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第三百四十六話 ひとつだけ

「だがな、ミレルバスよ。君も知っての通り、ガンディアが誇る黒き矛は守護龍に敗れたのだ。《白き盾》も《蒼き風》も、守護を破ることはかなわなかった。何度戦おうと結果は同じだとは思わないか」

「君の研究成果を疑っているわけではないよ。守護龍は完璧に近くこの龍府を護ってくれている。ガンディアの黒き矛を退け、あの《白き盾》をも寄せ付けなかった。実に素晴らしい成果だ。君という鬼札を手にしたのは、間違いではなかった」

 感慨深げなミレルバスの言い様に、オリアンは違和感を覚えた。ミレルバス=ライバーンともあろうものが、感傷に浸っている場合ではないのだが、オリアンには彼の感情を制御しようという気もない。影は光のあるがままに変化するものだ。

 もちろん、彼の感傷に流されるほどやわな精神構造をしているわけでもないが。

「だが、な。なにごとにも絶対ということはあるまい。守護龍がどれほど強大な力を持っていたとしても、完全無欠ということはないだろう」

 それは、その通りだった。

 ミレルバスのいう通り、ドラゴンも完全無欠ではない。ドラゴン自体は絶対的な力を持っている。召喚武装に対抗する術を有している。黒き矛や白き盾の模倣にも成功し、武装召喚師がどれだけ強力な武器を召喚したとしても、ドラゴンの力はその上を行くだろう。

 しかし、だ。

 ドラゴンにも欠点がないわけではない。

 それは、ドラゴンの操者が、ただの人間だということだ。

 クルード=ファブルネイアは、守護龍の召喚によって、守護龍そのものに成り果てた。彼の思考はもはや人間のそれではなく、天上から大地をへいげいするドラゴンそのものだ。しかし、彼の肉体の構造が変質したわけではない。召喚物の意志の逆流によって、精神に異常をきたしただけといってもいいのだ。

 そういう点から見れば、オリアンの研究は失敗したといえるだろう。

 オリアンは、完全な召喚を目指していた。

 遥か昔、聖皇ミエンディアだけが使えたという完全なる召喚魔法。その復活こそ、オリアンの目指すところだった。

 そのために膨大な時間を費やし、多大な犠牲を払った。そして、生物の召喚には成功した。師には成し遂げられなかったことだ。師は、召喚武装を利用しなければ、生物を召喚することはできなかった。それに比べて、オリアンは術式と魔力と生贄によって、それをなしたのだ。

 だが、オリアン謹製の擬似召喚魔法は、武装召喚術を元にしたものであるところに、限界があった。

 召喚物の制御に莫大な精神力を必要としたのだ。

 メリスオールで行った実験では、召喚にこそ成功したものの、召喚者の精神が瞬く間に食らい尽くされ、召喚物が暴走するという結果に終わった。

 クルードは、人間だ。魔龍窟で鍛え上げられた精神力は生半可なものではないが、人間の規格を越えるものではない。ドラゴンを維持できているのは、彼が特別だからではないのだ。

 精神を喰い尽くされ、死んだとしても、蘇生薬によって不死の存在となった彼は、瞬く間に蘇り、ドラゴンの餌となる。

 そうして、クルードは守護龍を維持し続けている。

 もしクルードがいなければ、オリアンがそうなっていた。あのとき、クルードの死体を拾えたのは幸運だったのだ。もっとも、オリアンに覚悟がないわけではない。蘇生薬が失敗作であれば、クルードの蘇生は果たされなかったのだ。そのときは、オリアンが龍の操者となっていただろう。

 例え目的が果たせなくなったとしても、友との約束を優先するのは、オリアンとしては当然の判断だった。

 無限に死に、無限に蘇る存在と成り果てても、彼の影であり続けよう。そういう約束だ。そうやって、ここまできた。ミレルバスの夢を実現させるために手を貸してきたのがオリアンであるように、オリアンの研究のために尽力してくれたのがミレルバスなのだ。彼の友情に応えることになんの躊躇いもなかった。

「そうだな。クルードがいつまで保つかは、わたしにもわからないところがある」

 オリアンは、密やかに認めた。彼が外法の研究の中で作り上げた蘇生薬だったが、その効能は未知数だった。確かに、オリアンの見込んだ通りにクルードは蘇った。それも一度ではない。

 何度となく生と死を繰り返す彼の姿は、化け物のように変わり果てていた。肉体が、生と死の反復についていけないのか、それとも、蘇生薬の副作用なのか。人格は壊れ、記憶も明快ではない。

 彼はクルード=ファブルネイアという人間であったことすら忘れているのかもしれず、だからこそ、守護龍に成ってしまったのかもしれない。

 その彼が、いつまで保つのか。

 それが最大の問題だ。

 彼の肉体が薬による強制的な蘇生も受け付けなくなったとき、彼は完全に死ぬことになるだろう。そしてそれは、ドラゴンの操者がいなくなるということだ。操者が死んだ召喚生物は、元の世界に還ることもできないまま、この世界で暴れ続けるかもしれない。

 召喚者と死に別れた召喚武装のように。

 皇魔のように。

 そうなれば手が付けられなくなるだろう。もちろん、龍府に被害が及ぶことはない。ドラゴンは地に束縛されているのだ。五方防護陣の砦の位置から動くことはない。とはいえ、ドラゴンが射程範囲に入ったものを襲わない保証はなくなる。クルードの制御下であれば、敵以外を攻撃することはないのだが。

 そうなれば、龍府は、孤立無援の地と化すだろう。

「しかし、いますぐどうなるということではない。少なくとも、この戦争が終わるまでは保つさ」

 クルードが死に尽くすまでに、ガンディア軍を蹴散らせばいいだけのことだと、オリアンは考えていた。ガンディア軍の戦力では守護龍には対抗できないという現実を叩きつけさえすれば、彼らも少しは冷静になるだろう。

 もっとも、ガンディアが軍を引いたところで、ザルワーンが挽回することは難しい。そんなことは、ミレルバスも重々承知しているはずだ。

「終わる……? いつ終わるというのだ」

 ミレルバスの目が、オリアンをじっと見据えていた。年を取り、老いた男の目は、しかし精気に満ちている。なにもかもを諦めた男のまなざしではない。感傷も既に消え去っていた。

「終わらんよ。ガンディア軍が龍府を諦めると思うか? 守護龍の強大な力を目の当たりにしても、たった数日足らずで再度進軍してくるような連中だ。諦めなど、端から存在しないのだ」

「では、どうする? 守護龍だけでは安心できないのだろう? 不安を消し去りたいというのだろう。君になにができる? 国主として君臨する以外にできることなど、なにがある」

「……守護龍殿は、レオンガンドを見かけたそうじゃないか」

 ミレルバスが瞑目すると、腹心たちが顔を見合わせた。彼らも知っていることに違いないのだが、ミレルバスの思考が読めずに困惑しているのだ。彼らがいかにミレルバスの半身といえども、彼のすべてを理解することはできまい。

 影であるオリアンにすら、ミレルバスの思考が読めないのだ。オリアンよりも日の浅い腹心たちにわかるはずがなかった。

「ああ、聞いているが、それがどうした?」

 クルードが、レオンガンド・レイ=ガンディアと思しき人物をガンディア軍の野営地に目撃したというのは、事実だった。ドラゴンの目を介せば、ヴリディアからガンディア軍の野営地を見通すことは簡単であり、野営地の見取り図さえも彼は用意してくれていた。守護龍の操者は、ただ龍府を守護することにのみ集中しているわけではなかったのだ。ガンディア軍を打倒するための方法も考えてくれていたようだ。野営地の詳細な情報が入ったところで、差し向けるべき戦力が足りないのだからどうしようもなかった。その現実には、クルードは呆れ果てたようだが。

 仕方のないことだ。

 ここまで追い詰められたからこそ、守護龍の召喚に踏み切ったのだ。もし、この戦争がザルワーン側に有利に運んでいたならば、守護龍の召喚など必要なかった。守護龍の存在そのものが、この国の存亡の危機を伝えているといっても過言ではない。

 守護龍によって滅びの可能性は遥か彼方に遠ざかったものの、召喚するに至ったのは、敵軍が龍府に迫っていたからにほかならない。差し迫った危機に対向する手段としてはあまりに強大すぎる力ではあったが、だからこそ、ガンディア軍を一時的にも退けることができたといえる。

「ガンディアに龍府を諦めさせる方法を、ひとつだけ、思いついたよ」

 ミレルバスが瞼を開くと、碧い目が輝いているように見えた。

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