう。
たとえ、特定できたとしても、安心してはいけない。“核”を移動させることくらい、神兵にすら可能なのだ。
獅徒の肉体を破壊し尽くすのが一番手っ取り早く“核”を破壊する方法であり、ウルクの考えている勝利条件だった。
ミズトリスが再び襲いかかってきたため、思索を打ち切る。
今度は、空中ではなく、懐に潜り込んでくるような軌道を描いて迫ってきた。
ミズトリスの攻撃手段は、現状、肉体の頑強さに物をいわせた体術か、二本の剣を用いた剣撃の二通り。今回は、剣撃だった。両手に握り締めた異なる形状の剣を振り回し、挟み込むように斬りつけてきたのだ。
ウルクは、左右から迫ってきた二本の剣をそれぞれの手で受け止めて見せると、両手から波光砲を撃ち放ち、刀身を打ち砕いた。
ミズトリスは、驚きもしない。端からわかりきっていたとでもいわんばかりに、両手を柄から手放し、猛然と突っ込んでくる。
それこそ、ミズトリスの狙いだったのだろう。
悠然と構え、剣撃に対応した結果、隙だらけとなったウルクに肉薄すると、両拳を胸に突き刺すようにして、全力の一撃を叩き込んでくる。
「なっ……!?」
ミズトリスが、開戦以来初めて、驚愕の声を漏らしたのは、そのときだった。
それは、ミズトリスの渾身の一撃が、ウルクの胴体を貫くどころか、掠り傷ひとつつけられなかったことに対する反応に違いなかった。全身全霊、全力の一撃が、まったく無意味に終わったのだ。
ミズトリスが隙だらけになるのも無理のないことだった。
だからといって、ウルクが同情することはなく、彼女は、ミズトリスを両腕でがっちりと挟み込むと、すぐさま両腕の砲撃機構を複合化した。ミズトリスがはっと気づいたときには、複合式波光砲は発動している。
ウルクの目の前で、波光の大爆発が起きた。
肆號躯体すら損傷しかねないほどの大爆発は、しかし、ウルクの躯体を傷つけるようなことはなかった。砲撃の瞬間、波光防壁を展開し、全身を護ったからであり、それによって爆風に吹き飛ばされたのは致し方のないことだ。
ようやく爆発による影響がなくなったのは数秒の後であり、ウルクは、波光防壁を解除すると、爆心地に向かって跳んだ。
上空から見下ろすことで、爆発の凄まじさを視覚的に理解する。
複合式波光砲による大爆発は、ウルクとミズトリスの交戦地点一帯を消し飛ばし、都市部を大きくくり抜いていた。
その爆心地にミズトリスがいる。
生きているのだ。
あれだけの爆発の直撃を受けてなお、生きている。
なんという生命力なのか。
原型を失ってはいたが、“核”は無傷だったのだろう。すぐさま元通りに再生していく様を見て、ウルクは、戦い方を変えるべきだと認識した。
あれほどの爆発の直撃を受けてなお、“核”を傷つけることすらできないとなると、あのような戦法ではどれだけ戦い続けても、何度試行しようと、ミズトリスを斃しきれないことが判明したのだ。
やはり、直接“核”を攻撃し、破壊しなければならない。
“核”を破壊しない限り、安心してはならない。
「認めよう」
元通りに戻り、傷ひとつない姿となったミズトリスがこちらを見上げてきた。
遙か眼下、ミズトリスのまなざしは、鋭く、ぎらぎらと輝いている。
「おまえは、ただの人形などではない。全力を発揮しなければならない強敵だ。ならば――」
そのとき、ミズトリスの全身から莫大な光が放出され、爆心地にさらに大きな穴が開いていく。光は、力だ。神威と呼ばれる力。神の力。獅子神皇を源とする獅徒の力なのだ。
生体反応の急激な増幅は、ミズトリスの力が限りなく膨れ上がっていくことを示している。生命力そのものが増大しているのだ。
莫大な光が柱の如く立ち上り、天へと突き刺さる。
ウルクは、ミズトリスがいまのいままで力試しをしていたことを理解した。




