第三千四百六話 星と太陽と月と獣(ニ)
物凄まじい爆風に飲まれ、吹き飛ばされていく中で、全身に激痛を覚えるのは当然のことだ。爆風は、それだけで凄まじい威力を持っている。熱と衝撃波。全身を粉々に打ち砕かれなかっただけでも僥倖というものだったし、生きているだけで儲けものだ。
(んなわけあるかよ)
シーラは、胸中で吐き捨てると、斧槍を眼下に突き下ろした。地面に突き刺して、吹き飛ばされ続けていた体の支えとすると、ようやくその場に着地する。全身が悲鳴を上げているが構っている場合ではない。
ファルネリアは、以前、無傷だ。
無傷のまま、前方に降り立っている。
爆発の連鎖が止み、膨大な星空の下、静寂と闇が訪れていた。アバードの大地を模した領域。見知った風景。見慣れた夜。そんな中に佇む獅徒の姿は、馬鹿馬鹿しいくらいに絵になったし、幻想的というほかなかった。だが、もちろん、見取れている場合ではない。
見惚れるべき相手でもない。
(あれが、あいつの能力)
光の棘による爆発攻撃と、閃光による目眩まし。どちらも厄介だが、両方を使って連携攻撃を叩き込んでくるとなると、さらに凶悪というほかない。
目眩ましの閃光は、この広大な戦場を一瞬にして白く塗り潰すほどに強力なのだ。先程は一瞬の出来事だったが、長時間照らし続けることができる可能性もある。そうなれば、シーラには対処のしようもないのではないか。
(それに、あのふたつだけじゃないな)
ファルネリアの能力が白甲冑の意匠と合致するものであれば、そうなるだろう。星の意匠が爆発する光の棘ならば、太陽の意匠は視界を奪う閃光であり、残るは、月の意匠だ。背に負った三日月状の大きな飾りがそれであり、神々が負う光背にも似たそれがなにかしらの能力を有することは、想像に難くない。
月を象徴するようななにかしらの能力。どれだけ想像力を働かせても、特定するには至らない。太陽が閃光、星が爆撃なのだ。太陽はともかく、星は連想できるものではない。
(なら、考えるだけ無駄ってこった)
シーラは、胸中で苦笑するとともに態勢を立て直し、地面に突き刺したハートオブビーストを抜いた。
「そうだな。あんたのいうとおりだ」
斧槍を旋回させながら頭上に掲げ、能力を発動する。ハートオブビーストの飢えた腹を満たしきるには足りないものの、能力を発動させるには足るだけの血は流れた。シーラ自身の血だ。血が、ハートオブビーストの能力を発動する条件なのだ。そして、その条件を満たせば、使い手の肉体に変化が起きる。
「女足るもの、男に尽くしてこそ、生まれた意味があるってもんだ」
能力の発動と同時に起きた肉体の変化がどのようなものなのか、確認する暇はなかった。
即座に地を蹴り、飛び退かなければならなかったのだ。視界を閃光が染め上げたからだ。当然、その瞬間に生じる好機を逃そうとするファルネリアではない。星の爆撃があった。轟音の連鎖だけが耳朶に響いている。
シーラは、先程までとは比べものにならないほどの身体能力を得、その跳躍力によって爆撃の範囲外へと一足飛びに逃げおおせていた。熱衝撃波の届かないほどの距離だ。それもこれもハートオブビーストの能力によって、身体能力を大幅に強化したことの影響だった。
ハートオブビーストの能力は、肉体に変化をもたらし、その変化に応じた身体能力を強化するというものだ。その肉体の変化というのは、人間以外の陸上に住む動物の身体的特徴が現れるというものであり、シーラはそれを獣化と呼んでいる。
獣化によって現れる変化とは、たとえば、兎の耳や尻尾が生えることだ。兎の耳は聴力を強化し、脚力もそれなりに高めてくれる。見た目が少々問題だが。ほかには、猫の特徴や猛牛の特徴などが現れることがあり、それぞれの動物から連想されるような能力の強化を得られた。
それはともかくとして、問題があるとすれば、どんな獣化が起きるか、発動するまでわからないということだ。
ただひとつを除いては、だが。
そして、その唯一の例外を発動するには、血の量が圧倒的に足りなかった。
そうである以上、シーラは、複数ある獣化のどれかのうち、激しい戦闘に適したものになることを願うしかなかったのだが、その願いは、ハートオブビーストに届いたようだった。
脚力が、それを証明している。
(虎か。悪くねえ)
シーラは、地を削るような着地とともに全身の傷が塞がっていくのを感じていた。
獣化の利点は、身体能力の向上のほかに、自然治癒力の強化もある。それは動物由来のものではなく、ハートオブビーストに備わった能力であることは間違いない。獣に変化したからといって回復力が高まるのは、不思議な話だ。
虎の獣化は、全体的な身体能力の強化だ。肉体的な変化としては虎の耳と、虎柄の尻尾が生えることであり、その尻尾の感覚から、虎に獣化したことを悟っている。肉体的な変化としては、猫と似ているが、身体能力の向上には大きな差があり、それ故、彼女は心底安堵した。
猫の獣化も別段悪くはないのだが、虎のほうが圧倒的に強力なのだ。
そして、シーラは、すぐさま強化された身体能力を発揮した。息吹きとともに飛び出し、ファルネリアに襲いかかる。大上段に振りかぶった斧槍を叩きつければ、一筋の光が視界を切り裂き、衝撃が両手に伝わってきた。けたたましい金属音とともに火花が散り、なにかが斧槍を受け止めたのだと悟る。
それがファルネリアの第三の能力、三日月の光背であるということを認識したとき、シーラは、尾でもって三日月の背面を叩き、浮いたままの自分の体を空中に跳ね上げさせた。ファルネリアの頭上を飛び越え、宙返りしつつその背後に着地する。透かさずハートオブビーストを振り抜くも、三日月が斬撃を受け止めてみせる。三日月の向こう側で、ファルネリアが微笑んでいた。
「まさに獣姫と呼ぶに相応しいお姿で」
「そりゃあどうも!」
シーラは、立て続けに斧槍による連続攻撃を試みたものの、すべて三日月に受け止められてしまう。
三日月は、ファルネリアの手で直接振り回されているわけではなかった。空中を自由自在に動き回り、くるくる回転しながら、あらゆる角度からのあらゆる攻撃を防いでみせたのだ。そして、その状況をただただ見守っているファルネリアではない。三日月の向こう側で左腕を掲げて見せると、光の棘を撃ち出してきたのだ。
咄嗟に飛び退くも、爆撃範囲外に離脱するには少々、脚力が足りなかった。虎の力を以てしても、ファルネリアの広範囲爆撃から逃れきることは難しいのだ。至近距離だった、ということが大きい。三日月の突破に拘るあまり、ファルネリアのほかの攻撃手段を考えなかったということもある。
(俺の馬鹿野郎!)
内心、自分を罵倒しながら爆撃を喰らい、その激痛に泣きそうになりながら吹き飛ばされ、辛くも着地できたのは、尻尾のおかげだ。長い尾で槍を持ち、地面に突き刺して、態勢を立て直した。獣化によって変化した肉体は、通常の人間時よりも極めてしなやかで、俊敏だ。尾も、元々在ったもののように扱うことができる。
だからこそ、獣化は強力なのだ。
(それでも、届かない)
獣化の中でも強力な部類に入るはずの虎ですら、ファルネリアに一撃を叩き込むことすらできないのだ。
さすがは獅徒、というべきなのだろうが。




