第三千四百六十四話 星の海、獣の刻(二)
ハートオブビースト・ナインテイル。
斧槍型召喚武装ハートオブビーストの最大能力にして、シーラにとっても最高の戦闘形態ともいえるそれは、ハートオブビーストの本当の姿である金眼白毛九尾に極めて近い姿といってよかった。
頭部からは白狐の耳が生え、全身は白狐の毛皮の衣で覆われた上、臀部から九つの白く美しい尾が生えている。九つの尾は、シーラの意思によって動くだけでなく、大小伸縮も自由自在、想うまま、望むままだ。
無論、それだけで最大能力などといえるはずもない。
シーラの失われたはずの右腕が瞬く間に復元したのは、九つの尾のひとつ、治癒の尾の力だ。
九つの尾は、ひとつずつ、異なる能力を有している。治癒の尾もそのひとつであり、故に、シーラは負傷を省みずファルネリアの懐に飛び込んだのであり、考えなしに特攻したわけではないのだ。
もちろん、ハートオブビーストを掴み取ることができなければ、手ひどい失敗に終わっていたわけだが、それはそもそも、ハートオブビーストが奪われた時点で決まっていたことなのだ。どこかで打って出るしかない状態だった。
窮地だったのだ。
ようやく、脱した。
「ここからが本番だ」
シーラは、ハートオブビーストを右手に持ち替えると、ファルネリアに向かってこれ見よがしに見せつけた。
「召喚武装を取り返しただけで、状況が好転したわけではありませんよ?」
「それこそ認識不足というもんだぜ」
ファルネリアが左腕をこちらに向かって掲げてくるのと、シーラが無造作に飛び出すのは、ほとんど同時だった。直後、白熱の閃光が視界を塗り潰す。ファルネリアの太陽が輝いたのだ。シーラの視覚を狂わせ、星の爆弾を直撃させるために。
しかし、シーラにはもはや関係のないことだった。
光の棘による爆発の威力は、先程計測済みだ。守護の尾が、その爆発力以上に強固な障壁でシーラを包み込めば、それだけで十分だった。
閃光に包まれた視界の中、立て続けに爆音が轟く。しかし、熱も衝撃も痛みも、シーラには一切生じなかった。守護障壁が、完璧にシーラを護ってくれているからだ。。
なんの問題もない。
問題があるとすれば太陽光の眩しさだが、それも視覚を狂わせるだけのものであり、ほかの感覚にまで効力が及ぶものではなかった。
聴覚も触覚も嗅覚も、生きている。
視覚を除くすべての感覚を総動員すれば、ファルネリアの現在地を特定することは難しくはない。
当然、ファルネリアは移動していた。視覚を狂わせたからといって、あのまま、同じ場所に浮かび続けるほど愚かなことはないのだ。
そして、シーラは、空中を飛び回りながら性懲りもなく爆撃を続けているファルネリアの移動先を予測すると、先回りした。
尾の力で飛び上がり、感覚だけで把握した相手に向かって斧槍を叩きつけたのだ。
すると、凄まじい激突音が響き渡り、光が薄れた。
「なるほど」
ファルネリアをハートオブビーストの一撃から護ったのは、三日月の光背であり、獅徒は、シーラを見つめ、なにかに納得したようだった。
「確かに、戦況は変わったようですね」
「ああ、そうとも」
「ですが」
ファルネリアは、遠隔操作の三日月で斧槍を受け止めたまま、左腕をこちらに向けてきた。籠手が輝き、光の棘が円錐状に放出される。
「詰めが甘いようで」
「はっ」
シーラは、尾の一本でもって光の棘のすべてを巻き取って見せた。
「それはこっちの台詞だぜ」
そして、驚く相手に向かって光の棘を投げ返しつつ、自身は守護障壁に身を包む。すると、光の棘がファルネリアに直撃し、猛烈としかいいようのない爆発が起こった。爆発に次ぐ爆発が、轟音と熱衝撃を撒き散らし、空を震撼させる。
支配の尾の力によって、光の棘を我が物とし、投げ返したのだ。その結果、光の棘は、シーラの意のままに爆発を起こした。
光の棘の威力は、シーラも身を以て知っている。
そして、その程度で獅徒の強靭な肉体がどうなるものでもない、ということもだ。
だから、シーラは爆発の中に飛び込み、斧槍で斬りつけると同時に、三つの尾を叩き込んだのだ。切断、貫通、破砕の尾による三連撃。
どれだけ強靭な獅徒の肉体も、金眼白毛九尾の尾ならば効かないわけがない。
実際、尾の斬撃も、突撃も、打撃も、すべてファルネリアの肉体を損壊して見せている。だが、獅徒の肉体は、すぐさま再生しながら閃光を撒き散らし、さらには光の棘を全周囲にばら撒いたため、シーラも距離を取らざるを得なかった。
あらゆる方向にばら撒かれた光の棘は、ファルネリアから一定の距離を取ると、同時に爆発した。爆発による障壁が、ふたりの距離を引き離す。
シーラは、濛々と立ちこめる爆煙の中、ファルネリアの気配に変化が起き始めていることに気づいた。
「……わたくしがここまでしてやられたのは、これが初めてのことです」
ファルネリアの気配が強く、大きくなっていく。
シーラは、ただ黙って見ていようとは想わなかった。ファルネリアがさらに強くなるというのであれば、厄介極まりないのだ。
シーラは、戦闘狂ではない。戦場にしか身の置き場がなかったから、戦場こそが生きる道だと信じていたから、戦い続けてきただけであり、そう自分を信じ込ませていただけのことなのだ。
目的の遂行こそが重要であり、それが獅子神皇の打倒であり、獅徒の撃破がそのついでならば、ファルネリアが強くなることなど望むはずもない。
だから、シーラはファルネリアに飛びかかろうとしたのだが、飛びかかった先には、ファルネリアはいなかった。
気配が、まったく別の場所に移動している。
(空間転移か!)
「故に貴方を最大の敵と認め、わたくしも全身全霊、全力を尽くし、貴方を打倒しましょう」
転移した先で、ファルネリアの気配の変化は終わっていた。ただでさえ圧力を感じていた気配が、より強く激しく、破壊的なものとなっている上、見れば、空中に佇むファルネリアの姿形も大きく変わっていた。
「これがわたくしの“真聖体”」
そういって、ファルネリアは、自分の胸元に手を翳した。
“真聖体”がなにを意味するのかは、その姿を見ればなんとなく理解できた。先程までの姿よりも、より一層、神々しく、幻想的に感じられたからだ。
敵であるはずの獅徒に神々しさを感じるのは癪だが、感じている事実を否定することは出来ない。
女性的な曲線美を追及したような白い甲冑が全身を包み込んでおり、その甲冑には、星や月、太陽を象徴するような意匠が取り込まれていた。
その上から無数の星々で編まれたような衣を纏っている。光り輝く星の衣は、それだけで美しく、神秘的だ。
そして、背には巨大な月が浮かんでいる。
円盤状の月の光背は、先程までの三日月よりもより強力になったということを示しているのだろう。
太陽は、甲冑の意匠にしか見当たらない。
「こうなった以上、手加減はできませんよ?」
「それはこっちの台詞だっての」
シーラは、ファルネリアから強烈な圧力を感じ取りながら、負けじと言い返した。
こちらも全力全開の状態だ。
負けるわけには行かないし、負けてやるつもりもない。




