第三千四百九話 剣魔は嗤う(ニ)
切り裂くたび、撃ち抜くたびに分裂し、増殖するオウラリエルとの戦闘は、しかしながら、一方的といっても過言ではないものだった。
無論、一方的に優位に立っているのは、エスクのほうだ。
単調な戦い方しかできない、素人同然の老人を相手にしているのだ。数多の死線を潜り抜けてきた歴戦の猛者たる“剣魔”が、負ける道理はなかった。
どれだけ数が増え、どれだけ攻撃が激しくなろうとも、その攻撃そのものが単純かつ一本調子で、見切りやすいとなれば、エスクにとってこれほど戦いやすいことはない。
無数の光弾が殺到しても、大きく飛び退けばそれだけでやり過ごせたし、虚空砲で打ち砕くことも、ソードケインで切り裂くことだってできた。オウラリエルの光弾は、ちょっとした衝撃を受けただけで爆発を起こすようなのだ。しかも、なんの工夫もなく撃ち放ってくるだけなものだから、対処も容易い。
問題があるとすれば、そんなことを続けていても、勝ち筋が見えないということだ。
どれだけ斃しても、斃した数だけ、いや、それ以上の数のオウラリエルが増えるだけなのだ。そして、増えた数だけオウラリエルの手数が増えるため、オウラリエルを攻撃し、その肉体を破壊することは、むしろ、エスクみずから不利な状況を作っているということではないか。
仮に、いまこの場にいるすべてのオウラリエルを同時に撃破したとしても、同じことだろう。
獅徒である以上、力の源たる“核”を破壊しない限り、無限に再生し、際限なく復元する。その回復能力たるや神兵や使徒の比ではなく、その驚異的な回復能力を利用して、多数の分身を作り出しているに違いない。
小指ほどの肉片から本体とまったく同じ質量の分身が誕生するほどなのだ。その回復能力たるや、もはや、回復などと呼んでいい代物ではあるまい。
(戦い方は素人同然……なのに)
エスクは、視界を埋め尽くす量の光弾に目を細めた。左腕を掲げ、光弾が肉薄するまで待つ。そして、すべての光弾が射程範囲内に収まるのを確認した瞬間、虚空砲を撃ち放った。召喚武装エアトーカー由来の強烈な衝撃波は、莫大な数の光弾を飲み込み、大爆発を引き起こす。
閃光の乱舞と衝撃波の嵐。
爆風がエスクを吹き飛ばしたが、想定内のことだ。
(面倒だな!)
空中で虚空砲を発射して態勢を整えると、迫り来る光弾の数々を見た。
オウラリエルの戦い方そのものは素人といっても過言ではないほどに素直で単純極まりないのだが、オウラリエルの身体能力自体は、他の獅徒とほとんど変わらないはずだ。故に、大爆発の光の彼方にエスクの姿を捉えることもできたのだろう。
そして、素人故に、敵を目標に捉えた瞬間、攻撃可能とあらば、即座に攻撃してくるのだ。なにがしかの考えもなければ、一切の躊躇もない。ただひたすらに攻撃してくるだけだ。
それが、エスクには堪らなく鬱陶しい。
「ああ、もうっ!」
エスクは、戦いの素人に圧されているような感覚に囚われ、苛立ちとともに叫んだ。迫り来る光弾を光刃と虚空砲で蹴散らしながら地面に着地すると、すぐさま飛び離れる。真っ直ぐ降り注いできた光弾がつぎつぎと地面に突き刺さり、連続的に爆発する。爆風が粉塵を舞い上げ、視界を黒く染め上げた。
雨は、止まない。
雨水が体に纏わり付き、なんとも気持ち悪いのだが、こればかりはエスクにはどうしようもない。このままでは風邪を引きそうだが、だからといって速攻で蹴りをつけるといったこともできない。
“核”を破壊しなければ、ならない。
でなければ、オウラリエルは無限に増殖し、無限に攻撃してくることだろう。
体力も精神力もたっぷりと余裕のあるいまはまだいい。しかし、このような埒の明かない戦いを続けていれば、たとえ相手がどれだけか弱い素人であったとしても、いずれ消耗し、力尽きるものだ。エスクの肉体は特別製とはいえ、体力と精神力には限界がある。その限界を超えたとき、たとえ相手が子供であっても殺されるのが人間というものだ。
無尽蔵の力を持つ獅徒とは違うのだ。
持久戦となれば、不利になるのはこちらだ。
だから、短期決戦に持ち込まなくてはならないのだが、そのためには、オウラリエルの“核”を探さなければならない。
つまり、オウラリエルの本体だ。
(どこだよ、本体)
エスクは、既に何百体にも増えたオウラリエルを視界に捉え、眉根を寄せた。
最初のオウラリエルですら、本体ではなかったという可能性が高い。というのも、最初のオウラリエルの肉体を粉々に打ち砕いているからだ。にも関わらず、“核”は見当たらなかった。もちろん、肉体の一部に巧妙に隠されていた可能性もあるが、エスクは、分身だったのではないか、と睨んでいる。
戦いの素人だという自覚があるのであれば、なおさらだ。
「確かにわたしは戦いの初歩も知らぬ。知ろうともおもわなんだ。なぜか。《白き盾》には、戦いを得手とするものが多い。ならば、いまさらそんなことを学ぶために無駄な時間を費やすよりも、得意とする分野にこそ注力することのほうが重要だと考えておった。そして、それは間違いではなかった。少なくとも、人間として生きている間は、のう」
オウラリエルが攻撃の手を止めたのは、この状況では、いくら攻撃しても意味がないことを悟ったからだろう。
「だが、いまさらになって、多少なりとも後悔している、ってか?」
「うむ。戦いの初歩でも学んでいれば、少しはましな戦い方も出来たやもしれぬ」
「そんなもの付け焼き刃だ」
だが、その付け焼き刃に蹂躙されていた可能性を考えると、エスクには、嗤ってはいられなかった。オウラリエルとの戦闘において、いまなおエスクが優勢を保っていられているのは、彼が戦いの素人だからに過ぎない。戦いを少しでも知っていれば、戦況は、まったく異なるものになっていたのではないか。
戦況が変化を始めたのは、エスクがそんなことを思い始めたときからだ。
オウラリエルが単調な攻撃を止めたのだ。
考えて、攻撃をするようになった。
攻撃手段は、相も変わらず杖の先端に集めた神威を光弾として撃ち出すそれだけだが、ただ目標を見つけ次第攻撃するという先程までの戦い方から打って変わり、狙いを済まし、数百の分身たちによる時間差攻撃を行うようになってきたのだ。
つまり、波状攻撃だ。
光弾の嵐の第一波を回避すると、回避先に第二波が迫っていた。
(はっ)
エスクは、口の端を歪めると、光刃をでたらめに振り回してすべての光弾を爆破させた瞬間、その爆風を貫くように迫ってきた第三波を目の当たりにした。それまでの光弾は、わずかな衝撃で爆発するものだった。たとえば、爆風に触れても爆発していたのだ。それが、爆風をものともせずに突っ込んできたものだから、エスクは面食らった。
(こいつぁ……!)
透かさず飛び退くも、いくつかはエスクの体を掠った。右肩、左脇腹、右足の爪先――肉を削り取られた程度だ。光弾は、いずれも爆発しなかった。エスクが回避に成功した光弾もだ。地面に突き刺さり、そのまま消えて失せた。
これも、オウラリエルの戦い方の変化といっていいだろう。
一本調子に爆発光弾を発射するだけでなく、貫通力に特化した光弾を織り交ぜるようになってきた、ということだ。
エスクは、嗤った。
やっと、戦いらしくなってきた。




