第三千四百十ニ話 図書館戦闘(ニ)
数々の本の内側から飛び出してきた武器による攻撃こそが、アルシュラウナの基本的な攻撃手段なのだろう。
ここは、迷宮のような図書館だ。
どこもかしこも書棚だらけであり、書棚でできた迷宮といったほうが近い。それら書棚には大小無数の書物が収まっており、その数の膨大さは、ラグナですら正確な数を把握することも困難に違いないと断言できるほどだった。
そのうち、わずかばかりがアルシュラウナの絶叫によって本棚から落とされており、それらがアルシュラウナの意思に応じて飛び回り、ラグナを一時、包囲した。その包囲網こそ突破したものの、未だ多数の本がラグナを追尾しており、追い着き次第、本を開き、内側に隠された武器を突きつけてくるに違いない。
アルシュラウナがなぜ、この領域を任されていたのかは、その攻撃手段によって明らかだ。
この図書館迷宮内にある本を操り、本に隠された武器を利用できるからに違いなかった。
ラグナは、本の追跡を逃れるため、図書館迷宮内を飛び回りながらもアルシュラウナから目を離すわけにもいかないため、時折、空中で静止し、わざと本に追い着かせた。そして、本が攻撃態勢に入った瞬間に飛び立つことで攻撃をやり過ごしたりした。
防御障壁を展開している以上、それら本の攻撃で致命傷を喰らうことはないとは思うのだが、彼女は慎重だった。もしかしたら、本に隠された武器には、なにかしらの力があるかもしれない。
(たとえば、じゃ)
たとえば、防御障壁を透過する能力があったとすれば、それだけで厄介だ。ラグナはともかく、エリナが傷つけられるわけにはいかないのだ。エリナは人間なのだ。掠り傷程度ならばまだしも、一撃が致命傷になりかねない以上、エリナはなんとしてでも護らなくてはならない。
また、防御障壁を無力化する能力を持った武器が存在するかもしれない。
その場合、すぐさまもう一度防御障壁を張ればいいのだが、それまでの時間差が致命的になりかねない。ラグナやトワが死ぬことはなくとも、エリナが殺される可能性は、否定できないのだ。
そうしている間にも、ラグナの耳には呪文を詠唱する声が聞こえていた。エリナだ。エリナが愛用の召喚武装を呼び出すために術式を構築している最中なのだ。ラグナの腕の中で、だが、だからこそ安心して詠唱できるというものだろう。
一方のトワはというと、アルシュラウナを観察している様子だった。
「なにかわかるか?」
「うーん……」
トワは、なんともいえない顔で黙り込んだ。
(やはりこの娘は頼りにならぬのう)
ラグナは、わかりきっていたことを再確認して、憮然とした。トワは、生まれ立ての女神だ。しかも、その誕生には、様々な要素が絡んでいる。普通の女神ではない。存在そのものが奇跡といっても過言ではなかった。そんな彼女に戦闘で役に立つことを期待する事自体、大いに間違っているのだ。
再び、周囲を無数の本に取り囲まれている。アルシュラウナの剣の切っ先がこちらを向いているところを見ると、アルシュラウナは、あの剣で本の移動先を指定しているのかもしれない。
ならば、剣を折ればいいのか、というと、とてもそうは思えない。
ラグナは、吼え、周囲に竜語魔法を発動した。翡翠の光が洪水となって周囲を飲み込み、彼女たちを取り囲んでいた本の数々が消滅する。
それによって、ラグナは、ひとつの確証を得た。
本について、だ。
本は、アルシュラウナの攻撃手段だが、それがすべてであるとは断言できない。攻撃手段のひとつ、と、認識しておくべきだ。思い込みは足下を掬う。
本の内側から飛び出してくる武器は、本によって異なるようだが、本の装丁などから予測することはできない。
なにせ、これまで出現した武器で同じものはなかったのだ。
つまり、本ごとに異なる武器が隠されていると考えるべきであり、そうである以上、本ごとに対策を取ることは難しいということだ。
そして、本は竜語魔法で消し飛ばすことができる、ということ。
(これが一番重要じゃな)
ラグナは、自身を取り囲んでいた本の数々が完全に消滅したことを確認すると、アルシュラウナを見遣った。
アルシュラウナの表情に変化はない。ただ、敵意のまなざしとともに剣の切っ先をこちらに向けているだけだ。
そうなると、当然、ラグナたちに向かって数々の本が押し寄せてくるのだが、もはやラグナが後れを取ることはなくなった。いや、元より後れを取ったことはないのだが。
「武装召喚!」
聞き慣れた言葉とともにエリナが術式を完成させると、彼女の右手首に光が収束し、腕輪型の召喚武装が出現した。フォースフェザーという名称だったか。四色四枚の羽飾りがどうにも愛らしい腕輪は、エリナによく似合っている。その能力も、彼女らしいといえばらしいのかもしれない。
すると、トワがエリナの腕を覗き込んだ。
「綺麗……」
「そ、そうかな?」
「うん……」
トワはエリナの召喚武装が一目で気に入ったらしく、羨ましそうな顔をした。
エリナは、そんなトワの反応が嬉しかったようで、まんざらでもない表情をしながらフォースフェザーに触れた。四枚の羽飾りの内、青色の羽に触れている。
その瞬間、ラグナは、視野が広がったような感覚に包まれた。視野だけではない。あらゆる感覚が研ぎ澄まされていくような、そんな感覚。
それこそ、フォースフェザーの能力のひとつだ。
フォースフェザーは支援に特化した召喚武装であり、。四枚四色の羽は、それぞれに異なる能力を持っている。赤色の羽は身体能力強化。黄色の羽は精神力強化、緑色の羽は治癒力強化だといい、青色の羽は五感強化だ。
二色以上の羽を同時に発動することで、さらに別の能力へと変化する。
複雑かつ高度な技術が必要な召喚武装であり、並大抵の武装召喚師には扱いきれない代物だとは、エリナの師匠ミリュウの評価だが、概ね間違いはないのだろう。たとえ、ミリュウがエリナを溺愛していたとしても、その評価が狂っているとは思えない。
それになにより、先程とは比べものにならないほどに冴え渡る五感は、彼女の召喚武装フォースフェザーが十全に機能していることを示しているのだ。
「うむ、いい判断じゃ」
ラグナは、エリナの選択を褒めると、透かさずその場から飛び離れた。いまのいままで感知範囲外だった場所で、無数の本が開いていた。それら本の中から弓が出現し、矢が放たれようとしていたのだ。ラグナがエリナ、トワを抱き抱えたまま飛び離れたことで、解き放たれた矢は、虚空を貫き、床に突き刺さったのだった。
もし、フォースフェザーによる五感強化がなければ、矢が接近するまで気づきようがなかっただろう。
もっとも、だからといって避けきれなかったかというと、そういうことではない。
所詮は、ただの矢だ。
回避手段はいくらでもある。
が、そういう話ではないのだ。事前に気づけるだけの感知範囲を得たのは、この戦いにおいて大きな力となるだろう。
ラグナが、アルシュラウナを視界に捉えたまま飛び回りつつ、周囲に展開する無数の本の位置を完璧に近く把握できているのは、エリナのおかげなのだ。
だからこそ、アルシュラウナへの攻撃に専念できようというものだ。




