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武装召喚師――黒き矛の異世界無双――(改題)  作者: 雷星
第三部 異世界無双

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第三千四百七話 星と太陽と月と獣(三)

(褒めてる場合じゃねえぞ)

 自分自身を叱咤しながら、シーラは、拳を構えた。獣化の影響で両手の指先には鋭利で強靭な爪が伸びている。獰猛な虎の爪だが、獅徒の強固な肉体を切り裂くに足るのかどうか。無論、本命の武器は、ハートオブビーストだ。だが、彼女は、斧槍に尾を絡ませたままにしていた。

 そもそも、現状ではファルネリアに肉薄こそできても、一撃さえ喰らわせられていないのだ。

 なんとしてでも一撃を叩き込むこと。

 それがシーラのいまの目標となった。

(斃さなきゃならねえってのにな)

 しかも、相手は獅徒だ。

 最終目標の獅子神皇に比べれば、圧倒的に弱いはずの相手に苦戦などしている場合ではない。のだが、個人戦かつ戦場が隔絶されているとなると、シーラの場合、中々思うように戦えないのは自明でもあった。ハートオブビーストの特性上、個人戦で力を発揮するには、時間がかかるものなのだ。

 ここが外ならば話は別だ。

 ナルンニルノルの外、空で繋がる世界のどこかなら、シーラはすぐにでもハートオブビーストの最大能力を発動させただろう。金眼白毛九尾へと獣化し、いまとは比較にならない戦いぶりを見せただろう。

 しかし、そうはならなかった。

 ナルンニルノルの星天の間は、外界と完全に隔絶された領域であり、世界に満ちた血を利用することができなかった。

 もっとも、獅徒を傷つけたところで血を流すことはないため、血を触媒とするハートオブビーストの能力を最大限に発揮するためには、シーラ自身の流血が求められた。

 実際、己の血で最初の獣化を行っている。

 さらに血を流し、戦場に血を満たさなければならない。

 でなければ、状況を動かすことは難しいだろう。

 そのためには、死なない程度に攻撃を喰らうしかなく、その上で獣化によって高まっている自然治癒力をあてにするしかないのだ。

 一方、獅徒ファルネリアは、余裕たっぷりだ。

 おそらく、シーラの攻撃手段についてはある程度知っているのだろうし、ハートオブビーストの能力がどのようなもので、発動条件についても理解している節がある。だからこそ、余裕があるのだ。シーラが最大の力を発揮するには条件が足りないことを知っている以上、焦る必要はない。じっくりと追い詰めていけばいい。

 そう、考えているのではないか。

「どうしたよ?」

「なにがです?」

「なんで、来ない?」

「それはこちらの台詞でしょう。どうして、かかってこないのです」

 誘っても、この調子だ。

 ファルネリアは、シーラと距離を詰めようとするどころか、むしろ距離を引き離す方向で動いていた。ファルネリアには遠距離への攻撃手段があるが、シーラにはないからだ。遠方から星の力を発動させていれば、それだけでシーラを圧倒できる。

 事実、ファルネリアが遠方から星の能力を連続で発動させ始めると、シーラは、手も足も出なくなってしまった。

 左手より円錐状に放たれる無数の光の棘による弾幕には、付け入る隙というものがなかったのだ。回避に専念するほかなかったし、時折、舞い上げた土砂で光の棘を巻き込み、爆発させては見るものの、それだけではどうにもならないほどの数が、シーラの周囲に殺到していた。つぎつぎと爆発し、夜の闇を白く、あざやかに染め上げていく。

 その爆撃の嵐の中に太陽の能力を織り交ぜてくるものだから、シーラは、憤然とするほかない。閃光による目眩ましは、遠方にいるというのに極めて効果的であり、視界が奪われた瞬間に飛び退いたものの、回避した先を爆撃されてはどうしようもない。

 体中がばらばらになるほどの激痛とともに吹き飛ばされ、やがて背中から大地に叩きつけられると、爆撃の嵐が止んだ。

 静寂が訪れるも、聴覚は狂ったままだ。

 物凄まじい爆発の連続は、強烈な爆音を何度となく鼓膜に叩きつけられるのと同じだ。やがて音が遠くなったと感じたのは、爆心地が遠ざかったのではなく、聴覚が狂ったからだったようだ。そして、それもファルネリアの策に違いない。

 止まない爆撃の連打によってシーラの聴覚を狂わせ、さらに太陽の閃光で視界を奪うことで、攻撃を叩き込む絶好の機会を作り出したのだ。

 シーラは、そんなファルネリアの思惑通りに動き、爆撃を浴びた。

 正常化した視界には、遠い夜空が映り込んでいる。アバードの空。いまや遠い過去のものと成り果てた光景を見せつけられて、憮然とするほかない。

 護りたかった。

 けれど、護れなかった。

 立場が、状況が、時勢が、シーラのすべてを踏みにじり、塗り替えた。

 シーラ自身も愚かだった。

 愚かにも生きたいと想ってしまった。

 アバードのことだけを想うのであれば、死ねば良かったのだ。ずっと昔に、死んでいれば良かった。そうすれば、国が割れることはなかった。少なくとも、国が割れて、争いが起きるようなことはなかった。それだけは、疑いようのない事実であり、だからこそ、シーラは、歯噛みする。

 全身を焼き尽くすような痛みの中で、そんな外的なもの以上の痛みが心の奥底から体中に広がっていく。

 全身。

 幸い、光の棘の直撃を喰らったわけではない。いくら獣化しているとはいえ、直接爆撃を受ければ無事では済まない。四肢が吹き飛び、即死するだろう。だから、慎重にならざるを得なかったのだが、その結果がこのザマだ。

(笑えねえ)

 呼吸を整えようにも体中が凄まじい痛みを訴えてくるものだから、それもままならない。

 両肩、両腕、胸、腹、腰、両脚――ありとあらゆる箇所に大小無数の傷があり、まさに満身創痍といってよかった。体中のあらゆる傷口から血が流れている。獣化による自然治癒力の強化があってなお、この状態なのだ。

 直撃を受けていればどうなっていたか、想像も容易いだろう。

 尾が千切れているのも、爆撃のせいだ。そして、そのせいでハートオブビーストが手元になかった。

(それはまずい)

 それだけは、最悪だ。

 シーラは、歯を食いしばって上体を起こすと、ファルネリアの爆撃によってもはや原型を留めていない傷だらけの大地に一本の斧槍が突き刺さっているのを見た。千切れた尾が絡みついたままなのを見ずとも、それがハートオブビーストであることは明らかだ。長年愛用してきた召喚武装だ。見間違うはずがない。

 ただひとつ、問題があるとすれば、それは、その斧槍の側に獅徒が立っていたことだ。

「てめえ……」

 シーラは、血反吐を吐くような気分で言葉を吐き出しながら、立ち上がった。全身の傷のうち、軽いもの、小さなものは塞がっている。重傷部分だけがまだ完治には至っていないが、それでも体を動かせる程度には回復していた。さすがは獣化、というべきだろう。

 それは、獅徒も認めるところらしい。

「並みの人間であれば既に勝負がついていたとしてもおかしくはないはずですが、さすがにしぶとい」

「褒め言葉と受け取っておく」

「ええ、褒めていますよ。心の底から」

 ファルネリアは、そういって微笑むと、すぐさまその笑みを消した。

「ですが、この状況では、どうしようもありませんよね?」

 獅徒は、足下に刺さった斧槍を引き抜くと、シーラに見せつけるように掲げて見せた。

「諦めて、降参なさっては如何ですか?」

「降参?」

 シーラは、ファルネリアの言葉を反芻したものの、彼女がなにをいっているのか、さっぱり理解できなかった。



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