第三千四百十六話 力と力(ニ)
攻めの一手。
相手が獅徒という強敵である以上、攻勢を緩める道理はない。ただただ攻め続け、ミズトリスなる獅徒を討ち滅ぼすことだけを考えていればよかった。そのあとのことを考えている余裕はない。余力を残そうとした結果、獅徒に敗れるようなことがあっては、それこそ本末転倒だ。
獅徒の撃滅にこそ、全力を尽くすべきだ。
そう考えていた矢先だ。
ミズトリスが動きを止めたかと思うと、突如として建物が浮かび上がったように見えた。
(なんだ?)
ミズトリスがなんらかの能力を使ったのかと思いきや、そうではなかった。よく見れば、建物が浮かび上がったのではなく、建物丸ごと地面から引き抜かれていることがわかる。ミズトリスが怪力の持ち主であることはわかっていたため、それそのものに驚きはなかったが、、つぎの瞬間、建物が物凄まじい勢いと速度で飛来してきたものだから、さすがのウルクも度肝を抜かれた。
いや、頑丈そうな建物が地面から引き抜かれた時点で投げつけられることを予測しないではなかったものの、あまりにも早く、猛烈な勢いだったため、驚かざるを得なかったのだ。
もっとも、投げ飛ばされた家屋がウルクに激突することはなかった。
連装式波光砲の光弾がつぎつぎと着弾し、炸裂、投げ飛ばされた家屋は瞬く間に粉々になっていったからだ。
しかし、だ。
その一投によって戦況は一変した。
最初に投擲された建物を破壊したことによって粉塵と爆風が視界を埋め尽くすと、その粉塵の中を突っ切るようにして新たな建物が肉薄してきたのだ。もちろん、ウルクは連装式波光砲でもってその建物を破壊したが、そのときには三つ目の建物が爆風の向こう側に迫ってきていた。
地上のミズトリスが手近にある建物をつぎつぎと引き抜いては投げつけてきているのだ。それも間髪を入れぬほどの速度だ。いかにミズトリスの膂力が凄まじく、あらゆる身体能力が並外れたものであるかがわかろうというものだろう。
ウルクは、一方的な攻勢から一転した状況に苦い顔をしつつも、こうなってしまった以上、つぎつぎと飛来する建物を粉砕するほかなかった。
上空のウルクに接近してきた建物を破壊したつぎの瞬間には、目の前に建物があるのだ。ミズトリスがどれほどの速度で建物を引き抜き、投げつけてきているのか、想像もつかない。
ミズトリスが近接戦闘に特化した獅徒であることは、間違いない。強力な遠距離攻撃手段を持ち合わせていないのだ。だから、こちらの遠距離攻撃から逃げ回っていた。しかし、ミズトリスは、その不利な状況を強引な方法で埋め合わせた。
それこそ、建物の投擲だ。
力業というほかない。
それも、ミズトリスの超怪力を始めとする圧倒的な身体能力があったればこそ可能な方法であり、ほかのだれにも真似のできることではない。
故に、ウルクは、少しばかり圧倒され、つぎつぎと迫り来る建物をひとつひとつ確実に撃墜するという律儀な戦い方をしてしまったのだ。
気圧された、といっていい。
だが、すぐさまそれが無意味であることに気づいた。
たかが人工建造物だ。いくら頑丈に作られていようと、魔晶人形の躯体とは比較にもならない。しかも、ウルクの躯体は、幾度となく改良を積み重ねられて行き着いた高み、肆號躯体なのだ。生半可な衝撃では傷つくことすらない。
たとえば、物凄まじい勢いで投擲された建物が激突したところで、なんともないはずなのだ。
(わたしとしたことが)
ウルクは、連装式波光砲による砲撃を止めると、迫ってきた建物の直撃を受けた。すると、どうだろう。やはりウルク自身には、なんの損傷もないほどの衝撃しか伝わってこなかった。むしろ、建物のほうが崩壊を始めており、つぎつぎと飛来する建物が、立て続けにウルクに激突し、自壊していく様は、なんともいえず滑稽だった。
ミズトリスの遠距離攻撃は、まったくの無意味だった、ということだ。
しかし、ミズトリスは、建物の投擲の手を緩めようとはしない。それどころか加速させていくものだから、ウルクは、両腕を胸の前に翳した。両腕から出力される波光を融合させることで、連装式波光砲は無論のこと、波光大砲よりも強力な複合式波光砲を発動する。
その間も、ミズトリスが投擲した建物がウルクに激突しているのだが、ウルクは、微動だにしなかった。建物の激突による衝撃など、肆號躯体を揺るがすほどのものではないのだ。
これがもし、建物が肆號躯体と同程度の硬度を誇る物体であれば話は別だっただろうが、その場合は、ウルクも黙殺しようとはしなかっただろう。そんな建物ならば連装式波光砲にもある程度持ち堪えたはずなのだ。そのような事実を認識すれば、躯体が損傷する可能性を見出し、直撃を受けるような真似は避けただろう。
現状、避ける必要すらなかった。
それでもミズトリスが手を止めないのは、どういうことなのか、ウルクには皆目見当もつかない。
なにかを狙いがあるのか、それとも、ほかに攻撃方法がないから、仕方がなく建物を投げつけてきているのか。
いずれにせよ、ミズトリスが攻撃方法を変える様子が見えないこともあり、ウルクは、複合式波光砲を撃ち放つしかなかった。
複合式波光砲の目標地点は、ミズトリスの現在地ではない。そもそも、ミズトリスは、建物を引き抜くために都市の中を高速で移動しており、捉えることは難しい。しかも、複合式波光砲となると、動き回る遠く離れた相手に直撃させることなどできるわけもなかった。
故に、ウルクが目標としたのは、ミズトリスが建物を引き抜いて回っている都市の真っ只中だ。
既に半壊状態といっても過言ではない都市の北側、その中心に向かって波光の塊たる光球を投げ込む。放物線を描いて迫ってくる建物の数々と接触することのないように、射線は急角度を描く。そして、なんの傷害もなく地上に降り立った光球は、地面に触れた瞬間、大爆発を起こした。
蒼白い波光の嵐が吹き荒び、都市北部を丸呑みするかのようにして膨張していく。光り輝く破壊の嵐。建物という建物が光の中に消えていく中、ウルクに向かって行われていた建物の投擲も止んだ。
ミズトリスは、しかし、当然のように爆発範囲を逃れている。
都市の郊外。飛び道具となるような建物は少なく、攻撃手段は限られた。
(これでどうにかなるとは思いがたいが)
都市部を飲み込んだ光の嵐が収まると、巨大な破壊跡が現れた。躊躇も容赦もない攻撃による破壊は、普段なら出来ないことだ。
大抵の戦場は、味方を巻き込む可能性を考えて行動しなければならない。
その点、この戦場はなにも考えなくてよく、ウルクは、全力で戦うことができるのだ。
だからこそ、負けられない、ともいえる。
肆號躯体の全力を発揮した上で負けるなど、あってはならないことだ。
そう思った矢先だった。
またしても建物が飛んできたのだ。
しかし、今度は様子が違った。
飛来した建物の上には強烈な神威を感じたのだ。
ミズトリスだ。
ミズトリスが、みずからが投げ放った建物を乗り物として、迫ってきたのだ。
「よく考える」
ウルクは、連装式波光砲でもって建物を打ち砕くと、その瞬間、ミズトリスが近接戦闘の間合いに入ってきたのを認めた。




