第三千四百二十話 神の盾(一)
一方、ナルガレス。
その姿は、人間時代、ラクサス時代とは大きく異なっている。
顔面だけを見た場合、その顔立ちだけはラクサスのままだ。最後に見たラクサスそのままといっていい。年を取っていないということだろうが、たとえ人間と同じように年を取っていたとしても、二、三年程度では、大きな変化は見られまい。
が、ラクサスの顔立ちは、時が止まったかのように変わっていないと確信が持てるくらい、最後に見たときそのままだった。
ただ、白く塗り潰されている。
神将なる存在へと転生したことにより、人間ではなくなってしまったからだ。
血も肉も、骨も皮も、内臓の至る所まで、神化してしまっている。
高密度の神威の塊といっていい。
髪も肌も唇も、なにもかもが白く塗り潰されている中、瞳だけが強く金色に輝いていた。
身の丈も、人間時代と変わらない。人間時代、ミシェルとともに騎士の中の騎士と謳われたほどの人物だ。鍛え上げられた肉体は、ガンディアの騎士の中でも最高峰のものといって間違いなかった。だからこそ、彼はミシェルとともに王立親衛隊の隊長に抜擢されたのだ。
その隆々たる肉体も、白く変色してしまっている。そして、その身に纏う絢爛たる鎧もまた、彼の肉体の一部に違いなかった。神兵がそうであるように。使徒がそうであるように。獅徒も神将も、身につけているものすべてが肉体の一部なのだ。
ところどころ獅子の意匠が入った甲冑は、重量感を感じられる造りだった。幾重もの装甲を重ねたような厚手の鎧。それは、彼が王の盾たる《獅子の牙》隊長だったことに由来するのか、それとも、ほかに理由があるのか。いずれにせよ、貫くことは愚か、傷つけることすら簡単ではなさそうだ。
少なくとも、これまで戦ってきた相手の中でも、特に強い敵と見ていいはずだ。
右手に剣を、左手に盾を持っている。
剣は、装飾もきらびやかな剣であり、細く鋭い刀身が特徴的だった。突剣と呼ばれる種類の刀剣であり、彼が突き技を得意としていることを示している。
左手の盾は、上半身を覆い隠せるほどに大きい。盾の表面には、獅子の顔面が浮かんでいるようだ。白く獰猛な獅子。
鎧といい盾といい、獅子にこれほどまで縁があるのは、ガンディアが獅子の国だったからに違いなかった。
彼らの主君自体、獅子神皇と名乗っているのだ。
獅子とは切っても切り離せない関係なのだ。
「準備は、整ったようだな」
「やはり、待っていてくださったのですね」
呪文を唱えている間、ナルガレスが攻撃してこなかった理由がはっきりして、ファリアはなんともいえない気持ちになった。
神将ナルガレスの根底には、やはり、ラクサスの人間性があるのだ。
ラクサスは、公明正大にして正々堂々たる人物だと評判だった。戦場においてもその正々堂々たる在り様が適用されるものだから、《獅子の牙》の隊士たちが危ぶんでいたほどだ。同僚にして彼の親友たるミシェルなどは、たびたびそのことを注意したようだが、ラクサスは一笑に付した。
卑怯こそ騎士の最も恥ずべき行為だ、というのが彼の心情だったからだ。
故に、彼は、ファリアが召喚武装を呼び出すのを待った。
ただの人間対神将では、あまりにもナルガレスが有利であり、卑怯にもほどがあると考えたからに違いない。
少なくとも人間時代の彼は、そんな人物だった。
「そのような言葉遣いは不要だ、ファリア」
ナルガレスは、強い口調で告げてくるなり、剣を掲げてきた。剣の切っ先をこちらに向け、敵意をぶつけてくる。
「君とわたしは、もはや敵同士。憎み合い、殺し合うが道理」
「だからといって、それまでの関係をなかったことにして憎まれ口を叩き合うのは、違うでしょう?」
「違わないさ」
ナルガレスが小さく笑ったのは、ファリアを馬鹿にしたわけではあるまいが。
「どうせ、どちらかが死ぬ。そこで関係は終わるのだ」
「そうでしょうか」
「そうだよ、ファリア」
ナルガレスが剣を下ろした。決然と告げてくる。
「そして、勝ち、生き残るのはわたしだ」
「いいえ、生き残るのはわたしです」
ファリアは、即座に否定すると、オーロラストームを掲げた。雷光の矢を撃ち放つ。続け様に五発。透かさず右に飛んだのは、ナルガレスが踏み込む様が見えたからだ。大盾を前面に掲げ、突っ込んでくる彼に向かって、五本の雷の矢が殺到する。
紫電の矢。
速度を重視した矢は、いずれも正確にナルガレスに向かって突き進み、直撃した。
大盾に、だ。
牽制のための矢では、やはり、盾を傷つけることすらかなわない。
「この程度で」
「斃せるなどとは想ってもいませんよ」
告げ、頭上に向かって飛び上がる。すると、眼下をナルガレスが突っ込んでくるのが見えた。ファリアは眼下に向かってオーロラストームを連射することでナルガレスの突進を食い止めようとした。ナルガレスは大盾でもって雷撃の雨を防ごうとしたため、足を止めざるを得ない。
ファリアが放ったのは、速度重視の矢だけではなかったからだ。ゆっくりと落下する雷光の矢を織り交ぜることで、ナルガレスの足止めに成功したというわけだ。ファリアはその間に着地すると、即座に飛び退いて距離を取った。直後、速度の遅い紅い雷が大盾に直撃したのだろう。大爆発が起きた。
その爆発も、ナルガレスを吹き飛ばすには至らないだろう。
足止めのための攻撃――牽制に過ぎない。
ファリアは、なんとしてもナルガレスと距離を取り、間合いを保たなければならなかった。
ファリアの召喚武装オーロラストームは、遠距離攻撃を得意とする。中距離、近距離で戦えないわけではないが、遠距離で身の安全を確保しつつ正確に標的を射貫くほうが、オーロラストームの性質とファリアの性格に合っていた。
一方、ナルガレスは、見るからに近接戦闘を得意としている――はずだ。
剣と大盾。
大盾で敵の攻撃を防ぎつつ、剣で斬りつけるというのが彼の基本戦術であることは、その戦いを見ずとも想像がつく。そして実際、その通りだった。少なくとも、あの獅子の顔の大盾は、抜群の防御能力を備えていることは間違いない。
紅雷の矢の直撃を受けても、びくともしている様子がないのだ。
濛々たる爆煙の中、ナルガレスの気配に一切の変化が見受けられなかった。不意に爆煙が吹き飛ぶ。ナルガレスが剣を振り回し、剣風だけで爆煙を吹き飛ばしたようだった。剣風が小さな竜巻を起こしたのだ。それだけで、ナルガレスの剣撃が強力無比であることが窺い知れる。
(距離を取り続けるのよ)
ファリアは、自分自身に言い聞かせるようにしてつぶやくと、オーロラストームに蓄積された雷光を解き放った。
撃ち放ったのは、先程までの牽制攻撃とは異なる、威力重視の蒼い雷光の矢だ。オーロラストームが轟音を発するとともに、極太の雷光が視界を蒼く染め上げる。そして、一瞬にしてナルガレスの元へと到達した。
ナルガレスは、当然、大盾を掲げることで対処した。
彼は、回避行動を取らない。
大盾の防御性能を信じているのだろう。
そして実際、その大盾の性能は極めて強大だった。
蒼雷の矢が大盾に直撃した瞬間、いままでにない大爆発が起きた。
雷光の嵐のような大爆発。
光と音の乱舞が視界を掻き乱す中、ファリアは、ナルガレスが微動だにしない様を見ていた。




