第三千四百四十話 百万世界の叡智(三)
「見たか! わしとトワ渾身の連携攻撃の威力を!」
ラグナは、上半身が爆散したアルシュラウナを見つめながら、勝ち誇るように告げた。すると、エリナがおずおずと声を上げてくる。
「れ、連携攻撃って……」
「なんじゃ? なにが不満なのじゃ。どこをどう見ても連携攻撃じゃろう。それも華麗極まりないものじゃったな」
「そ、そうかなあ……」
「むう。エリナには難しい話じゃったかのう」
「難しいとか、そういう話じゃあないような……」
なにやら食い下がってくるエリナだったが、ラグナには、彼女と言い合いをしている暇はなかった。
なぜならば、トワの体当たりによって吹き飛んだはずのアルシュラウナの上半身が瞬く間に復元すると、物凄まじい神威を発散したからだ。アルシュラウナの近くで待機していたトワが吹き飛ばされるほどの圧力を持った神威の拡散は、発生源たるアルシュラウナの周囲の空間を歪め、虚空に亀裂を走らせるほどだった。
「トワちゃん!」
「だいじょうぶだよ」
神威によって吹き飛ばされたトワだったが、その勢いを利用してラグナの側に戻ってきた上、平然とした様子でエリナに応対した。アルシュラウナに全身全霊の攻撃を叩き込んだことも、吹き飛ばされたことも、神である彼女にとってしてみれば、たいしたことではないのだろう。
生まれ立てではあるが、神は神だ。
エリナのように、ラグナが護ってやる必要性など元よりなかったのだ。
だからこそ、ラグナは、先程、彼女をアルシュラウナに投げつけるなどという暴挙に出たのであり、必殺必中の攻撃手段として用いた。もし、トワが護らなければならないほどか弱い存在であったならば、たとえ、アルシュラウナの明確な弱点であったとしても、活用しようとはしなかっただろう。
それくらい、ラグナにもわかっている。
「よかったー……本当、ラグナちゃんってば、めちゃくちゃなんだから」
「めちゃくちゃ?」
「いまはそんなことをいっている場合ではないぞ。見よ」
ラグナは、エリナとトワの会話を打ち切らせるようにして、警告した。
前方、アルシュラウナを中心として起きている異変は、アルシュラウナの肉体そのものに起きていることでもあったのだ。虚空に走った亀裂が、空間を破壊していく。ずたずたに引き裂き、ばらばらに打ち砕く。それとともにアルシュラウナの肉体そのものにもひび割れが走り、内側から神威が溢れ出していた。莫大な神威が爆発的な勢いで放出され、虚空の亀裂をさらに大きくしていく。
そして、アルシュラウナの肉体が爆散した。
「なに? なにが起きているの?」
「あれは……」
「あやつめ、どうやらついに本気になったようじゃのう」
「本気? じゃ、じゃあ、いままでは遊んでたってこと?」
「わしらを斃すために全力を出す必要性がないと想っておったのじゃろう。じゃが、その目算が外れた。故にあやつは全力でわしらを斃さねばならなくなった。それがあやつの使命故、な」
そして、それによって獅徒の肉体が変容を始めたのだ。
いや、それを変容と呼んでいいのかはわからなかった。
まるで召喚だ。
アルシュラウナを中心とする空間の歪みは、こことは異なる空間と繋がる裂け目といってよく、異形にして巨大な手が、その裂け目の縁にかかっていた。白き異形。アルシュラウナの本当の姿なのだろうか。
そして、巨大な両手は、そのまま裂け目を強引に押し開くと、裂け目の向こう側からなにかが這い出てきた。
「あれが……のう」
ラグナは、虚空の裂け目より這い出てきたそれを見つめ、目を細めた。
アルシュラウナの本当の姿、あるいは正体というべきそれは、一見して像を連想させた。荘厳にして神秘的な装飾が施された神の像。先程までのアルシュラウナとは大きく異なる印象を受ける上、全体的な大きさも異なっているようだ。とはいえ、ラグナの二倍程度に過ぎず、あまり巨大化したという印象はない。
ただし、裂け目を広げたふたつの巨腕は、アルシュラウナの身の丈ほどには巨大であり、腕だけで浮かんでいた。本体には本物の腕がついていることから、ふたつの巨大な異形の前腕は、アルシュラウナの意のままに操ることのできる武器と考えていいのかもしれない。
背には、無数の文字からなる光の輪を負っている。
まるで光背そのもののようなそれは、アルシュラウナが神に等しい存在であることを示しているのだ。
元より神に等しいだけの莫大な神威を内包していたのだから、神と同等の存在へと昇華されたのだとしても、なんら不思議ではない。
「だ、だいじょうぶなの……? ラグナちゃん」
「安心せい、エリナよ。おぬしはわしが必ず護る。そして、あやつも必ず斃す」
「ラグナちゃん……」
ラグナの断言によって、多少なりとも不安から解放されたのか、エリナがほっとしたような声を発した。その安堵は、ラグナの心をわずかばかりに軽くする。
「トワよ。わかっておると想うが、おぬしこそが勝利の鍵じゃ」
「勝利の鍵?」
「わしの魔法もエリナの召喚武装も通用せぬ。故におぬしだけが頼りなのじゃ」
「わたしが、頼り」
「うむ。任せたぞ」
ラグナにしてみれば口惜しいことこの上ないが、竜語魔法が通用しない以上、致し方のないことだ。アルシュラウナが姿を変えたからといって、魔法が通用するようになるわけもない。
事実、ラグナが直後に繰り出した竜語魔法は、アルシュラウナに到達する寸前、神威によって掻き消されてしまった。ラグナの竜語魔法を知識として完璧に把握しているアルシュラウナにとって、術式を分解し、掻き消すことなど容易いことなのだ。
だから、トワを頼らざるを得ない。
トワは生まれ立ての神だが、だからといって戦い方の基本すら知らないとは、考えにくい。セツナの母の祈りによって誕生した神なのだ。セツナの助けとなるための力は持っているはずだ。
とはいえ、全力を発揮したアルシュラウナに対し、先程のようにトワを投げつけてどうにかなるとは考えにくい。
そもそも、だ。
同じ戦法は通用しないはずだ。
アルシュラウナは、百万世界の叡智に通じている。その叡智が、彼の護りを完璧なものとするのであり、故に、なにかしらの策を用いるしかないのだ。
ラグナは、再び吼えた。牽制として発動させた竜語魔法は、無数の火球となって螺旋を描くようにアルシュラウナに殺到する。すると、アルシュラウナの巨腕が虚空を撫で、空中に波紋を走らせた。波紋は、火球と同じ数だけの水の球を生み出し、火球を相殺して見せる。
「未知の存在……未知の神……未知の力……未知の未来……ああああああっ!」
アルシュラウナの絶叫が戦場を激しく揺らした。
かと想えば、ラグナは、全周囲、ありとあらゆる方向から圧力が迫ってくるのを感じ取った。見れば、数え切れない数の本が空中に浮いていて、ラグナたちを取り囲んでいた。そして、すべての本が開くと、武器ではなく、神威が溢れ出す。
全周囲からの同時攻撃。
「甘いわ!」
ラグナは、鼻で笑うと、竜人態を解除した。




