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第三百四十話 師弟狂宴(二)

(セツナ)

 ミリュウは、彼の名を胸中で口にした瞬間、胸が高鳴るのを認めた。組んでいた腕を解き、胸に手を当てる。

 なぜ、こんなことになったのだろう。不思議でならない。

 つい数日前までは、彼は殺すべき敵だった。殺さなければならなかった。でなければ、ミリュウたちに未来などなかったのだ。そして実際、殺せるところまで追い詰めることができた。

 絶大な力を秘めた彼の召喚武装を逆手に取った。

 あとは武装召喚師としての技量の差だった。その点では自信があった。地獄のような十年が、彼女を凶悪な武装召喚師に作り上げたという事実がある。負けるはずがなかった。勝てるはずだった。

 だが、敗れた。

 彼自身に敗れたわけではない。それはセツナだって重々承知しているに違いない。ミリュウは、溢れ出る黒き矛の力を抑えきれなかったのだ。制御不能に陥り、逆流する力に蹂躙された。意識を失い、気がつけば捕虜の身の上だ。

 普通ならば最悪最低の事態といっていいだろう。本来ならば、生かされているだけましだともいえないような状況に陥っていたとしても不思議ではない。

 しかし、彼女はむしろ感謝した。

 力の逆流のおかげで、ミリュウは、セツナの記憶に触れることができた。彼を知ることができた。いや、彼だけではない。彼の無数の思い出が、ミリュウの中で息づいている。ミリュウの記憶の一部となってしまっている。

 だからなのだろう。彼女は、ファリアを嫌いになれなかった。それどころか、好意さえ抱いているのかもしれない。

(影響力が大きすぎるのよ、もう。セツナの馬鹿)

 セツナに文句をいったところで、困惑させるだけに違いないのだが。

 当のセツナは、こちらの気持ちなどつゆ知らずといった様子だ。ルクスとの戦いは烈しさを増すばかりだったが、いまのところ互いに危なげがない。

 本気ではないからだ。

 見ていれば、どちらも手を抜いているのがわかる。訓練。まさにその通りだ。彼らは訓練を行っているのだ。絶大な力を持つ召喚武装を用いた実戦形式の訓練。

 しかし、ふたりの激突を見守るガンディア軍の兵士たちには、訓練には見えないだろう。彼らの目に映っているのかどうかさえ怪しいものだ。それほどの速度でありながら手を抜いているのがわかるのは、ミリュウの動体視力あればこそだ。

 斬撃は素直であり、突きもわかりやすい軌道を描いていた。互いに俊敏ではあるものの、そのせいで決定打にはなりえない。剣は空を薙ぎ、矛が地を抉る。互いに隙を逃さず攻勢に転ずるのだが、やはり、決定的な一撃を加えることはできない。実力が拮抗しているというわけでもない。どちらも余裕を持って戦っているものの、ルクスのほうがまだまだ力を持て余しているようだ。セツナは、息が上がり始めている。病み上がりなのだ。当然といえば当然だろう。

 一方のルクスも重傷者らしいのだが、動きが落ちる気配はなかった。むしろ、次第に速度が上がっている風でもある。セツナはそれにつられて速度を上げているらしく、それが負担となってのしかかり始めたのかもしれない。

「やめさせないと危険だと思うけど」

「わかってるわよ、そんなこと」

「だったら、オーロラストームの一撃でも叩き込んだら?」

「それでふたりを一網打尽にするわけか」

「なるほど。いい案ね」

「しないわよ!」

 カインとウルに噛み付いたファリアだったが、相手がミリュウじゃないことがわかると、顔を真っ赤にして恥ずかしがった。カインやウルに見せるような態度ではなかったのだろうが、それはつまり、どういうことだろう。

 ふと、くだらないことを考えている自分に気づいて、ミリュウは少しばかり苦笑した。

 そのとき、遠巻きに観戦していた兵士たちが慌てたようにその場を離れたかと思うと、悲鳴のような叫び声が響いてきた。

「なにやってんです! セツナ様っ!」

 エイン=ラジャールだ。ガンディア軍ログナー方面軍第三軍団長という長ったらしい肩書を持つ少年は、セツナを信奉しているといってもいいらしいということはファリアから聞いている。

 彼には、ミリュウがセツナに拘る理由をしつこく問い質されたものの、適当にはぐらかしてはいた。答えても問題はないのだが、彼に理解できるとは思えない。

 逆流現象など、武装召喚師か、武装召喚術に精通する人間にしかわからないことだ。そして、武装召喚師でも実感として理解できる人間は少ないだろう。逆流現象に遭って生還したものは少ない。

 ミリュウは、運良く生還できたのだ。いや、運が良かった、というのとは少し違う。

(あなたの声が聞こえたから)

 彼女は、セツナを見た。彼はエインの叫び声に耳を貸すこともなく、ルクスとの訓練を続けている。聞こえてさえいないのかもしれない。彼は、目の前の敵との戦闘に興じているのだ。戦いを愉しんでいるのだ。

 ミリュウは、楽しみながら戦うセツナを見るのは初めてだった。戦場では、戦闘を愉しんでいる余裕などないのだろう。もっとも、ミリュウがセツナと戦場を共にしたのは二度しかない。

 一度は敵として対峙し、二度目は偵察部隊の一員として同行した。

 敵として戦ったとき、ミリュウ自身、戦いを楽しむ暇など与えるつもりもなかった。セツナを殺すつもりだったのだ。そこに遊びなどあるはずもない。

 偵察部隊は、そもそも、戦闘になるのが間違いだった。ドラゴンとの戦いは、ドラゴンの異常な強さとその能力が判明しただけで終わったが、無益というわけでもない。おかげで、ミリュウはドラゴンの能力を把握できたのだ。決して無駄ではない。

「いやほんと、なにやってるんだ? あのおふたりさん」

「わっ」

 突如背後から聞こえてきた声に、ミリュウはわけもなく驚いた。振り返ると、またしても知った顔が憮然と立ち尽くしていた。

「いや、そこまで驚くことかい、ミリュウちゃん」

 軽薄な雰囲気を纏う美丈夫は、ドルカ=フォームとかいう名前だったはずだ。ミリュウの趣味ではないものの、冷静に見れば秀麗な顔立ちをしていると認めざるを得ない。彼の美形ぶりを認めたからといって、認識を改めることはないのだが。

 彼は、エインと同じログナー方面軍に所属し、第四軍団長を務める人物であり、相応の能力があるのは想像に難くない。が、そんなものがミリュウの評価を左右することはないのだ。

 初対面のときから彼の印象は良くなかった。もちろん、ガンディアの軍人として正しい態度ではあったし、彼がログナー人であれば尚更のこと、ザルワーンの武装召喚師に対して厳しく接しようとするだろう。

 ザルワーンは、ログナーを属国として支配していたという。ザルワーンによる支配がどのようなものだったのかは、想像に難くない。

 しかし、だ。ザルワーンがその軍事力によってログナーを降したのが五年ほど前。ガンディアに敗れ、ログナーという国そのものが消滅したのが約二ヶ月前のことだ。

 どちらも、ミリュウとは直接関係のない出来事だといっていい。勝手に支配され、勝手に滅びたのだ。その間の恨みつらみをぶつけられても、反応のしようがない。もちろん、ドルカはそこまで愚かな男ではないし、彼がその感情をぶつけてきた事実はない。だが、隠し切れない悪感情が言動に現れていたのもまた、事実だった。

 とはいえ、いまのドルカにそんな様子は微塵も見受けられないのが奇妙といえば奇妙だった。彼の背後に佇む副官は、ミリュウへの警戒心を隠しきれてはいないのだが。

「突然沸いて出るからでしょ。それに、ちゃんってなによ、ちゃんって」

「沸いて……って、それはちょっと酷くないかなあ」

 ドルカは、そういって困ったように鼻を掻いた。

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