第三千四百ニ話 結晶大地の激戦(六)
戸惑うアルヴァに対し、侍大将付きの参謀であるニレヤ=ディーとサード=ザームがいったことといえば、このようなことだった。
『ヴィステンダール様も、侍大将の激務に追われる日々なのですよ。それも戦女神様の御意向と御山会議の意向の板挟みになることもしばしば』
『そうして溜まりに溜まった鬱憤は、どこかで晴らさなければならない。つまり、こういう機会を待ち続けていたわけです』
護峰侍団の頂点たる侍大将が物凄まじい激務であるということは、当然、アルヴァも知っていたし、やや夢想家な部分のある戦女神と完璧なまでの現実主義である御山会議との間に挟まるヴィステンダールの立場が苦しいのも理解していた。
日々の激務の積み重ねによって、ヴィステンダールのような人格者でさえ、処理しようのない鬱憤が蓄積していくという事実も、納得できないことではない。
むしろ、ヴィステンダールにもそういう部分があるのだと知れて、なんだか安心したような気がしないでもなかった。
とはいえ、その鬱憤晴らしのために侍大将の代役を押しつけられるのがなぜ自分なのか。
アルヴァの疑問は尽きなかったのだが、
『それは無論、将来、護峰侍団を背負って立つ人物と見込んでのことですよ』
とは、ニレヤ=ディーだ。首飾り型の召喚武装を身につけた彼女は、その豊かな胸を揺らすようにして戦場を舞う。同じ参謀のサード=ザームは、短弓型の召喚武装の使い手であり、彼はアルヴァの援護に徹していた。
『少なくとも、ヴィステンダール様は、アルヴァ隊長を後任と見ているわけですな』
だから、自分に侍大将の務めを果たせ、とでもいうのか。
アルヴァは、子細を理解すると、仕方なくその役割を引き受けたのだ。
ほかに侍大将の代わりを務められるものはいない。少なくとも、護峰侍団の隊長たちの中では、アルヴァ以上に指揮能力を持った人物はいない。
癖の強い護峰侍団隊長たちの顔を思い浮かべれば、アルヴァが選ばれたのは打倒というほかないのだ。
より上位の立場である戦女神代行に任せるという手もなくはないが、戦女神代行という大役に加え、侍大将の役割まで押しつけるのは、さすがに酷いと想わざるを得ない。
故に彼は侍大将の役割をも引き受けると、護峰侍団の各部隊の動きを把握することに全力を挙げつつ、敵軍を攻撃し続けていた。
敵を攻撃しながら、味方部隊の指揮を執るというのは簡単なことではないが、幸い、彼の召喚武装レインボウカノンは、雑に撃っているだけでも敵だけを撃ち抜いてくれるという高性能な武器だった。そのため、敵を牽制しつつ、護峰侍団各隊に注意を割くという荒技が出来たのだ。
彼が見る限り、護峰侍団の十ある部隊は、全隊、隊長の奮戦ぶりに感化され、神兵の群れを前に一切怖じ気づくことなく戦うことができていた。
二番隊率いるミルカ=ハイエンドは、鞭型召喚武装エターナルラインでもって複数の獣型神兵を縛り上げて見せると、隊士たちの様々な召喚武装による集中攻撃が加わり、あっという間に神兵の肉体が崩壊した。二番隊の連携は、規律を重んじるミルカ=ハイエンドによって極めて洗練されている。
三番隊、四番隊は、隊長同士の相性の良さもあってか、隊同士の連携が取れていた。互いの不足部分を補い合うようにして戦線を構築しており、その戦いぶりには、アルヴァも目を細めた。
五番隊は、隊長ヒュー=ロングローに率いられる遠距離攻撃部隊であり、ヒュー=ロングローの杖型召喚武装フレイムロータスを始め、隊士たちの召喚武装も、遠距離攻撃を得意とするものばかりだった。故に護峰侍団十隊の中でも特に後方に位置しており、各部隊の援護を受け持っていた。
隊長の大らかな性格は、隊士たちにも大きな影響を与えており、故に各隊との連携にも問題がないのかもしれない。
六番隊は、シグ=ランダハルに率いられる部隊だ。隊長シグ=ランダハルは、平時であれ戦時であれ、血に飢えた獣のような眼光の持ち主であり、好戦的な性格だった。とにかく敵と直接戦い、斃すことを生き甲斐としているといっていい。
六番隊そのものが隊長の性格が反映されており、他隊との連携や他隊への支援など一切考えない、近接戦闘特化の部隊だった。
そのためか、六番隊が護峰侍団十隊の中でもっとも突出しており、その奮戦ぶりも凄まじい。
特にシグ=ランダハルの戦いぶりたるや、鬼神のようだ。太刀型召喚武装ストレイトワン、曲刀型召喚武装エバークレセントの二刀流でもって敵陣に切り込み、多数の神兵を血祭りに上げている。
隊の性質が、隊を率いる隊長の性格に強く影響を受けているのは、なにも六番隊だけではない。二番隊の連携が巧みなのは、隊長ミルカ=ハイエンドの影響だし、三番隊と四番隊の仲の良さも隊長同士の相性の良さも関係がある。
七番隊が九番隊と行動をともにすることが多いのも、隊長同士の関係が色濃く反映されているのだ。
七番隊長サラス=ナタールは、九番隊長オルファ=サンディーに武装召喚術を教えた人物であり、師弟関係なのだ。故にオルファ=サンディーは、サラス=ナタールに全幅の信頼を寄せていたし、サラス=ナタールも生徒の身から隊長に上り詰めたオルファ=サンディーは自慢の弟子なのだ。
そんなふたりの関係は、隊同士の相性そのものを良くしていたし、そのため、連携もばっちりだった。
八番隊は、六番隊に次ぐ戦闘狂の集まりだ。隊長リドニー=フォークンは、シグ=ランダハルと気が合う間柄であり、戦場に在っては互いに戦果を競い合うことが少なくなかった。事実、この戦場においても、リドニー=フォークンは、シグ=ランダハルに負けまいと、敵陣真っ只中に切り込んでいた。
そんな隊長に率いられる八番隊の性質が六番隊に似ているのも致し方のないことなのだろう。ただし、八番隊は、六番隊とは異なり、支援能力の持ち主もいたし、遠距離攻撃を得意とする隊士もいた。リドニー=フォークンは、近接戦闘にのみ戦いの醍醐味を見出しているわけではない、ということだ。
十番隊長イルドルク=ウェザン率いる十番隊は、隊長の穏和な性格に引き摺られてか、隊の性質そのものが穏やかだった。戦場にあって穏やかで在り続けるということは極めて難しいことであるはずだが、十番隊は、常に一定の穏やかさを保っている。
イルドルク=ウェザン自身は、大槌グレートアースの使い手であり、近接戦闘を得意とするのだが、十番隊の性質上、前面に出るということは少なかった。隊士には、支援を得意とする召喚武装の使い手や、希有な治癒能力者がおり、十番隊は、護峰侍団の中でも後方に位置することが多かった。
この激戦の中であっても、隊の在り様を崩さず、各部隊の支援や負傷者の治療に専念する十番隊は、縁の下の力持ちといっても過言ではないだろう。
アルヴァは、そんな特色豊かな各隊の状況を見、戦況に応じて指示を下さなければならないということだ。
(いまのところ、その必要性はない……か)
戦いは、始まったばかりだ。
突入組がナルンニルノルへの侵入に成功し、獅子神皇を討ち果たすまで、この死闘は続く。
どこかで戦況に大きな変化が起きたとしてもおかしくはないし、十隊のいずれかが窮地に立たされることがあるかもしれない。
そうなったとき、いや、そうならないように手配するのが、アルヴァに課せられた重要な使命なのだ。




