第三千四百六十六話 星の海、獣の刻(四)
三日月刀から放たれた光の波動は、莫大極まるものであり、殺到する無数の矢を尽く焼き払いながら空中を突き進み、虚空を歪めるほどの力でもってシーラに殺到した。
視界を白く塗り潰す光の奔流。
シーラは、避けきれないと判断するやいなや、即座に守護の尾を前面に展開し、全身を守護障壁で包み込んでいた。
中・遠距離戦闘に終始するべきではないか、と、考えていた矢先であり、その手始めとして創造した矢を撃ち放ったばかりだったこともあり、逃がれようがなかったのだ。
だから、守護障壁に頼るしかなかったし、それが最良の判断だったはずだ。
しかし、最良の判断が必ずしも最高の結果を導き出すわけではない。
「嘘だろ」
シーラが想わず愕然たる声を上げたのは、光の波動によって守護障壁が打ち砕かれる様を目の当たりにしたからであり、つぎの瞬間、物凄まじい痛みが全身を襲ったからだ。
体中、ありとあらゆる箇所が灼かれ、焦がされるような感覚があった。激痛などという生やさしいものではない。瞬時に痛覚が麻痺していなければ、痛みだけで死んでいるのではないかというほどのものであり、シーラは、白毛九尾の鎧に感謝しなければなかった。
もし、白毛九尾の体毛を全身に纏っていなければ、肉体は影も形も残さずに消滅していたことだろう。
しかも、守護障壁を展開していて、それだ。
守護障壁はものの見事に粉砕されたとはいえ、その際、光の波動の威力を減衰させたはずだ。それでもなお、シーラは、全身が灼き尽くされたのではないかというほどの損傷を負っている。
斧槍を握っているのもやっとというほどの痛みの中で、尾に命じる。
「殺法・真月を受けて、肉体が原型を留めているとは……さすがとしか言い様がありませんね」
どこか呆れているようなファルネリアの発言を効きながら、シーラは、その接近の警告を全身に感じた。声が近いということは、ファルネリアが迫ってきているということだ。
なんとかして距離を取らなければならない。
でなければ、治癒の尾の力で回復中のシーラは、ファルネリアの格好の的だ。
しかし、同時に疑問に想うのだ。
殺法・真月とやらが、守護障壁を破壊し、なおかつシーラに大打撃を与えるほどの技ならば、距離を保ったまま、それだけを連発していればいいのではないか。
それだけで、大半の敵は、為す術もなく消滅することだろう。
シーラだって、連発されれば一溜まりもないかもしれない。
そうせず、接近してきたということは、連発できない事情があるということだ。それ以外には、考えられない。
(そういえば、そうか)
はたと、気づく。
殺法・真月が連発できるのであれば、“真聖体”に変身した直後からそうしているはずなのだ。しかし、そうではなかった。変身してしばらくは近接攻撃一辺倒であり、殺法・真月を撃つ素振りすらなかった。
ということはつまり、殺法・真月の発動には、なにかしらの条件があるということだ。
そして、その条件が満たされない限り、シーラが窮地に立たされることはない、ということだ。
もちろん、ほかの攻撃手段が隠されている可能性が高い以上、油断していいわけではない。
(それにしても、遅い)
と、ファルネリアの接近から逃れながら、シーラが嘆くようにしていったのは、負傷の回復速度のことだ。治癒の尾の力を最大限に引き出しているというのに、中々、完治しないのだ。
痛みが薄れ、少しずつ傷口が塞がっているものの、未だ、全身が灼けている。
まるで、再生を阻害されているような、そんな感覚。
(……そうかよ)
シーラは、正常化した視界の真っ只中を突っ切って迫ってくる獅徒を睨み据えた。
殺法・真月の恐ろしいところは、その威力と攻撃範囲だけではなかったのだ。光の波動を浴びたものは、肉体の再生が覚束なくなり、たとえ生き残ったのだとしても、やがて死に至る。
シーラにもし回復手段がなければ、死に向かって一直線だったことだろう。
全身の熱量とは裏腹に、背筋が凍るような気分だった。
ファルネリアが、速度を上げた。シーラとの距離を詰め、三日月刀の間合いに捉えようとしてくる。シーラは、仕方なく、三本の尾でもってファルネリアに対応した。
爆撃のことを考えれば、距離を取りたいが、距離を取り過ぎれば、今度は殺法・真月を警戒しなければならなくなる。殺法・真月の発動可能条件がわかっていない以上、無闇矢鱈に距離を取り続けるわけにはいかないのだ。
「しかも、もうそこまで回復しているとは」
ファルネリアは、尾の斬撃を三日月刀で軽くいなすと、破砕の尾を爆撃で吹き飛ばし、貫通の尾を紙一重でかわして見せた。そして、滑り込むようにして、シーラの目の前へとやってくる。
「わたくしが貴方の相手でよかった」
「はっ、そりゃあどういうことだ?」
「ウェゼルニルやミズトリスでは、相性が悪すぎますから」
「そういうことか」
三日月刀の一閃をハートオブビーストで受け止めて、シーラはいった。透かさず爆撃が来る。が、その爆発は、シーラではなく、ファルネリアをこそ、襲った。
「それなら、同感かもな」
「なっ!?」
「殺法・真月だったか?」
シーラは、爆発の連鎖に飲まれ、驚愕するファルネリアの様子を見て、溜飲が下がる想いだった。
ファルネリアの爆撃は、身に纏っている星々の衣から、星々を切り離し、星々がなにかに接触することによって引き起こされるものだ。
では、シーラがなにをしたのかといえば、簡単なことだった。
ファルネリアの斬撃に合わせて飛来してきた星々を、支配の尾の力で支配し、制御、ファルネリアに向かって投げ返してやったのだ。その結果、ファルネリアは予期せぬ反撃に遭い、一瞬、混乱に陥った。
そしてその混乱の隙を見逃すシーラではない。
回復もそこそこに、ファルネリアの懐へと踏み込み、攻撃を畳みかける。
「俺以外であんなのに耐えられそうなのは、レムかラグナくらいなもんだ」
不老不滅のレムならば、どのような攻撃を受けても死ぬことはなく、容易く再生し、復元を果たすだろうし、ラグナも同じようなものだ。たとえ、殺法・真月で肉体を吹き飛ばされたところで、転生竜が完全に滅び去ることはない。
それ以外の面々のほとんどが、耐えられない。
無論、セツナを除外して、だ。
セツナが獅徒に苦戦するようでは、獅子神皇打倒など夢のまた夢なのだ。
獅徒など、一蹴してくれなくては、困る。
そう、獅徒に手間取っている場合ではないのだ。
それは、シーラとて同じことだ。
爆撃に巻き込まれ、混乱したファルネリアへのシーラの猛攻は、その想いが込められていた。獅徒を一刻も早く撃滅し、セツナたちとの合流を果たそうという意思だ。
ハートオブビーストによる連撃だけではない。切断、貫通、破砕の尾による三方向からの同時攻撃に加え、創造の尾で生み出した数々の武器による攻撃、支配の尾は星々の爆撃を制御し、変化の尾は、シーラに擬態し、猛攻に加わっていた。
さすがの獅徒も、ここまでの猛攻を受ければ、その強靭堅固な肉体を損傷せざるを得ない。
しかし、勝利を確信するには、まだ早かった。
ファルネリアの巨大な月の光背が強く輝きだしたかと想うと、シーラは、熱衝撃波によって吹き飛ばされたのだ。
「つぎはなんだよ……」
いささか呆れながら、ファルネリアの新たな攻撃手段を見遣った。
だがそれは、攻撃手段ではなかった。
変化だ。




