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第三百三十八話 遠い願い(四)

「確かにね」

 グラハムのいいたいこともわからないではない。

《白き盾》の幹部の中で常に真面目くさった顔をしているのは、グラハムくらいのものだ。ウォルドはよく冗談をいうし、酒を飲めば羽目を外す。マナもよく笑う。イリスはウォルドの冗談に付き合うくらいには打ち解けている。スウィール老人だって、真面目なだけではない。冗談もいうし、ウォルドたちと馬鹿騒ぎをすることだってあった。

 グラハムだけが、幹部連中の中で浮いていた。いや、幹部の中だけではなく、《白き盾》という組織の中で浮いているのかもしれない。それは、彼が仲間になった経緯も大いに関係するところではあるだろう。

 なにせ、彼は団長であるクオンを抹殺しようとしたのだ。

 詳細を知らない末端の団員はともかく、幹部やそれに近いものたちにしてみれば、簡単に気を許すことができないのは当然だった。内部に潜り込んできた敵かもしれない、という疑いは、すぐに晴れるわけもない。いつまたクオンに刃を向けるとも限らないと考えれば、グラハムに対する態度が硬化するのも必然だろう。自然、彼が《白き盾》に馴染めない。

 しかし、クオンは彼を疑ってなどいなかった。全面的な信頼を置いているわけではないにせよ、彼の言動に嘘や偽りがないことはわかった。彼がクオンを殺そうとしたことは勘違いに端を発するものであり、敵意や悪意があってのものではなかったというのも大きいだろう。

 彼は啓示を得たが、そのとき、天意によって示された“魔”はクオンではなかった。それだけのことだ。彼による暗殺未遂では、怪我人ひとり出ていないのだ。彼を恨む道理はない。グラハムを受け入れることを決めたとき、さすがのウォルドたちも驚きはしたが。

 イリスという前例がある以上、彼らにもなにもいえなかっただろう。イリスは、クオンの元に差し向けられた暗殺者だった。そんな彼女も、いまでは《白き盾》最強の戦士であり、組織にも馴染んでいる。グラハムもいずれは《白き盾》の空気に慣れることだろう。

 クオンはグラハムが近づくのを待ってから、口を開いた。

「セツナが目覚めたのかな」

 つぶやくと、グラハムははっとしたような顔をした。即座に頷いてくる。

「……よくご存知で」

 今度はクオンが驚く番だった。

「本当に?」

 当てずっぽうでいったわけではない。グラハムがテントに戻ってきたということは、なにかしらクオンに伝えたいことがあったからだろうということは想像に難くない。しかし、このガンディア軍の野営地において、クオンの耳に入れておきたい情報などそうあるものではない。軍議が終了し、今後の作戦における《白き盾》の役割が決まったのだとして、グラハムが知らせに来るだろうか。ガンディア軍の幹部がやってきそうなものだし、そもそも、グラハムとウォルドのふたりで対応してくれるだろう。

 では、彼がここまで足を運ぶようなこととはなにか。

 クオンにとっての重大事があったのだ。そしてそれは、セツナの容態に関することだということは、グラハムならば理解しているだろう。セツナ=カミヤという少年がクオンにとって大切な人物なのは、グラハムのみならず、《白き盾》の幹部ならば周知の事実だ。彼とどのような関係だったのかはある程度は伝えてあったのだ。

 決して、長い付き合いではない。たった数年。されど数年。ウォルドたちのように、わずか半年で気の置けない間柄にだってなれるのだ。数年もあれば、もっと深くわかりあうことも不可能ではなかったはずだ。

(わかりあえはしなかった……かな)

 悲しいが、それが現実なのだろう。クオンは彼のことをわかりたかった。わかるための努力をしたつもりだった。しかし、クオンの想いが空転していたのは、間違いない。この異世界にきて、彼と離れて、ようやく理解したことではあるが。

 伸ばした手は、空を切っていた。

 彼は、救いなど求めてはいなかったのかもしれない。

 セツナがクオンのことを本当はどう思っていたのか、想像することも難しい。卑屈な笑み。捨てられた子犬のような、虚ろな笑顔。彼のことを想うたびに脳裏を過ぎるのは、セツナの心を隠していた仮面だった。

 ひとは、いくつもの仮面を被って生きている。対する相手に応じて、状況によって、感情の変化によって、無限に付け替えられる仮面の数々。それもまた、心の一部なのかもしれない。しかし、セツナがクオンに見せていた笑顔は、彼が自衛のために生み出した仮面としか考えようがなかった。

 だからこそ、クオンは、セツナを救いたかったのだ。護りたかったのだ。彼の孤独な魂を癒してあげたかった。それだけがクオンの願いだった。望みだった。一時はそれ以外のことは考えられなかった。やがて、彼の居場所になってあげようとクオンは想った。ただ側にいて、彼に害をなすものの盾となった。

 けれども、クオンはセツナの特別にはなれなかった。

 居場所にもだ。

 セツナは、クオンと離れることで、ようやく自分の居場所を見つけたようだった。彼には仲間がいた。この異世界に投げ出されてもなんとか生き延び、気の置けない仲間を見つけたのだ。クオンと同じだ。同じように出会いに導かれ、歩んできたのだ。彼は以前とは見違える顔つきをしていた。彼は変わった。

 クオンは、どうだろう。

「はい。セツナ・ゼノン=カミヤ殿が意識を取り戻したのは間違いありません」

「そうか……良かった」

 ほっとする。シールドオブメサイアのいっていた通りだ。彼女がなぜ、現実世界の情報を知り得たのかはわからない。が、彼女の告げてきたことは事実だったのだ。そして、セツナが意識不明の状態から回復したということは、この野営地を引き払うことになるのも近いということだ。これも、彼女の言ではある。

 また、戦いの中に身を置くことになるのだ。

 セツナは、ガンディアの最高戦力だ。王宮召喚師。王立親衛隊《獅子の尾》隊長。黒き矛の武装召喚師。あるいはただ単に黒き矛。

 彼の立場を示すいくつかの言葉は、彼がガンディアにとっていかに重要な人物であるかを表している。

 王宮召喚師という耳慣れない名称は、彼のために創設された官位、官職だといい、ガンディア王がセツナの戦功に報いるために腐心している様子が窺える。その上で、王の傍らに置いておくために王立親衛隊長として抜擢したに違いない。

 十七歳の少年には重すぎる立場だと思わないではないが、この世界とあの世界の常識を一緒にしてはいけない。

 ここはイルス・ヴァレ。なにもかもがよく似た、けれどもまったく異なる世界だ。

 セツナの大抜擢は、彼の戦果を考えれば妥当なのかもしれない。クオンは彼の活躍のすべてを知っているわけではない。バルサー要塞の奪還に多大な貢献をし、ログナー戦争でも勲一等の働きをしたというくらいだ。

 それだけでも十分すぎる活躍なのだが、どうも、それだけではないらしいということまでは掴んでいた。が、それ以上の情報を得るには、ガンディアという国の内部に入るしかないといい、そこまでする必要も価値もなかった。

 外から得られる情報だけでいい。

 セツナが苦しんでさえいなければいい。彼が健やかに生きているということさえわかれば、クオンとしては満足だった。

 戦争においてもっとも過酷な戦場に差し向けられる立場だとしても、生きているのだ。そして、セツナにはだれにも負けない力がある。

 黒き矛。

 あるいはカオスブリンガー。

 ガンディアに数々の勝利と栄光をもたらしてきた召喚武装は、いまや、近隣諸国に恐るべき存在として認知されていた。ガンディア躍進の象徴は、隣国にとっては忌避すべき災厄以外の何者でもないのだ。

 それだけの力を持ってしても、ドラゴンには勝てなかった。その事実は驚嘆に値するのだが、同時にクオンたちの判断の正しさを証明するものでもあった。あのまま戦っていても埒が明かないどころか、シールドオブメサイアの能力を模倣した怪物に押し負けていただろう。

 ドラゴンの防壁が消滅する前にクオンの精神力が消耗され尽くすのは目に見えていた。あれほどの巨体だ。生命力も精神力もクオンとは比較にならないに違いない。もちろん、人間と同じように考えるのは愚かなことかもしれない。

 しかし、いや、だからこそ、だ。

 ドラゴンは、模倣した召喚武装の能力を行使するために精神力を消耗しているのかも不明なのだ。なにかを消費しているわけではないのかもしれない。なにもかもが規格外の存在だ。それくらいあってもおかしくはなかった。

 ふと見ると、グラハムが、なぜか困ったような顔をしていた。クオンが考え込みすぎていて、話を続けにくかったのかもしれない。

 クオンは苦笑を浮かべると、グラハムに言葉を促した。

「セツナ殿なんですが……いまでは元気に飛び回っていますよ。心配するほどのことではなかったようですね」

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