第三千四百六十八話 星の海、獣の刻(六)
殺到する星々から身を守ることに手一杯のシーラではあったが、ファルネリアが翳した太陽の杖が烈日のような輝きを発するのを見た瞬間、即座にその場から後退して見せた。
変化の尾を自分自身に変身させて切り離し、星の爆撃を引き受けさせるのと同時に、シーラそのものは全身全霊の力でその場から飛び離れたのだ。擬態への爆撃によって生じる爆風を追い風とし、できる限り遠く離れる。
そして、その判断が正解だったということは、ファルネリアの翳した杖から放たれた光芒を目の当たりにしてわかった。
さながら、極大の太陽光線とでもいうべきそれは、ファルネリアが生み出した宇宙の闇を切り裂き、一点に向かって動いている最中の星々をも打ち砕きながら、シーラが浮かんでいた場所とその周辺、爆発寸前の無数の星々もろとも飲み込み、有無を言わさず消滅させたのだ。
無論、変化の尾による擬態も、ものの見事に焼き払われている。
(ははっ……冗談だろ)
肝が冷えるとはまさにこのことだ、と、シーラは、改めて獅徒の強さを確認する想いだった。
変化の尾による擬態は、星々の爆発にある程度耐えていた。でなければ、星々を引き受けられるわけもないのだから当然だが、そんな擬態すら、太陽光線の前では一瞬で融解してしまっている。
直線上に存在した星々も、跡形もなくなってしまった。
超高威力、超高温の熱光線。
直撃を受ければ、白毛九尾状態のシーラとて無事では済むまい。
「上手く避けましたね。さすがはシーラ殿」
ファルネリアからの手放しの賞賛は、自分が優位に立っているという自覚があり、確信があるからこそのものだろう。
ファルネリアは、すぐさま太陽の杖をこちらに向けると、再び熱光線を放ってきた。熱光線は、一瞬にして宇宙を貫き、直線上のあらゆるものを灼き尽くす。
シーラは、回避に専念しなければならなくなった。
星々も動いている。
シーラの避ける先、避ける先に殺到し、つぎつぎと爆発しては、つぎの行動を一手、二手と遅らせようとしてくる。そうして、何度目かの熱光線を回避し損ねた結果、シーラは、左肩と尾の数本を溶かされ、意識が飛びかねないほどの激痛に苛まれた。
すぐさま創造の尾で失った肉体の部位を作り出し、治癒の尾で馴染ませながら回復する。損傷の程度によっては、そのほうが治りが早いからだ。
尾に関しては、治癒の尾の力を用いるまでもない。一瞬で再生し、治療中のシーラを宇宙の中心に弾き飛ばすことに成功している。
宇宙の中心。
ファルネリアの居場所だ。
ファルネリアが生み出した星の海だ。つまり、ファルネリアこそこの宇宙の主催者であり、中心といっても過言ではないのだ。
破壊的極まりない宇宙を終わらせるには。ファルネリアを斃すしかなく、そのためにも、接近するしかない。
殺到する星の群れを掻い潜り、超威力の熱光線をかわしながら、なんとしてでも近づき、全力の攻撃を叩き込まなければならない。そして、“核”を破壊しなければ。
(俺が死ぬな)
このまま、星々の爆撃と熱光線の回避に専念し続ければ、シーラの精神力が持たない。ハートオブビーストの能力を駆使するのにも、白毛九尾状態を維持するのにも、精神力を消耗している。
戦いの日々、修練の日々は、シーラの精神力をかつてとは比べものにならないほどに高め、白毛九尾状態すら長時間維持できるまでになった。
が、しかし、爆撃と熱光線を避け続けるには、ただ回避運動を取り続ければいいというものではなく、全身全霊、ありとあらゆる能力を駆使しなければならないのだ。
それは、ただ白毛九尾状態を維持するよりも余程消耗が激しく、となれば、力尽きるのも通常よりも遙かに早いということだ。
星々は、絶え間なく動き、シーラを目指して宇宙を巡っている。熱光線に溶かされようと、シーラに直撃して爆発しようと、すぐさま補充される星々に際限はない。
星々が尽きるのを待つことはできない。
また、シーラより先にファルネリアが消耗し尽くすということも、あり得ない。
獅徒の力の源は、獅子神皇だ。
ファルネリアとの戦闘中に獅子神皇が力尽きるなどという奇跡が起きない限り、獅徒が自滅することなどありはしないのだ。
そして、そんな奇跡が起ころうはずもない。
(たぶん、セツナも俺と同じだ)
それは憶測だが、ある種の確信を抱いていた。
ナルンニルノル到達後の強制的な空間転移によって、突入組はばらばらになってしまった。その直後、シーラはこの星天の間に放り込まれたわけであり、ファルネリアがただひとり、待ち受けていた。
となると、ほかの面々も、シーラと同じような状況に置かれていると考えるのが筋というものだろう。
きっと、セツナも、シーラと同じように、たったひとりで戦っているのだ。
獅徒ヴィシュタルと。
(きっと、そうだ)
そうに違いない、と、確信しながら、シーラは、全速力で宇宙を駆ける。迫り来る星々を九つの尾で薙ぎ払い、爆風を利用して加速することで、熱光線をかわす。避けきれず、灼かれることも度々あったが、致し方のないことだ。
太陽の杖による熱光線は、分厚く、速度もある。完璧に回避しようとするには、星々の弾幕が邪魔すぎるのだ。
もし、星々がその場に留まっているだけならば、熱光線をかわしながらファルネリアに近寄るのも、極めて容易いことだったのだろうが。
宇宙の中心は、まだまだ遠い。
シーラの現在地からファルネリアの居場所までには、大量の星々が蠢いており、それらはひたすらシーラに向かって移動している。宇宙そのものがシーラを排除する意思を持っているかのようだ。
いや、実際にそうなのだ。
ファルネリアが主催する宇宙は、シーラを斃し、滅ぼし尽くすためのものであり、星々も太陽もこの宇宙の闇も、なにもかもすべてがシーラの敵だった。
シーラに味方などいない。
たったひとりで戦わなくてはならない。
(ひとり……?)
彼女は、胸中でつぶやき、頭を振った。
そのとき、視界を白く塗り潰したのは太陽光線であり、触れる前から融解する星々を目の当たりにしながら、その圧倒的熱量が意識をも真っ白に染め上げていくのを認めた。
(違うな)
下半身が丸ごと灼き尽くされた凄まじい痛みの中で、それでも死にはしない確信を抱きながら、右手に握り締めた斧槍をさらに強く握り、反応を感じ取る。
(俺は、ひとりじゃねえ)
シーラは、叫んでいた。
雄叫びを上げていた。
宇宙に轟くほどの大音声を発し、力の限り、ハートオブビーストの能力を解き放った。
そして、九つの尾のすべてが膨張し、一瞬にしてシーラの肉体を包み込む。失われた下半身は衣服ごと瞬時に再生されたが、そこは本題ではない。膨張した尾の体毛の一本一本が、強固に、強靭に、頑健に寄り合わされ、結びつき、巨大にして強大な四肢を形成していく。
(俺には、おまえがいる)
やがて、ファルネリアの宇宙に君臨したのは、全身が光り輝く白い体毛で覆われた巨獣、金眼白毛九尾であり、シーラは、自分自身がとてつもなく巨大な存在になった感覚とともに、全周囲で無数の星々がつぎつぎと爆発を起こしているのを感じた。
しかし、その程度の爆発では、巨大獣を消し飛ばすには至らない。
(なあ、ハートオブビースト)
シーラは、異世界の獣の女王、その化身ともいうべき召喚武装に呼びかけるととともに、金眼白毛九尾の姿で咆哮した。
宇宙が、揺らいだ。




