第三千四百八話 剣魔は嗤う(一)
(欠番の獅徒……ねえ)
エスクは、降りしきる雨に打たれながら、相手を睨んでいた。
獅徒。
獅子神皇の使徒たるそれは、神々の王の加護と祝福によって強大な力を得た存在であるはずだ。並みの神々の使徒ですら強力無比だというのに、それら並みの使徒とは比べものにならない力を持っていることはいうまでもない。
とはいえ、セツナ一行は、これまでに何度か獅徒と交戦経験があり、それら情報の共有によって、獅徒の実力の程度というものを推し量ることができていた。
強敵だが、決して斃せない相手ではない。
と、彼は認識している。
それが間違った認識かどうかを判断するには、やはり、一度戦ってみるしかないのだが、どうにも気乗りがしなかった。
というのも相手が相手だ。
獅徒というだけあって、神化した存在であることは確かだ。他の獅徒同様、《白き盾》に関わっていた人物なのかもしれないが、そんなことはどうでもいいことだ。正体がだれであれ、エスクには関係がない。エスクからしてみれば、自分をこの領域に足止めしているだけの邪魔者、障害物に過ぎないのだ。
だからこそ、気乗りがしないのかもしれない。
どうしても斃し、排除しなければならない相手が、老人そのもののような有り様なのだ。無論、獅徒として生まれ変わり、なにもかもが変容していることは疑いようがない。強靭な肉体、人知を超えた能力、限りない生命力を持ち合わせていることだろう。
しかし、だ。
(趣味じゃねえなあ)
老人を相手に戦うのは、いくら戦闘狂に区分される類の人間とはいえど、やる気が起きないものなのだ。
相手が老人であれ、歴戦の猛者のような風格を漂わせた老将なり、老戦士ならば話は別だ。“剣聖”トラン=カルギリウスのような老人が相手ならば、喜んで戦うだろう。それこそ、涎を垂らす勢いでだ。
実際、“剣聖”トラン=カルギリウスとの猛特訓は、エスクにとって楽園にいるかのような心地だった。
血反吐を吐くほどに苛烈極まりない訓練ではあったのだが、それが、彼には堪らなく幸福な時間だったのだ。
強者との戦いは大好物だ。それが男であれ女であれ、老いていようと、若かろうと、関係がない。
しかし、弱い相手との戦いは、嫌いだった。
「ふむ。おぬしがわたしを見くびるのも無理からぬこと」
「あん……?」
突如として飛び込んできたオウラリエルの発言に、エスクは眉根を寄せた。それがまるでこちらの内心を理解したかのような言葉だったからだ。
(俺の心を読みやがった……?)
だとすれば、厄介な相手かもしれない。
相手の思考を読み取れるというのが事実であれば、だが。
「わたしは所詮、欠番の獅徒に過ぎぬ。埋め合わせの存在よ。生前、剣を取ったこともなければ、戦い方も知らぬ。ひとりの若者に光を見た、ただの老人に過ぎぬ。“剣魔”殿の相手に相応しくはありますまい」
「だとすりゃ、災難だったな」
「災難?」
「そうだろう。ただの人間として死ねたものを、獅徒に変わり果て、滅び去るんだ」
「これは歴戦の猛者とも思えぬ言葉ですな」
老人は、頭巾の影に隠れた双眸を輝かせると、エスクを睨み付けてきた。
「わたしは、いつも想っていた。わたしがもっと若ければ。わたしが十代二十代の若者ならば、と。それならば、たとえそれまで剣を取った経験がなくとも、鍛錬を積み、あの方の御力になれるのに、と」
「……念願叶った、ってわけだ?」
「そうとも。いまやわたしの力は、人間時代とはまったく別物となった。“剣魔”殿、おぬしの相手が務まる程度には」
「務まる程度……ねえ。それじゃあ、駄目だぜ。俺は、強い奴と戦いたいんだ」
そして、その上でセツナに尽くす。
エスクは、ソードケインの柄を握り締めるとともにホーリーシンボルを発動すると、左腕を掲げた。透かさず虚空砲を撃ち出せば、見えざる衝撃波が大量の雨粒を吹き飛ばしながら、オウラリエルへと殺到する。オウラリエルは、避けようともしない。それどころか真正面から受け止めて、その肉体を爆散させた。
獅徒の白い肉体が粉々に砕け散る光景を目の当たりにした瞬間、エスクは、後ろに飛んだ。ソードケインの光刃を急速に伸ばしながら水平に薙ぎ払い、空中に飛び散る無数の肉塊をつぎつぎと切り裂いていく。が、そんなことに意味がないことも、わかっていた。
着地と同時にさらに飛び退けば、四方八方に飛び散ったオウラリエルの肉体の破片が急速に膨張し、形を変えた。肉塊は、それぞれオウラリエルの姿を取ると、エスクに向かって得物を掲げてみせた。先端が真円を描く杖だ。
「ならば、わたしめが“剣魔”殿を討ち果たそうではないか。さすれば、おぬしの念願も叶いましょう?」
「はっ」
エスクは、増殖したオウラリエルたちを一瞥し、鼻で笑った。オウラリエル全員の杖の先端が光り輝き、無数の波紋を広げている様は、幻想的といってもいいが、しかし、圧倒的とはいえない。
「残念だが、俺の願いはそんなところにゃあないんでね」
前方に向かって虚空砲を乱射しながら、同時に光刃を振り回す。すると、どうだろう。オウラリエルの杖から光の玉が撃ち出されるころには、半数以上のオウラリエルが肉塊へと変わり果てている。しかも、撃ち放たれた光の玉は、エスクが立っていた場所に着弾し、爆発こそしたものの、エスクには掠ってもいなかった。
エスクの身体能力は、三つの召喚武装の併用、戦竜呼法、そしてホーリーシンボルの能力によって、爆発的といっていいほどに増強されている。神々による加護や祝福、他の召喚武装による支援がなくとも、それだけの強化を得られるのは、なんといってもエスクの強みだった。
召喚武装を愛用し、ふたつの召喚武装を肉体に内包しているからこその強みは、ほかのだれにも真似の出来ないものであり、戦闘開始直後の爆発力に関しては、だれにも負けない自信があった。
たとえ、獅徒が相手であっても、だ。
(それが欠番なら尚更、ってな)
エスクは、オウラリエルの攻撃の単調さに呆れるほかなかった。
増殖したオウラリエルは、杖の先端に集めた神威を光弾として撃ち出してくる攻撃しかしてこないのだ。光弾そのものは、なにかに接触すると爆発を起こし、その威力は極めて凶悪なようなのだが、残念ながら、エスクには当たりようがなかった。
たとえ、光弾による弾幕を張ったとしても、エスクならば逃げおおせることができる。
この戦場は、別空間とは隔絶された領域なのだが、それそのものが広大な空間であり、オウラリエルの光弾から逃げ続けることは苦ではなかった。
仮にこの空間全域を光弾で埋め尽くすことができるのであれば、逃げようもなくなるのだろうが、オウラリエルには、そのような攻撃法法はなさそうだった。
ただし、オウラリエルの数は、一向に減らない。
ソードケインで切り裂き、エアトーカーの衝撃波で打ち砕いているというのに、むしろ、増える一方だった。
というのも、オウラリエルの分身を真っ二つに切り裂くと、二体のオウラリエルへと一瞬にして変容してしまうからだ。虚空砲で打ち砕けば、砕いた数だけオウラリエルが増えてしまう。故に、どれだけオウラリエルを減らそうとも、減らないのだ。
増殖したオウラリエルの攻撃が単調であることに変わりはないものの、数が増えれば、それだけ手数も増えるということであり、エスクは、戦闘が始まって早々、嫌な予感がしてならなかった。




