第三千四百十五話 力と力(一)
視界一杯に閃光が駆け抜け、複数の建造物が飲み込まれていく。
ウルクが空中から行った連装式波光砲による無差別攻撃は、獅徒ミズトリスへの牽制攻撃そのものといっても過言ではない。
相手は獅徒だ。
(獅徒ミズトリス……)
ウルクは、ミズトリスとの会敵とともに直接戦ったわけではないその人物に関する情報を己の記録の中から参照していた。
想定される獅徒の力量とともに、だ。
獅徒ミズトリスは、かつて、セツナたちがザルワーン島で交戦しており、その際の戦闘記録が整理され、ナルンニルノル突入組全員に共有されている。ナルンニルノルに待ち受けている敵が獅徒と神将、獅子神皇のみであると想定される以上、できる限りの準備をしておくのは当然のことだった。
その可能な限りの準備のひとつが、獅徒、神将に関する情報の共有だ。
とはいえ、神将に関する情報は極めて少ない。神将の二名が、かつてのガンディア王立親衛隊《獅子の爪》、《獅子の牙》隊長たちであり、また、在りし日のガンディアの大将軍も神将として生まれ変わったようだ、ということくらいしかわかっていない。
神将の実力については未知数なのだ。
一方、獅徒に関しては、ある程度の実力が判明している。
既に幾度か交戦しており、内一名の撃滅に成功してもいたからだ。
そういった様々な戦闘経験を踏まえた上で想定される獅徒の実力だが、当然、必ずや想定通りであるとは考えにくい。獅徒の実力が均一で、かつ、セツナたちとの交戦以降、一切強化されていないのであれば話は別だが、そんなことがあるとは考えられなかった。
セツナたちが鍛錬や試練によって自己を強化してきたように、ウルクが躯体を乗り換えることでより強大な力を得たように、神兵が強化されたように、獅徒もまた、なんらかの方法で強くなっている可能性があった。それもかなりの高い確率でだ。
故に獅徒と遭遇した場合は、味方と力を合わせ、戦うことを推奨されていた。
無論、できるのであれば獅徒も神将も無視し、獅子神皇の元に直行することが望ましいのだが、そう上手く行くわけもないことはだれもが承知していた。だからこそ、獅徒や神将と遭遇した場合は、なんとしてでも味方と連携を取るべきである、と、考えられたのだ。
一対一では、分が悪いかもしれない。
それほどの相手であると認識すれば、ウルクも慎重にならざるを得ない。
味方と連携を取ることはできそうになかった。
このどこか見知った都市の中のような戦場は、外界と隔絶された空間のようであり、獅徒を撃滅しない限り、空間の外に出ることは愚か、味方との連絡も取れないようだった。
故に、ウルクひとりで戦わなければならない。
戦い、打ち勝たなければならない。
でなければ、自分がここにいる理由がない。
ウルクは、爆光の嵐の中で微動だにしない獅徒を見遣り、眼下に向かって右腕を翳した。ウルクは、都市の遙か上空に浮かんでいるのだ。そして、充溢する波光を右腕に集中させ、手の先より波光大砲として撃ち出した。掌より迸った蒼白い光の帯は、獅徒に向かって直進し――容易くかわされた。
だれもいなくなった地面に激突し、舗装された路面を貫き、地中深くで炸裂する。大爆発が起き、都市部に大穴が空く。無人の都市。戦場として用意されただけの領域。被害を気にする必要はない。獅徒を撃滅することに全力を尽くせばいい。
ウルクは、爆光の中に姿を隠したミズトリスを気配だけで追った。獅徒は、とてつもなく膨大な神威を発する存在であり、故に、波光大砲の引き起こす大爆発の閃光に紛れたところで、気配を隠しようがないのだ。もちろん、ミズトリスもそれを理解していないわけではないだろうが。
共有された情報によってわかっていることといえば、ミズトリスが近接戦闘を得意とする獅徒だということだ。その膂力たるや物凄まじいものであるといい、肉弾戦となれば、魔晶人形でも無事に済むかどうか、とのことだが、ウルクの躯体は、肆號躯体。
以前の躯体に比較するまでもなく頑健にして強靭であり、堅牢無比といっても過言ではなかった。簡単に傷つけられるものではない。
たとえ獅徒が相手といえども、だ。
ウルクは、左腕の連装式波光砲でもって地上に向かって掃射した。ミズトリスの移動先は、手に取るようにわかる。強大すぎる力は、気配を隠しようのないものにしてしまっているのだ。
広大かつ複雑な都市を戦場としたのは、建物の影に隠れて相手に接近し、不意打ちを叩き込むつもりだったのかもしれない。
ウルクやラグナ以外が相手だった場合、それは極めて正解に近い戦法だろう。肆號躯体の感知機能が極めて高性能だからこそ、ミズトリスの現在地が手に取るようにわかるのであり、ただの人間では、建物の影に隠れた獅徒の居場所を察知するのは困難を極めるだろう。
武装召喚師は、召喚武装を手にすることで感知能力を強化できるようだが、それでも、ウルクのように距離を離した状態でこれほどまで把握できるものだろうか。
さらにいえば、これだけの距離から一方的に攻撃し続けることができるものか、どうか。
その点、ラグナならば余裕で可能だろう。
ラグナは、いまや三界の竜王の中でも最大最強の力を持っている。獅徒の気配を察知することなど児戯に等しいだろうし、遠距離攻撃もお手の物だ。
もっとも。
(先輩がわたしのような戦法を取るかどうかは別の話ですが)
ウルクは、頭に血を上らせがちなラグナのことを思い出していた。
地上では、ミズトリスが逃げ回っている。
空中からの爆撃を恐れているとは思えない。高威力の波光大砲すら余裕で回避して見せたのがミズトリスだ。波光大砲よりも余程威力の低い連装式波光砲を恐れる道理はない。ではなぜ、ああも逃げ回っているのか。上空のウルクに対する攻撃手段がなく、なんとしてでも地上に引きずり下ろす必要があるからなのか。
だとしても、地上を逃げ回っているだけでは、ウルクが地上に降りる理由にはならない。
ウルクは、空中を飛び続けることが出来る。
壱號躯体では、波光の噴射によって跳躍距離を伸ばし、滞空時間を稼ぐことが可能だったが、肆號躯体は、波光の噴射によって長時間滞空し続けることができた。さらに噴射箇所、角度を変えることで、空中を自由自在に飛び回ることすら可能だ。
速度を上げることも、だ。
しかも、心核を取り替えたばかりであり、動力切れを心配する必要はなかった。
故にウルクは強気に空中から遠距離攻撃に徹することができるのだ。
相手が近距離戦闘に特化しているのであれば、こちらは遠距離から攻め続ければいい。戦闘の鉄則だ。相手の苦手を突き続け、自分の有利を押しつける。相手の得意とする戦法を理解しているからこそできる戦い方であり、故にこそ、ウルクはこのままミズトリスを撃滅するつもりだった。
(む?)
そのとき、突如として逃げ回っていたミズトリスの気配が動きを止めた。広大な都市の一角。立ち並ぶ無数の建造物は、じきに波光砲の餌食になるだろう。
事実、これまでミズトリスが辿ってきた進路上にある建物という建物が連装式波光砲の爆撃によって吹き飛ばされ、跡形もなくなっていた。
ここがミズトリスの用意した戦場であり、ほかにだれもいないことがわかっている以上、容赦も躊躇もする必要がないからこそ、ウルクは、これまでにないほどの苛烈な攻めを見せていたのだ。




