第三千四百六十九話 星の海、獣の刻(七)
「うおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
雄叫びは、喉の奥、腹の中、魂の奥底から放たれたものであり、シーラは、星の海をも震撼させるほどの咆哮が自分自身の心の叫びなのだと認めた。
負けるわけにはいかない戦いで勝利を掴むための、魂の咆哮。
生への執着が生み出す力の奔流。
全身に充ち満ちていくそれは、あまりにも膨大であり、いままでの比ではなかった。
故に、星々の殺到による爆撃の連鎖の中でも、揺るがない。
咆哮に揺れる宇宙の中で、ただふたつ、獣の女王と宇宙の女神は、まるで揺れることのない根幹であるかのようにそこに存在している。
(宇宙の女神か)
シーラは、ファルネリアを睨んだ。
金眼白毛九尾と化したいま、その視力は、通常獣化――獣人態とでもいうべき形態のときよりも、遙かに強化されている。
遠方の獅徒の姿が、より一層はっきりと見えた。
巨大な太陽を背負い、太陽の杖を翳す“真聖体”ファルネリアは、星々の爆撃をものともしない巨大獣の出現を目の当たりにして、なにを想うのか。さすがに取り乱したり、動揺している様子はなさそうだが、なにかしら考え込んではいるようだった。
だが、それも一瞬のことだ。
シーラが、その巨躯を度重なる爆発の中で動かし、なにもない宇宙空間をまるで地面のように蹴って駆け出すのとほぼ同時に、獅徒もまた、動いたのだ。
巨大獣と化したシーラは、地面も空中も変わらなかった。なぜなら、金眼白毛九尾は、九つの尾の真の力を引き出すことができるからであり、それによって空中だろうが水中だろうが、たとえそこが本当の宇宙であったとしても、猛毒に満ちた空間であったとしても、なんの問題もなく走破できるのだ。
金眼白毛九尾は、異世界の獣の女王であり、獣神だ。
つまり、シーラはいま、神の力を自在に行使することが許されているのだ。
白毛九尾の獣人態の時点では、神の力の一部しか使うことができなかった。だから、治癒の尾の力だけでは再生速度もままたならなかったのだが、いまならば、治癒の尾の力を使うまでもなく、星々の爆発による負傷を回復することができていた。
そもそも、だ。
この星の海に浮かぶ星々の爆発の威力では、金眼白毛九尾に致命傷を与えることなど不可能であり、故にこそ、シーラは、爆発の嵐の中を駆け出すことができたのだ。
星々の爆発では、足止めにすらならない。
ファルネリアは、すぐさまその無意味さを悟ったのだろう。星々による集中攻撃を止めると、星々を一点に集め始めた。宇宙そのものが激しく傾いたのではないかと錯覚したのは、この宇宙には、星々とシーラ、ファルネリア以外には闇しかないからだろう。
すべての星々が一斉に動けば、宇宙が動いたかのように感じるのも無理のない話だ。
「なにをするつもりかと想えば、そんなことかよ」
シーラが苦笑したのは、移動した星々が一点に集まって、ひとつの巨大な星となっていく様を見たからだ。星と星の接触によって爆発は起きない。それどころか星同士は融合し、より強力な爆発を生み出す星となるようだった。
憶測に過ぎないが、でなければ、ファルネリアがすべての星を集め、巨大な星を作り出す意味がないだろう。
「そんなもんで、この俺と相棒が止められるものか」
「やってみなければわかりませんよ」
ファルネリアは、いうが早いか、完成した極大の星をシーラに向かって飛ばしてきた。
宇宙の闇を揺らがせるほどの規模と質量を誇る極大の光の塊が急速に迫ってくるのを見て、シーラは、内心、苦笑するほかなかった。
超巨大質量の星。その爆発の威力たるや、いままでの星とは比較にならないのだろう。それこそ、金眼白毛九尾の防御を突き破り、大打撃を与えてくるのかもしれない。
だとすれば、わざわざ当たってやる必要などあろうはずもなく、シーラは、尾でもって眼前に迫った極大星を撫でて見せた。接触によって爆発するはずの星は、しかし、尾に撫でられた瞬間、その軌道を変える。
支配の尾によって制御された極大星は、シーラを先導するようにしてファルネリアに殺到したものだから、獅徒が声を荒げた。
「そんなこと!」
だが、ファルネリアは、冷静そのものだった。迫り来る極大星に向かって熱光線を浴びせることで、極大星を爆発させたのだ。そうすることで、極大星を追走していたシーラに少なからず打撃を与えられると踏んでのことだったのだろう。
みずからの負傷も省みなかったことからも、その覚悟のほどが窺い知れる。
極大星の爆発は、この星の海に存在したすべての星を集めただけあって、宇宙全体を震撼させるほどに凄まじいものであり、無防備な状態で直撃を受ければ、さすがの巨大獣も無傷とはいかなかったはずだ。
致命傷とはいかないまでも、重傷にはなっただろう。
しかし、それだけだ。
そして、シーラは、当然そうなることを予測しており、巨大獣の全身を強固な障壁で包み込んでいた。それは、極大星爆発の威力を想定したものであり、爆発を耐え抜き、金眼白毛九尾の巨躯に傷ひとつつけなかった。
だから、爆風の中を突っ切り、負傷したファルネリアの姿を目視することができていたのだ。
ファルネリアは、無言のまま、太陽の杖を翳す。杖が輝き、熱光線となって巨大獣に襲いかかるのだが、体毛を焦がした程度で終わった。
ただ巨大化しただけではないのだ。
身体能力や五感を含め、あらゆる面で大幅に強化されているのが、いまのシーラであり、太陽の杖の熱光線程度では、なんの障害にもならなかった。
だからこそ、シーラは、ただひたすらまっすぐにファルネリアへと突っ込んでいったのであり、たとえどのような攻撃が待ち受けていたとしても、力業で押し退けられる確信があったのだ。
「これなら、どうですっ!」
ファルネリアが精一杯の反撃を試みるのを、シーラは、なんともいえない気持ちが見ていた。
光背たる太陽を前面に移動させたかと思うと、太陽の杖を重ね合わせ、光背の太陽から莫大な光と熱を放射してきたのだが、それも、巨大獣に重傷を負わせる程度に過ぎなかった。上顎を吹き飛ばし、頭蓋を粉砕し、脳を灼き――しかし、つぎの瞬間には、体毛が損傷部分を覆い、元通りに再生してしまう。
もちろん、ファルネリアは、巨大獣の再生を見届けたわけではない。
立て続けに攻撃してきたのだが、拡散する太陽光の熱線攻撃も、頭上に移動させた太陽からの熱線照射も、決定打にはならなかった。
それどころか、その間にもシーラの接近を許しており、ファルネリアは、窮地に立たされたのだ。
シーラは、なにもいわなかった。
ファルネリアが想い人のために命懸けで戦っていることを知っているし、圧倒的な力を持つ化け物を相手に全身全霊、あらん限りの力を尽くしていることも理解しているからだ。
通用しないことをわかっていても、だからといって、諦めるわけにはいかないのだ。
馬鹿になどできるわけもない。
同じだ。
(俺と同じ)
無論、だからといって、手加減もしない。
シーラは、熱光線が降り注ぐ中、尾をファルネリアに叩きつけた。
破砕の尾が“真聖体”の頑強な装甲を打ち砕き、貫通の尾が貫き、切断の尾が切り裂いていく。さらには創造の尾によって生み出した投槍の数々が殺到し、ファルネリアの全身を徹底的に破壊していく中で、シーラは、彼女の声を聞いた。
「ああ、さすがですね……」




