第三千四百六十五話 星の海、獣の刻(三)
「手加減? 冗談にしても笑えねえ」
シーラは、変身したファルネリアに対し、九つある内の一本、創造の尾を振るった。
創造の尾は、その名の通りの能力を持つ。なにもない虚空を撫でるようにした創造の尾の先に多数の矢が出現する。尾の能力によって創造した矢だ。それらは、一斉に放たれると、ファルネリアへと殺到した。
“真聖体”とやらに変身したファルネリアの能力は、先程までの彼女のそれとまったく同じとは断定できない以上、迂闊に近づき、近接戦闘に持ち込むのは危ういと考えたのだ。
故に、牽制攻撃としての矢を放ち、相手の能力の一端でも知ろうとしたのだが。
「端からそんなつもりもないだろうが」
「先程、降参されることを勧めたはずですが」
「本気だったってのか?」
「もちろん」
そういって、声だけで微笑したファルネリアは、飛来した矢の尽くをいつの間にか手にしていた刃で切り落として見せた。
三日月状の刃は、白く淡く、柔らかな光を放っている。
どうやら、それがいまのファルネリアの基本的な攻撃手段のようだが、もちろん、それだけなはずがないとシーラは想った。矢を打ち落とせるから三日月刀を振るっただけだろう。
「シーラ殿が味方に加わって頂けるというのであれば、これほど心強いことはないありませんから。もっとも、シーラ殿がわたくしの提案に応じてくださるなど、万にひとつの期待もしていませんでしたが」
「なんだよ、わかってたんじゃねえか」
「ええ、もちろん」
うなずくと、彼女は、虚空を蹴るようにした。空中に光の波紋が広がると、その浮き上がった体が、凄まじい速度で滑空してくる。
シーラに向かって、だ。
「わたくしも、貴方も、その立ち位置が揺らぐことはないはずです」
「ああ、そうとも!」
シーラは、三日月刀を振りかぶって突っ込んできたファルネリアに対し、ハートオブビーストで対応しようとして、止めた。透かさず飛び退き、守護の尾で殴りつける。
三日月の刃と純白の尾が激突すると、空間が歪むほどの力が生じた。そして、爆発。尾の周囲に小さな爆発がつぎつぎと起こったのだ。
それは、ファルネリアが身に纏う星々の衣から飛散した小さな星たちが引き起こしている現象であり、その星々は、変身前のファルネリアが左腕から放っていた光の棘なのだということに気づく。
(なるほど)
シーラは、守護の尾で対応した自分を褒めたい気分だった。もし、斧槍でもって三日月刀を受け止めようものならば、爆発攻撃の直撃を受けていた可能性が高い。
「殺意満点だな」
「それは貴方も同じ――」
ファルネリアは、守護の尾に絡みつかれた三日月刀を手放すと、頭上と左右の三方から殺到する三本の尾に対応して見せた。頭上から迫り来る切断の尾を両手で挟み込んで掴み取り、左右の尾には星々を大爆発させることで弾き飛ばしたのだ。
「――でしょう?」
そして、掴み取った尾を強く握り締めると、想像以上の膂力でもって振り回し、シーラごと投げ飛ばして見せたのだ。
さらに、投げ飛ばしたシーラが空中で体勢を整えようとしたところに襲いかかってきたものだから、シーラは、つい、三日月刀をハートオブビーストで受け止めてしまった。
守護の尾で絡め取ったはずの三日月刀が、なぜ、ファルネリアの手の中にあるのかといえば、彼女が新たに三日月刀を作り出したからに過ぎない。
三日月刀は、ファルネリアの力の結晶なのだ。
獣の斧槍と三日月刀の激突は、やはり空間に歪みを生じさせるほどに強烈な力を発生させるものだったが、それよりも厄介だったのは、ファルネリアの攻撃に伴う無数の小爆発だ。
“真聖体”ファルネリアが纏う星々の衣は、まるで意思を持っているかのようであり、ファルネリアの行動に合わせて自由自在に動いた。ファルネリアの攻撃に合わせて飛び散り、爆発を起こし、追撃を叩き込む。
爆発の威力は、人体を破壊するには十分過ぎるほどに強力であり、シーラが獣化していなければ、全身が粉々になっていただろうことは想像に難くない。
白毛九尾の毛皮の衣を全身に纏っているからこそ、無数の小爆発を受けても、軽傷で済んでいるのだ。
それでも爆発を受けた部分が悲鳴を上げる程度には痛んでいる。
「そうだな!」
叫び、守護の尾の力を広範囲に拡大する。球状に展開した守護障壁によって爆発攻撃を防ぎつつ、治癒の尾によって体中の傷を回復させ、なおかつ、変化の尾の能力を発動した。
全身の傷が塞がると、すぐさま後方に飛び退きつつ、ファルネリアの猛攻に対する打開策を考える。
ファルネリアが、変化の尾が擬態したシーラと攻防を繰り広げている間に、だ。
擬態のシーラは、本物のシーラほどの戦闘能力はない。持って数分。
(いや……)
本気の獅徒を相手にして、それほど持つわけもない。
現状、“真聖体”となったファルネリアは、以前の彼女よりも遙かに能動的となり、近接戦闘に特化しているように見受けられる。ただ、攻撃的になったわけではない。戦闘能力そのものが飛躍的に向上している上、一撃一撃の重みが違った。
“真聖体”となったことで、全体的な能力が高まっているのだ。
戦場の空気がひりついているように感じるのも、そのためかもしれない。
ファルネリアの攻撃手段は、現状、二種類確認されている。三日月状の光の刃による剣撃と、身に纏う星々の衣による爆撃だ。
三日月刀による斬撃は鋭く、破壊力も満点だが、ハートオブビーストで受け止められる以上、それだけならばたいしたことはない。が、もちろん、それだけであるとは考えにくい。
なにかしら、付随する能力なりなんなりがあると考えておくべきだ。
星々の衣による爆撃。これこそ厄介だ。現状、素直な近接攻撃しか行ってこないファルネリア本人に対し、星々の衣による爆撃の追加効果は、こちらの反撃を封じるだけでなく、接近戦すらも問答無用で行わせないのだ。
小爆発では、白毛九尾形態のシーラを殺しきることは難しい。が、爆撃による損傷の蓄積は馬鹿に出来ないし、いずれ命を落としかねないものがあるのだ。
故に、シーラは、ファルネリアとの近接戦闘に乗るべきではないと判断した。
となれば、中・遠距離からの攻防に転ずるべきだろうか。
(さて)
シーラは、変化の尾による擬態が三日月刀によって真っ二つに切り裂かれる様を目の当たりにして、目を細めた。
遠く伸ばした尾を引っ込めながら、創造の尾で虚空を薙ぐ。尾が無数の矢を創造し、発射する最中、ファルネリアは、三日月刀を頭上に掲げた。
中天に輝く三日月そのもののように強く光を発したそれを時計の針のように振り回し、再び頭上に辿り着いたとき、彼女の背負う満月が目が眩むほどの光を発した。
その光が三日月刀に収束し、刀身が何倍にも膨張すると、ファルネリアは、真っ直ぐに振り下ろして見せた。
遙か遠方のシーラに向かって、だ。
当然、普通ならば届く距離ではない。
巨大化した三日月刀ですら、空振りする距離だ。が、しかし、ファルネリアの狙いは、三日月刀の直撃ではなかった。
三日月刀の斬撃を光の波動として飛ばしたのだ。




