第三千四百五十話 天使と悪魔(四)
エスクは、雨霰と降り注ぐ光線の数々に対し、回避の一手を取った。
でたらめに発散されたかに見えた無数の光線だが、実際のところ、そうではなかった。むしろ、エスクの回避行動を予測したものであり、彼は、オウラリエルの成長ぶりに舌を巻く思いだった。拡散虚空砲を撃ち放ちつつ、ソードケインの光の板で受け止めてみる。
すると、光の板に直撃した光線がつぎつぎと爆発を起こした。光の板の根元での爆発によって手首や腕が負傷し、痛みが走る。幸い、手首が吹き飛ぶほどの損傷ではなかったため、ほっとした。
光の板をさらに巨大化させて振り回すことで、光線の雨を捌く。爆発も、光線を柄の近くで受けなければなんの問題もない。
強敵との戦闘。
それはまさに歓喜というほかなかった。
エスクにとって最大の喜びであり、それだけのために生きてきたといっても言い過ぎではなかったし、実際、そのように駆け抜けてきた。
戦うことだけしか、なかった。
なにもない自分が生の実感を得られるのは、戦場で敵と見え、刃を交え、斃したときだけだった。
戦場以外では抜け殻のようだ、と、よくからかわれ、笑われたものだ。
そんな自分が生まれ変わったのは、シドニア傭兵団長ラングリードと出逢い、彼に拾われたからであり、その後、様々な経験を経、セツナたちと出逢ったことも大きいだろう。
だからといって、本質が変わるはずもない。
全身を巡る血が、肉体を突き動かす命が、躍動する魂が、闘争を求めている。
激しく、燃えたぎるような戦場で、全身全霊を尽くして戦う瞬間を望んでいる。
それが、いまだ。
エスクは、甲冑を纏う天使へと変わり果てたオウラリエルの姿に脅威を感じていた。いままでのオウラリエルとは、根本から違っている。見た目だけではないのだ。圧倒的な存在感は、彼が内包する膨大な力の発露だろうし、その力たるやそれまでのオウラリエルとは比較にならなかった。
それもそのはずだ。
オウラリエルは、いまのいままで分身頼りの戦法を取っていた。何千何万もの分身は、それだけでも十分に脅威に値するものだが、エスクの敵ではなかった。しかし、それら分身とエスクの戦闘は、オウラリエルにとって大いなる糧となり、代えがたい経験となり、成長を促進させる結果となったのだろう。
故に、オウラリエルは、今現在の姿となり、ただのひとりとなった。
肉体の強度も、甲冑の強度も、分身よりも遙かに堅固なものとなっていることは試すまでもなくわかることだ。
だからこそ、エスクは、嗤う。狂暴に。獰猛に。心の底からの歓喜を表現するように。
ようやく、光線の雨が止んだ。
かと思えば、オウラリエルが杖の先端をこちらに向けていて、円盤状の飾りから伸びた無数の光刃が虚空を掻き混ぜる様が見えた。すると、空中に光の紋様が浮かび上がる。それはさながら魔方陣のようであり、魔方陣からまばゆい光が溢れ出す瞬間を目の当たりにする。
エスクは、咄嗟に飛び退きながら足下に向かって虚空砲を撃ち、反動で加速させると、魔方陣より撃ち放たれた一条の光芒が視界を両断するようにして大地に突き刺さる様を見た。数秒後、大地を貫く大穴から光が漏れてくると、地面が大きく隆起する。
そして、特大の爆発が起きた。
地形を一変させるほどの大爆発は、分身の自爆よりも遙かに強力かつ凶悪であり、飛び退いたはずのエスクも爆風に飲み込まれ、吹き飛ばされざるを得なかった。
「ぬおおおおっ!」
無意識に叫びながら前方に虚空砲を乱射し、爆風を相殺しようとしたのだが、それが功を奏した。
というのも、閃光と爆風の真っ只中を突き進んでくるものがいたからだ。
オウラリエルだ。
特大の爆発の中、熱も衝撃もなにもかも無視するように突っ切ってきたのは、エスクの隙を突くため以外のなにものでもないが、その後先を考えない行動の結果、虚空砲の直撃を受けてしまったのだ。もっとも、天使の強靭な肉体も装甲も、虚空砲の直撃を喰らったところで多少足止めされた程度で済んでいるのだから、質が悪い。
とはいえ、そのわずかばかりの足止めの時間が、エスクに対応する時間を与えてくれたのだから、感謝するほかないのだが。
「やることが派手だなあ、おい!」
「“剣魔”殿を斃すには、これくらいでなくては」
「いやに高評価だな!」
「我が師と呼んで差し支えありませんからな!」
超高速で突っ込んできたオウラリエルにソードケインの巨大な光の板を叩きつければ、相手は、伸縮自在の光の刃を伸ばし、光の板を絡め取って見せた。杖の光刃は、両端から伸びている。空いているもう片方の光刃は、エスクに向かって伸びてきた。エスクは、オウラリエルの頭部に目がけて虚空砲を発射した。
強烈な衝撃波がオウラリエルの頭部に集中し、直撃すると、物凄い激突音が鳴り響き、天使の頭が揺れた。
通常虚空砲、拡散虚空砲に次ぐ第三の虚空砲。
収束虚空砲を名付けたそれは、虚空砲によって発生する衝撃波を着弾地点に集中させるものであり、破壊力は他の虚空砲を遙かに凌駕するものだ。
しかしながら、そんな収束虚空砲でも、オウラリエルの兜を軽く凹ませる程度でしかなかったし、天使の攻撃の手を止めるには至らなかった。
十数本の光刃がエスクに殺到する。
エスクは、咄嗟にソードケインから光の板を消失させると、すぐさま光刃を発生させ、肉薄する十数本の光刃を連続的に切り返して見せた。
「獅徒の師匠か、ははっ!」
「欠番の獅徒たるわたくしが、方々と並ぶだけの力を得ることができたのです。それもこれも、“剣魔”殿。貴殿のおかげ」
「感謝は態度で示して欲しいもんだぜ!」
「ですから、こうしている!」
オウラリエルが踏み込んできたかと思えば、杖を回転させた。両端の光刃が乱れ舞うようにして襲いかかってくるものだから、エスクは、それらの対処に全力を尽くさなければならなかった。敵は、たったひとり。だというのに、何千何万もの大軍勢に包囲されているような圧迫感がある。それだけの猛攻。それほどの連続攻撃。
間髪を入れぬ攻撃の数々は、当初こそ稚拙極まりないものだった。それこそ、剣を握ったこともない素人による力任せの攻撃に過ぎなかったのだ。しかし、オウラリエルの成長性は、素人剣術をあっという間に一人前の剣術家へと生まれ変わらせるほどのものであり、その加速度的な成長は、留まるところを知らなかった。
光刃による攻撃が鋭く、巧みに、変幻自在になっていくたび、エスクは狂喜した。そして、エスク自身、自分がこれまでにない力を発揮しているという実感を覚えるのだ。全周囲、あらゆる方向、あらゆる角度から殺到する光の刃を紙一重でかわし、あるいは捌き、受け流し、弾き返しながら、さらに鋭さを増す相手の攻撃に反撃を叩き込んでいく。
感覚が研ぎ澄まされ、意識が尖鋭化していく。
死地。
一歩間違えれば、ひとつ手順を失敗すれば、見極め損ねれば、その瞬間、命を落とす。
そんな感覚が、エスクにこれまでにない緊張感と昂揚感を与えている。
そしてそれこそが、エスクが戦場に求めるものだった。
「愉しいな! 実に愉しい!」
「そう思って頂けたのなら、なによりですな」
オウラリエルもまた、心底この戦闘を愉しんでいることが伝わってくるものだから、エスクは、ますます乗りに乗った。
オウラリエルの攻撃は、苛烈さを増す。
光刃による攻撃だけではなく、光弾を交え始めると、もはや嵐としかいいようがなくなっていた。
それでも、エスクは死なない。




