第三千四百四十八話 天使と悪魔(二)
獅徒は、獅子神皇の使徒だ。
その肉体は、並みの神兵どころか、神々の使徒以上に強靭で堅固だ。分厚い鋼鉄の装甲に覆われているなどというものではない。強力無比な防具型召喚武装を身に纏っているようなものといっても過言ではないのだ。そんなただでさえ強靭な肉体だというのに、再生能力も極めて高く、仮にその堅牢極まる肉体の一部を吹き飛ばしたとしても容易く復元してしまうのが厄介だった。
普通に戦うだけで苦戦する相手であることは、間違いない。
しかし、オウラリエルの肉体はといえば、事前の情報ほどの強靭さはなく、むしろ神兵程度に柔らかく脆く感じられた。
ソードケインの光刃で容易く切り裂くことができたのだ。
それは、オウラリエルが分身能力を有効活用するため、自身の肉体の強度を低下させた結果だということは、想像に難くない。
実際、脆弱なオウラリエルの肉体は、エスクによって千々に切り裂かれ、粉々に吹き飛ばされている。そして、それによって、オウラリエルは、何千何万もの分身を得ることに成功したのだ。
圧倒的多数の分身を駆使した戦闘は、オウラリエルの急速な成長を促した。
様々な攻撃手段を生み出し、多様な方法で攻撃してくるようになったのも、その成果だろう。
故にエスクは、高揚し、興奮状態に陥ったといっていい。
オウラリエルの数が増えれば増えるほど、オウラリエルの戦闘経験が積み上げられれば積み上げられるほど、オウラリエルの攻撃が苛烈になればなるほど、エスクは、愉しくなっていったのだ。
戦闘の素人と戦うのは、相手が斃すべき敵であったとしても、面白くはないし、つまらないものだ。しかし、相手が戦いの中で急速に成長していくというのであれば、話は別だった。
とはいえ、勝ち筋の見えない戦いをいつまでも続けているわけにはいかなかった。
「分身を生み出すためか……肉体の強度を脆くしたのが、徒となったな」
エスクは、さらに巨大化させた光の板で、オウラリエルの分身たちをつぎつぎと消滅させていく。光の刃で断ち切れば、断ち切った分だけ増殖する分身も、塵ひとつ残さず消滅させることができれば、増殖のしようもなくなる。
光の板を叩きつけるだけで跡形もなく消滅してしまうのは、分身の肉体強度が低いせいであり、オウラリエルが分身生成能力を頼りとする戦い方をしていなければ通用しなかったかもしれない。
もっとも、その場合は、オウラリエルと一対一の戦いになったかもしれず、オウラリエルが成長しきる前に決着がついた可能性もあるのだが。
「さすがは……小国家群に雷名轟く“剣魔”殿……ですな」
多数の分身があっという間に消滅していく中で、オウラリエルの分身のひとりが、感嘆の声を上げてきた。手放しの賞賛には、悪意も敵意もなく、素直に受け取っていいものだろう。
だから、エスクは、嗤う。
虚空砲で高度を維持しながら空中を飛び回りつつ、飛び交う光弾を回避し、視界に飛び込んできた分身たちを片っ端から消滅させていく。
光の板の一振りで、だ。
やがて、数万体の分身を消滅させると、最後に一体の分身が残った。その分身は、地上にいたから、難を逃れていた。
「本体……か?」
エスクは、地上に降りながら、オウラリエルを睨んだ。
残り一体のオウラリエルは、どういうわけか頭巾を取り、顔を見せた。その顔は、頭巾の影に見えたオウラリエルの老いた顔よりもずっと若々しく、顔つきそのものが違って見える。どこか諦観に満ちていた老人の顔に比べると、精気に満ち、野心さえ感じられるほどだ。
「……別人みたいだな」
とはいえ、顔立ちに違いはない。
違うのは、年齢だろう。
老年から壮年へ。
どういう理由かはわからないが、彼は若返ったのだ。
「いや、本体だからか?」
エスクは、思った通りのことを口にしながら、着地した。相も変わらず降り注ぐ雨が鬱陶しいが、もはや慣れたことだった。
「そういうわけではありませんが」
声まで若返ったオウラリエルの反応そのものは、先程までの老人と変わらなかった。ただし、力は増大しているように思える。
「じゃあどういうわけだよ」
「“剣魔”殿。貴方の仰る、成長、という奴でしょうな」
「普通、成長の先に老いが待っているものだろ」
「元々老いている身。その先に待ち受けるのは、死しかありませんな」
「そしてあんたは死んでいる」
「だから、でしょう」
「……なるほど」
エスクは、オウラリエルのいいたいことを理解して、目を細めた。
「死んで、すべてが逆転したってか」
「そういうことです」
オウラリエルが、右手に握った杖を掲げた。真円を描く装飾も派手な杖は、先端から光弾を撃ち出す。超高速光弾。それは、一瞬にも満たない時間でエスクの右腕を吹き飛ばして見せると、さらに多数の光弾を発射した。
光の弾幕が視界を埋め尽くす中、エスクは激痛を堪えながら、前方に拡散虚空砲を放ち、すぐさま右腕を拾った。右手は、ソードケインを握り締めたままだ。生きている。
拡散虚空砲によって起きたのは、爆発に次ぐ爆発。だが、誘爆を免れた光弾は、爆光を貫いてエスクに迫ってくる。
エスクは、すぐさま吹き飛ばされた右腕を接合すると、ソードケインの光刃を発生させ、殺到する光弾の数々を切り裂き、無力化した。
「やはり」
声は、真後ろから聞こえた。
振り向き様、光刃を光の板へと変化させながら、声の主に叩きつけようとするが、オウラリエルに軽々とかわされてしまった。大きく後ろに飛び退き、距離を取りながら、光弾を発射してくる。牽制のための光弾。光の板で受け止め、弾き返す。
「やはり、貴方も人間ではありませんな」
「“剣魔”だからな」
「そういう意味ではなく」
「……わかっているさ」
エスクは、自嘲気味に嗤うと、元通りになった右腕の感覚を確かめた。光弾によって吹き飛ばされたはずの右の前腕は、いまやなんの問題もなく動いている。痛みも消え、一切の不都合がない。普通ならば致命傷も甚だしい負傷のはずだ。
重傷といっていい。
なのに、吹き飛ばされた腕があっという間に接合し、元通りになってしまった。
通常ではありえないことだ。
エスク自身、そんなことができるとは思ってもいなかったのだが、できてしまったのだから、仕方がない。そして、感謝するしかない。
精霊にだ。
「精霊……?」
「おうとも。俺の肉体には、物好きな精霊ちゃんたちが宿っているのさ」
こちらの思考を読んだオウラリエルに対し、エスクは、勝ち誇るように告げた。
だから、“大破壊”で瀕死の重傷を負いながらも復活を果たした。だから、エアトーカーとホーリーシンボルが肉体の一部となった。だから、それら召喚武装の能力を駆使することができるようになった。だから、多少の傷も瞬く間に回復するようになった。
なにもかも精霊たちのおかげだ。
なぜ、精霊たちがそんなことをしてくれるのか、わからない。
わからないが、エスクには、感謝するしかなかった。
おかげで、戦える。
戦って、戦って、戦い抜いて、あのひとに恩返しができる。
エスクは、精霊たちに何度となく感謝しながら、ソードケインを握り締めた。




