第三千四百三話 結晶大地の激戦(七)
この結晶の大地における戦いは、いかにしてネア・ガンディア軍を引きつけ続けられるかにかかっている。
圧倒的な戦力差を覆し、ネア・ガンディアの軍勢を討ち斃して勝利することなど不可能であり、夢想といっていい。
連合軍の勝利条件とは、突入組が獅子神皇を討ち滅ぼしてくれることであり、それ以外になかった。そのためにも、ナルンニルノルへの突入に感づかれ、ナルンニルノル内部に戦力を差し向けられるようなことがあってはならないのだ。
それでは、突入組の足を引っ張ることになる。
突入組は、連合軍の中でも指折りの精鋭揃いではあるが、だからといって大量の軍勢を相手に戦い続けられるわけもないのだ。戦い続けるうちに消耗し、いずれ力尽きる。そうなってしまっては、獅子神皇の打倒は愚か、獅子神皇との戦いすらかなわない。
だからこそ、陽動組が奮起しなければならないのだ。
(しかし……)
ラムレシア=ユーファ・ドラースは、ネア・ガンディア軍の動きに違和感を覚えていた。
ラムレシア率いる蒼竜隊は、連合軍陽動組の中でも飛び抜けた機動力を誇ることもあり、戦場を飛び回る遊撃部隊として機能している。連合軍の前線に綻びを発見するや否や現地に急行し、敵を攻撃、味方を援護することを主な活動内容としているのだ。
それによって何度となく味方部隊の窮地を救ったり、交代戦術の支援を行っている。
もっとも、ラムレシア自身は、そんな蒼竜隊の面々に指示を出す一方、連合軍最高戦力の一角を担うものとして戦闘に参加しており、既に数え切れないほどの神兵を撃滅していた。特に合体神兵を重点的に攻撃しているのは、並みの神兵でさえ強化されているというのに、合体神兵となると、とてつもなく凶悪だからだ。
連合軍の一般的な兵士の力では、合体神兵を撃滅するのは難しい。
真躯を駆る神卓騎士や、兵装召喚師たちならば容易く撃破して見せるだろうが。
そんな風に戦場を飛び回っていたラムレシアが感じた違和とは、ネア・ガンディア軍が連合軍の陽動に完全に食いついているということだ。
連合軍の殲滅にこそ全力を注いでおり、それ以外のことなど一切考えていないように見受けられたのだ。
それが、こちらの陽動が上手く行っていることの証ならば、いい。
陽動こそが目的であり、ネア・ガンディアの軍勢が連合軍に食いついてくれていることは、こちらの思惑通りなのだ。作戦通り、戦術通りに展開することは、むしろ喜ばしいことだろう。
だが、ラムレシアには、どうにも出来過ぎているように思えてならないのだ。
《どうしたのです? ラムレシア。なにか気になることでもあるのですか?》
不意に脳内に飛んできたのは、ラングウィン=シルフェ・ドラースの聲だった。
三界の竜王同士ならば、ある程度離れていても、念じるだけで会話することができるのだ。
ラングウィンは、連合軍陽動組の中でも最大級の巨躯を誇り、その神々しいまでの白銀の巨竜は、連合軍将兵にとっては頼もしく見えるだろうし、ネア・ガンディア軍にとって目障りに違いなかった。それ故か、ラングウィンは、ネア・ガンディア軍の攻撃の的になっており、彼女の元に大量の神兵が押し寄せている。
そして、ラングウィンは、むしろそれをよしとした。
自身を餌に神兵を誘き寄せながら戦場を離れることで、敵戦力の分断を計り、現状、成功している。
ラングウィン狙いの多数の神兵は、その巨躯が発する重力に引き寄せられるかのように殺到し、ラングウィン率いる銀竜隊の猛攻を受け、つぎつぎと消滅していっている。
《少し、な》
ラムレシアは、そんなラングウィンの戦いぶりを遠くに見遣ると、再び戦場に視線を戻した。
《……上手く行きすぎている気がしないか?》
《なるほど。あなたの気がかりもわからなくはありません》
ラングウィンの声は、いつものように穏やかで、柔らかい。母性の塊とは、まさに彼女のことをいうのだろう。同じ三界の竜王であるはずなのに、ラングウィンに安らぎを感じるのは、そのせいだ。
ラムレシアが生粋の竜王ではなく、ラムレスの後継者であるということは、あまり関係がない。ラムレスもラングウィンにそう感じていたし、ラグナシアもそうに違いない。
ラングウィンは、この世界における母性そのものといっても過言ではないのだ。
では、父性は、というと、ラムレスが担った。
そして、その父性故にユフィーリアを救い、みずからの命を燃やし尽くした。
イルス・ヴァレの父性は失われたのだ。永遠に。
《しかし、だとすれば気にすることはないでしょう》
はっとなったのは、一瞬のうちに様々なことを考えすぎたからでもあったし、敵の攻撃が飛んできたからでもあった。
飛来したのは、大量の白銀の矢であり、彼女は飛び退いて避けるのではなく、翼を前面に展開することで自身を庇った。飛んでかわすことそのものはなんら難しくはない。しかし、それではラムレシアの後方にいる連合軍将兵に矢の雨が降り注ぐことになる。
魔法を発動させるのは、間に合わなかった。
そのため、翼で受け止めようとしたのだが、それが悪手だった。
大量の白銀の矢のうち、いくつかは翼で受け止めることができた。弾いたのではなく、受け止めたのだ。つまり、矢は、ラムレシアの翼に突き刺さるほど強靭であり、威力も申し分なかったということだ。そして、二桁では済まない量の矢は、つぎつぎと突き刺さることで、彼女の翼を強引に突き破って見せた。
飛膜を貫き、眼前に現れた矢を目視した瞬間、ラムレシアは、吼えていた。
矢を受け止めている間に、魔法を発動する準備は整っている。
咆哮が呪文となり、術式となって、竜語魔法が発動した。その瞬間、まばゆい群青の炎が視界を灼き尽くしたかと思えば、白銀の矢の数々も溶けて消えた。自分自身の翼をも焼き尽くすことになったものの、それそのものは問題ではなかった。なぜならば、同時にもうひとつの魔法を唱えていたからだ。
《どういうことだ?》
素早くその場から飛び離れながら、みずから焼き尽くした翼が治癒魔法によって急速に再生していくのを感じる。痛みはついて回るが、そればかりは致し方がない。
《あなたの気がかりは、わたくしたちの陽動作戦がネア・ガンディア軍に見透かされている可能性があること、なのでしょう?》
《ああ……》
そして、ファリアのことだ。
もし、ネア・ガンディア側がこちらの作戦を看破し、なんらかの対策を行っていた場合、ファリアはどうなるのか。
無事に戻ってこられるのか。
(わたしはなにを考えているのだ。無事に帰ってきてもらわなければ困るというのに……!)
ラムレシアにとっていまもっとも重要なのがファリアのことであり、それ以外のことは、すべて二の次といってよかった。だからこそ、突入組に参加したかったのだが、魔王の加護が必須であるといわれてしまえば、納得するしかない。
故にラムレシアは、セツナには絶対にファリアを守り抜くようにと約束させたものの、その約束が果たせるかどうかはわからなかった。
相手が相手だ。
ラムレシアは、自身の遙か前方に白銀の矢の射手を捉え、睨み付けた。
あらゆる神兵と異なる形状のそれは、多大な神威を帯びていた。
使徒だ。




