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武装召喚師――黒き矛の異世界無双――(改題)  作者: 雷星
第二部 夢追う者共

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第三百四十三話 目前(二)

 ヴリディア突破作戦は、セツナとクオンを要とするものであり、だからこそ、彼は負ける気がしなかった。

 クオンには無敵の盾があり、セツナには最強の矛がある。

 ヴリディアのドラゴンがビューネルのドラゴンと同じ能力を有していたとしても、あのときのように負けることはないはずだ。

 そのとき、背後から物音がした。振り向く。ミリュウが顔を覗かせている。彼女はセツナを見て、にやりとした。

「おまたせ」

 なにやら楽しそうな彼女の後ろで、ファリアがぶつぶつとつぶやいているのが聞こえるのだが、なにをいっているのかはわからなかった。文句のようでもあるし、不満のようでもある。

「あれ?」

 ミリュウが、後ろに引っ込んだ。

「ちょっと、なにやってんのよ。さっさと出てきなさいよ」

「ま、待って、心の準備が……」

「心の準備って、子供じゃないんだからさっさと覚悟を決める! っていうか、別に恥ずかしい格好でもないでしょ!」

「十分に恥ずかしいわよ!」

 ミリュウとファリアの口論を聞きながら、セツナは、光を感じて頭上を仰いだ。空を覆い隠していた雨雲に切れ間が生まれ、月がわずかに顔を覗かせていた。

 三分の一ほどしか見えないものの、それでも月光は強烈に闇を払い、大地を照らした。

 クオンも、彼の仲間たちも月を仰いでいる。わずかばかりの月明かりがクオンの横顔を闇の中に浮かび上がらせていた。綺麗な顔だ。だれもが息を呑むだろう。こんな少年が世の中にいたのかと驚き、慄くだろう。

 セツナは、クオンの容貌の完璧さを認める自分にこそ驚きを禁じ得なかった。以前の自分なら、受け入れられなかったのではないか。

(成長、しているのかな。それとも、変わったのか……)

 自分の身に起きている変化など、己が認識できるはずもないのだが、そう願わずにはいられなかった。

 口論が聞こえなくなったのでテントを振り返ると、ファリアがミリュウに押し出されてくるのが見えた。

 ファリアの背を押すミリュウの楽しげな表情と、なにもかもを諦めたかのようなファリアの表情は、極めて対照的だった。ファリアの気持ちもわからないではない。ミリュウによって装備をプロデュースされた彼女は、いつもの地味な印象とはまったく違う空気を纏っていたからだ。

「遅くなってすみません、隊長」

 気恥ずかしそうに目を伏せたファリアが身につけているのは、軽装の鎧である。それだけならいつもと同じなのだが、形状が機能を優先したものではなくなっていた。要するに着飾っているのだ。

 もちろん、最低限の防御機能は確保しているようなのだが、どことなく目のやり場に困るような格好だ。

 胸を強調していたり、露出が多めだったり――鎧の下に着込んでいる衣服のせいもあるのだろう。普段のファリアならしないような格好だと思ったのだが、よくよく考えると、かつて彼女が身につけていた《大陸召喚師協会》の制服は際どいといえば際どかった。思い出すだけでも少々照れてしまうくらいだ。

「どう? あたしが選び抜いたのよ」

 もじもじしているファリアの隣で、なぜか勝ち誇るミリュウに対して、セツナはあきれるよりほかなかった。

「どう、って……なあ」

 感想はないこともない。いいたいことはいくらでもあるし、もう少し眺めていたいという気持ちもある。が、あまり注目するのは、ファリアに悪い気がした。彼女は、いまにも天幕の中に逃げ出したそうにしているのだが、ミリュウがそれを許さない。がっしりと肩を掴んで離さないのだ。

 ミリュウが、口を尖らせてくる。

「なによー、感想のひとつでも述べたらどうなの? せっかくファリアがあなたのためにと頑張ったんだから」

「ちょ、っと、ミリュウ……!」

 ファリアがミリュウの口を塞ごうとするのだが、自分の格好が気になったのか、上手く動けないようだった。もちろん、彼女の格好自体、不思議なものではない。少々露出気味なだけで、戦闘に支障があるわけでもない。

「……俺のため?」

「これから死地に赴く隊長のためですもの。隊長補佐が一肌も二肌も脱ぐのは当然よねえ」

 ミリュウがからかうように告げると、ファリアが顔を真っ赤にした。ファリアのそんな表情はあまり見たことがなかったので、セツナは新鮮な気分を味わったが、すぐに視線を逸らした。ファリアに悪い気がしたのだ。つぶやく。

「死地……か」

「たったふたりであれと戦うっていうんだもの。これくらいのことはしてあげたってばちは当たらないわよ」

「あなたはいいわよね、部外者で」

 ファリアが刺すようにいうと、ミリュウは自嘲気味に笑った。

「あたし、捕虜よー? 捕虜に応援されてもだれも嬉しくないでしょ」

「そうかしら」

「それともなに? あなたは隊長さんがあたしのものになっても構わないのかしら」

 ミリュウの腕が、するっとセツナの首に伸びてきた。しかし、彼女の細い指先がセツナの首に食い込むことはない。ファリアの手が、ミリュウの手首を掴んでいた。

 ふたりの視線が交錯し、同時に笑みを浮かべた。凄絶な笑みだ。セツナの背筋に冷たいものが流れたのは、致し方のないことだったのかもしれない。

「それとこれとは話が別よ」

「あら、恐い顔ね。そんな顔ばかりしてると、大切な隊長さんに嫌われるわよ」

「セツナはそこまで狭量じゃないわよ」

「どうかしらねえ……あなたの知らないところで不満をこぼしてたりするかもよー?」

「本当なの? セツナ」

 ミリュウにいいくるめられたファリアが、なにかを訴えかけるような目でこちらを見てきたので、セツナはどう反応すればいいものか困り、途方に暮れかけた。意地悪に笑うミリュウの表情は、この状況を愉しんでいる悪魔そのものに見えた。悪魔の仕業にしては可愛げのあるものだが。

「俺は一度だってそんなこといった記憶はないぞ」

 セツナの言い分に、ファリアはほっとしたようだった。表情に安堵が浮かんでいる。彼女らしくない一連の言動は、ミリュウという悪魔めいた女が絡んでいるからこそのものに違いなかった。

いつもならもっと冷静な彼女がいたはずなのだ。浮き足立っているファリアが悪いということではない。彼女にもそういう一面があるのだとわかって、嬉しくもあった。そういう意味では、ミリュウにも感謝しなければならないのかもしれないが。

「……セツナ、そろそろ時間だ。ぼくたちは先に行っているよ」

「ああ……もうそんな時間か」

 クオンの呼声に、セツナはそちらを見た。クオンと彼の仲間たちが静寂を見出さぬように去っていくところだった。悠々とした足取りは、無敵の傭兵団に相応しいものだろう。

 それから、ファリアとミリュウに視線を戻した。

 ファリアは開き直ったのか、むしろ堂々としていた。強調された胸の谷間に視線が行きかけるのを何とか阻止して、ミリュウを見やる。彼女の表情は相変わらず緩いのだが、まなざしは真剣そのものだ。残念ながら悪魔には見えない。

「時間……か。なんとか間に合ったってわけね」

 ミリュウがいったのは、ファリアの着替えのことだろう。ミリュウ自身は、ガンディア軍の軍服のままだった。戦闘そのものに参加する予定がないのだから鎧を着こむ必要もない。

 しかし、作戦の関係上、ガンディア軍の服装ではまずいはずだ。彼女は移動中にでも着替えるつもりに違いない。戦闘要員であるファリアにはできないことだが、彼女が拘っているのはそんなことではない。ファリアは嘆息するようにいった。

「こんな格好で戦わなきゃならないのね」

「戦闘にも耐えうる実用的な装備よ。なにか問題でもあるのかしら?」

「問題はないわよ」

 口論でミリュウに敵わないと悟ったのか、ファリアは諦観するかのようにつぶやいていた。その隣でミリュウは悪びれもしていないが、勝ち誇っているわけでもない。ただ、楽しげだ。彼女のそういう顔を見ていると、セツナも表情が緩んだ。ついこの間まで命のやりとりをしていた相手だとはとても思えない。不思議な気分だった。

 こちらの視線に気づいたのだろう――ミリュウが不思議そうに小首をかしげた。

「なあに?」

「なんでもないよ」

 ただそれだけをいって、ふたりの美女を交互に見やる。ファリアとミリュウ。立場も容姿もまったく異なるふたりの女性は、そのくせ、どこか似ているような気がした。髪の色も髪型も目の形も瞳の色も、なにかも違うはずなのに。

 似ても似つかないはずなのに、どこかが、なにかが似ている気がした。

(なんだろうな)

 言葉にこそしなかったのは、そんなことを口にすれば、ふたりが怒ったかもしれなかったからだが。

「じゃあ、俺は行くよ。クオンが待ってる」

「一緒に行けないのが残念ね」

「あなたはどう足掻いたって一緒に行動できないわよ」

「そうでした」

 ファリアのにべもない言葉に、ミリュウは舌を出した。

 ファリアが、ミリュウに一矢報いることができた喜びを噛み殺すように、表情を強張らせる。彼女の目が隣のミリュウからこちらに移る。エメラルドグリーンの瞳。その目に鎧兜を着込んだセツナが映り込んでいるのだろうが、この闇とこの距離では見えるはずもない。

「隊長、何度でもいいますが、くれぐれも無理をなさらないでください。ただ、ご武運を」

「ありがとう。ファリアこそ、無茶をしないように。ミリュウ、あんたも」

 セツナがミリュウの名を口にすると、彼女は意外そうな顔をした。

「あら、あたしの心配までしてくれるのね」

「あんたの役割が一番危険だろ」

 セツナは、捕虜となった彼女がある程度の自由を得ることができたのは、相応の代価を払ったからだということを知っている。彼女は、セツナの側にいることを望み、その代わりに、龍府の案内人として助力すると約束した。

 ザルワーンの支配階級に生まれた彼女は、龍府の内部構造を正確に把握しているのだという。この十年で都市構造が大きく変化していなければ、彼女の十年前の知識も役に立つということだ。そして、彼女が龍府で散見した限り、目に見えた変化はなかったらしい。だからこそ、彼女はそんなことを申し出たのだろうが。

「そうね。そうかもね。もし死んでしまったら、そのときは泣いてくれてもいいのよ」

 ミリュウは口では笑っていたが、目は笑っていなかった。その瞳の奥に潜む決意の強さがなにを示しているのかなど、セツナにわかるはずもない。ミリュウはなにかをするつもりだ。しかし、それがガンディアにとって害をなすものではないということは、明らかだ。

 ミリュウは、ウルに支配されている。ランカインと同じく、ガンディアの敵となることはないはずだ。

「縁起の悪いことをいうもんじゃないさ。どうせ、すぐに追いつくんだ」

「そっか。じゃあ、龍府で待ってるね」

「わたしも、龍府で隊長の到着をお待ちしております」

「うん」

 セツナはふたりにうなずくと、いうべき言葉を失った。これ以上なにを語れというのか。なにもない。セツナの意識は既に戦場に向けられている。いかねばならない。クオンを待たせているのだ。

「今度こそ、行くよ」

 セツナは、ふたりに背を向けた。

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