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第三百三十九話 師弟狂宴(一)

「飛び回って……え?」

「ガンディアの兵士たちが騒いでいたので、なにかと思い、見に行ってみたのですが、セツナ殿とルクス=ヴェイン殿が戦闘訓練を行っていたんです」

「戦闘訓練だって?」

「それも、互いに召喚武装を用いておられる模様。怪我人が出ても不思議ではありませんな」

 グラハムの話を聞いたクオンは、我知らず声を荒らげた。

「召喚武装で訓練だって? 馬鹿なことを」

 感情を抑えきれなかったのは、きっと、セツナの状態を思い出したからだ。《獅子の尾》のテントで眠り続ける少年を見舞ったのは昨日のことだったが、いまでもはっきりと思い出せる。真新しい包帯によって全身の傷という傷は覆い隠されていたものの、眠る彼の表情に疲労が浮かんでいた。

 時折、彼が苦痛にうめくたび、付き添っている女性が慌てたものだ。ファリア=ベルファリアではないし、軍医や医療班の人間でもない。捕虜であるはずの女性がセツナを見守っているという状況の異常性はこのさいどうでもいい。

 今問題なのは、病み上がりのセツナが召喚武装を用いて戦闘訓練を行っているらしいということのほうだ。相手はルクス=ヴェイン。つまりセツナの師匠だが、召喚武装を用いた戦闘訓練など、実戦以外のなにものでもない。

 ルクスも負傷しているから条件は同じ、というのも馬鹿馬鹿しい。無茶をして怪我でもしたらどうするつもりなのか。それこそ、一生ものの傷を負う可能性だってある。どちらかが命を落とすことだってありうる。

 セツナは強力な武装召喚師であり、ルクスは凶悪な剣士だ。そんなふたりがぶつかり合えば、どうなるものか。

「だれも止めなかったのか」

「それはわたしにもわかりませんが……ファリア殿もシグルド=フォリアー殿も静観している様子でした」

「まったく、なにを考えているんだ」

 憤然と告げて、彼はようやく肩や膝の辺りでなにかが蠢いていることを認識した。はっとなる。さっきの怒声が、イリスとマナを叩き起こしてしまったのかもしれない。クオンは申し訳無さでいっぱいになりながら、ふたりの様子を見た。いずれは起こさなければならなかったとはいえ、無理に起こしたくなどなかったのだが。

「あ、あれ……?」

「う、ん……?」

 マナはクオンの肩に頭を載せていたことが恥ずかしかったのか、慌てた様子で離れて身だしなみを整える素振りを見せた。一方のイリスは、クオンの太ももに頭を乗せたまま、ぼんやりとグラハムのことを見ているようだった。まだ完全に覚醒していないからだろう。

 グラハムは、相も変わらぬ仏頂面だったが。

「眠り姫もお目覚めになられたご様子。見に行かれますか?」

 クオンは、無言で頷くと、イリスの意識が目覚めるのを待った。



 虚空に碧い剣閃が走るたび、大気がうなりを上げ、轟音とともに火花が散った。剣と矛が激突したのだ。凄まじい速度の斬撃をいともたやすく受け止めたのは、黒き矛。セツナ・ゼノン=カミヤの召喚武装であり、ガンディア軍の象徴ともいえる存在。

 漆黒の矛の異形さは、夜の森ではよくわからなかったものの、薄明るい曇天の中でははっきりと認識できた。まさに化け物じみた武器だった。凶悪な外見は、それ自体が敵への警告のようにも思える。敵対するものの命を喰らう死神の鎌のような、そんな空気さえ纏っていた。

 彼女はその異形を、うっとりと、見ていた。

 セツナは、身の丈を優に超す漆黒の矛を自由自在に操り、ルクス=ヴェインの剣撃を防いでいる。それはセツナ自身の運動能力が優れているからではない。黒き矛を手にしていることで、セツナの能力は何倍にも引き上げられているのだ。

 召喚武装による身体機能や五感の強化こそ、武装召喚師の力といっていい。力を引き出すにも、相応の技量がいるのだ。事実、セツナが引き出した力と、ミリュウが引き出した力では、同じ黒き矛でも比較にならなかった。

 つまり、セツナは黒き矛の力を扱いきれていないということにほかならないのだが、考え方によっては、セツナが引き出せるだけの力でも凶悪だということであり、いまはそれで十分なのかもしれないとも思った。それに、彼は黒き矛を支配できている。必要以上の力を引き出そうとして、逆流現象に陥ってしまったミリュウとは違うのだ。

 セツナは、必要なだけの力を使っている。

 いまもそうだ。

 カオスブリンガーの全力ならば、グレイブストーンなるルクスの剣も破壊できるだろう。しかし、セツナはそれをしない。

(できないだけかな)

 ミリュウは、セツナが成長途上なのだということを改めて知った。まだ十七歳だという。伸び代はあるし、武装召喚師に恵まれているのだ。彼がその気になれば、黒き矛の使い手としてまだまだ成長していくことができるはずだ。

 そのために彼は、ルクスに師事を仰いだというのだが。

 ミリュウは、左隣で渋面を作っている女に声をかけた。

「止めなくていいの?」

「止めたくても、止めようがないわ」

 ファリア=ベルファリアは、なにもかも諦めたように肩を竦めた。実際、彼女のいう通りだ。

 唐突に始まったセツナとルクスの戦闘訓練は、互いに強力な召喚武装を用いたものであり、下手に止めようとすれば巻き添えになること請け合いだ。だからといって黙って見守っているわけにもいかないはずなのだが、ファリアをはじめとして、ガンディア軍の関係者たちは一様に沈黙している。

 傭兵たちもだ。黙って見ているだけならまだいい。まるで可愛い弟の馬鹿げた行動を見守っているような表情は、ミリュウには到底受け入れがたいものだった。その可愛い弟がミリュウにとっての大切なひとを傷つけるかもしれないのだ。もちろん、ルクス=ヴェインにその気はないのだろう。

 しかし、ひとを傷つけるのは必ずしも悪意や害意があるからではない。他意がなくとも、怪我をさせてしまうことくらいある。特にふたりは召喚武装を展開している。それは本来、とてつもなく恐ろしいことなのだが。

 ルクスが地を蹴って後ろに飛ぶと、セツナは飛び散る泥の中を突っ切って追撃をかけた。泥が彼の頬や服にかかるが、彼は気にしていない。ルクスに肉薄するも、不意に動きを止める。瞬間、碧い斬撃が彼とルクスの間を薙いだ。剣風がセツナの髪を揺らす。

「いい判断だ。だけど、それじゃあ俺を捉えることはできない」

 再び、ルクスが地を蹴る。セツナの右方向に彼の肢体が飛んだ。軽くしなやかな動きは、ミリュウが見ても惚れ惚れするほどだ。悪感情を通して見てもそう感じるということはだ。彼に悪意がないものがみれば、それは素晴らしい剣技、体術に見えるに違いなかった。彼がルクスの師匠に選ばれるのもわからなくはない。

「でも、あれが師匠なのはねえ……」

「彼のおかげでセツナは強くなっていっているのよ。間違いなく、ね」

 ファリアはそういってきたが、ミリュウは目を細めるにとどめた。それはつまり、セツナがルクスに師事しなければ、もっと弱かったということにほかならない。黒き矛の力に頼りきりだったということだろうか。

 彼の境遇を考えれば、理解できないことではないが。

「わたしなら、もっと強くできるわよ」

「確かにそうだろうな。だが、強くなる前にセツナが壊れるだろう」

 口を挟んできたのはカイン=ヴィーヴルと名乗る男だった。右腕を失った男の姿は痛々しいにも程が有るのだが、化け物染みた仮面と合わせて見ると、不気味な存在としか映らない。

 仮面の奥の瞳を見遣るものの、なにを考えているのかはわからない。

「それではつまらん」

「あんたを喜ばせるつもりはないわよ。それにあたしがセツナを壊すわけないでしょ」

「どうだか。あの男に学んだ通りに教えるということは、人間性を破壊するということだ。耐えられなければ壊れ、耐え抜くことができたとしても、人間で在り続けられる保証はない」

 金属同士の激突音が響く。

 セツナの黒き矛とルクスの碧い剣がぶつかり合ったのだろうが、ミリュウはそちらに目を向けることはできなかった。カインの目を見据えている。彼の顔を覆い隠す異形の獣の仮面は、彼の正体のみならず、感情の揺らぎすら隠しているのかもしれない。

 彼の正体は、知っている。ランカイン=ビューネル。五竜氏族の一、ビューネル家の人間であり、ミリュウとは五竜氏族としての繋がりがあるだけではなかった。彼は、ミリュウより先に魔龍窟に落とされた、いわば先輩なのだ。

 もっとも、魔龍窟が本格的な地獄へと成り果てたのは、ミリュウがクルードやザインたちとともに落とされてからのことであり、ランカインたちの時代は、比較にならないほど緩やかだったらしいのだが。

 それでも、多数の犠牲者は出ていたようだし、ランカインの人格も狂っていたようだ。魔龍窟での初対面のとき、彼の目はとっくに正気を失っていたのだ。そして、十年の月日が、ミリュウたちからも正気を奪い、狂気を育ませていった。

 父への復讐だけが生きる目的となった。そのためならば生きていけた。地獄を生き抜き、いつか、あの忌まわしい存在への復讐を果たすのだ。

 そう想って、戦い抜いてきた。

(いまは、どうかしら?)

 自問する。

 いまでも、復讐は果たすべき目的だった。それ以外のすべてが余事だと言い切れる。ただひとつを除いて。

(ただひとつ)

 ミリュウは、視線をカインからセツナに移した。黒き矛を手にした少年は、常人の目では追い切れないほどの速度で地を駆け、飛び、矛を振るい、突き、ルクス=ヴェインとの訓練に興じている。互いに傷ひとつついていない。

 ただ、泥まみれだ。ぬかるんだ地面の上、よく転ばないものだと感心するのだが、ふたりにとって、そんなことはどうでもいいことに違いない。強力な召喚武装を手にしているのだ。ぬかるみくらい、なんということもないのだろう。

 剣と矛の衝突音が大気を震わせ、火花が色を添えた。

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