第三百二十九話 賑やかな奴ら
「……なんていうか、賑やかな面々ですなあ」
ルクスは、後ろ頭に手を組みながら一同を見回している。賑やかな面々に自分が数えられていることが甚だ不可解ではあったが、他人の考えなど理解できないのが常なのだ。彼が勝手に思い込んでいるだけともいえる。放っておけばいい。
しかし、カインの考えを代弁してくれるものがいた。
「それをおまえがいうのか」
「君がいえた台詞ではないでしょうに」
シグルドとジンだ。
団長と副長の発言には、さすがのルクスも表情を強張らせたようだが。
「……なんか最近、厳しくないですかねえ?」
「おとなしく療養をしてろっていう俺の命令を無視したのはどこのどいつだ?」
「えー……と」
「無理をして戦闘に参加して醜態を晒さなければいいんですが。《蒼き風》の評判にも関わる問題ですし」
「うぐぐ……」
「あんたらも十分賑やかじゃないか」
じゃれ合っている傭兵たちの様子に、カインは冷ややかなまなざしを投げた。これでは話が一向に進まない。彼としては、天幕の前で時間を潰したくはなかった。戦闘まで暇ではあるのだが、かといって、無駄なことで時間を費やしたくはないのだ。
「否定はしねえさ。傭兵が辛気臭くても仕方がねえだろ」
シグルドが歯を見せて笑いかけてきた。野性的な笑みの奥底に獰猛な獣の本能を覗かせる。牽制されているのがわかって、彼は胸中で苦笑した。
「そういうものか」
「そういうもんさ」
「あのねえ……」
なにやら怒気をはらんだミリュウの声に振り返ると、赤毛の女は組んでいた腕を解き、胸を張って腰に手を当てていた。さすがにザルワーンの貴族たる五竜氏族の血を受け継ぐだけあって、非の打ち所のない容姿といってもいいだろう。時代が時代なら見目麗しい姫君として、民衆から憧憬と羨望の視線を集めたことは疑うべくもない。
彼女の不幸は、当時の国主がマーシアスであったということだ。マーシアス=ヴリディアが支配者でさえなければ、魔龍窟は存在しなかったかもしれず、また、存在したとしても、五竜氏族の子女を武装召喚師に育て上げようという発想には至らなかっただろう。まず間違いなく、彼女はリバイエン家の姫君として、栄華に満ちた人生を歩めたはずだ。
それはランカインとて同じなのかもしれないが、彼には同じものとして考えることはできなかった。ランカイン=ビューネルが壊れていたのは、最初からではないのか。
彼はいまや、そんな疑問を抱くようになっていた。
ミリュウが、傭兵のみならずカインたちまでも睨めつけてきた。
「あんたたち、さっきからあたしのことを無視してない?」
「そりゃあ、捕虜だし。捕虜の言い分なんて聞く必要があるのかという疑問がだね」
「……あたしは確かに捕虜だけど、セツナはあたしのものなんだからね」
「どういう反論なんだか。それに、そんなことをいうなら、セツナは俺の弟子なんだけどね」
「へ、弟子……?」
にやりと笑ったルクスの発言に、ミリュウは衝撃を受けたようだった。彼女の驚きぶりにルクスは勝利を確信したかのように笑い、シグルドが大きくうなずいて彼の発言を肯定する。
「ああ、こいつは、ルクス=ヴェイン。こう見えてもガンディア王国王宮召喚師、王立親衛隊《獅子の尾》隊長セツナ・ゼノン=カミヤの師匠なんだよ。陛下直々の依頼でな」
「セツナの師匠ぉっ!?」
素っ頓狂な声を上げ、間の抜けた表情を晒すミリュウを横目で見遣りながら、カインは肩を竦めた。さっきまで勝ち誇っていたルクスが思わずうなるほどの反応は、ミリュウにとって信じがたい事実を突きつけられたからなのだろうが、それにしても耳に痛い叫び声だった。
「そんなに驚くほどのことかな……」
「こんなのが!?」
「こんなのってなんだよ……」
「いやいやいやいや、ないわ、ない。ありえないわよ! あたしのセツナの師匠がこんなのなんて!」
(あたしのセツナ、か……)
カインは、いまにも暴れ出しそうなミリュウの様子に辟易しながら、彼女の発言を胸中で反芻した。普通なら、別段おかしい発言とも思わないような言葉だ。しかし、彼女の立場を考えれば、それがいかに狂った言動なのかがわかるというものだ。
ミリュウは、つい数日前までガンディア軍の敵だったのだ。ザルワーンの武装召喚師として西進軍と戦い、敗れたのが彼女だ。セツナに敗れ、捕虜の身となったミリュウがどういう理由で彼を自分のものといっているのかは、カインには理解できない。捕虜となってからセツナとなにかがあったのだろうことは想像に難くないが、そんなことを推察していても仕方がない。
セツナと彼女の関係など、カインには興味のないことだ。カインが興味を持つとすれば、ミリュウ自身の技量であり、戦闘者としての実力のほうだ。彼女は十年もの間、魔龍窟で鍛えあげられた武装召喚師なのだ。並の戦士では太刀打ち出来ないのは間違いないし、カインとも張り合えるかもしれない。
もっとも、魔龍窟の武装召喚師が戦った場合、勝敗を分けるのは、往々にして選択した召喚武装の相性によるところが大きいのだが。
魔龍窟の武装召喚師は、同じ術式を学び、同じ召喚武装の使い方を叩き込まれる。竜人で基礎を学び、魔竜公や地竜父、火竜娘で訓練を積む。天竜童、幻竜卿、光竜僧、双竜人といった扱いの難しい召喚武装を使いこなせたものはそう多くはなかった。そして、使いこなせなければ死んだ。そういう世界だった。
「酷いいわれようなんですけど」
ルクスの憮然とした一言で、カインは、現実に呼び戻されるという感覚を味わった。状況はなにひとつ変わっていない。ミリュウはさっきのまま凍りつき、ウルはやれやれとため息を浮かべ、“剣鬼”は納得しがたいといった表情だ。それに対して、彼のふたりの上司はというと、
「まあ、そうなるわな」
「ですね」
だれひとり否定しないところを見ると、ルクスは、傭兵団の中でもそのような扱いなのかもしれない。
「なんで納得しているんだよ! 団長も! 副長も!」
「いやだって、なあ」
「ええ、ねえ」
団長と副長が気まずそうに目を合わせるのを見て、カインがふたりに代わって告げてやった。
「そんな格好をしていれば、な」
「格好……? む……」
彼は、自分の両手両腕を見回して、言葉を失ったようだ。手も腕も包帯を巻きつけられており、これまでの戦闘で多大な負傷をしてきたというのがよくわかる姿だった。“剣鬼”ルクス=ヴェインの勇名を知らない人間からしてみれば、敗残兵にしか見えないといっても過言ではない。戦地である。小綺麗な格好をしているわけでもないのだ。それが余計に彼の姿を無残なものに見せている。
とても、黒き矛のセツナが師事するような人物には見えなかった。ミリュウがセツナにどんな幻想を抱いているのかはともかくとして、一見した限りでは、ルクスの格好は王宮召喚師の師匠に相応しいものとは思えない。もちろん、ここが戦地であることを考慮すれば、黒き矛の師匠が傷だらけであっても不思議ではないのだが、それとこれとは別の話だ。
「さっきからうるさいわよ、なんなの、もう……ってあら?」
「あれ? 揃ってどうしたんです?」
男女の声に振り向くと、ファリア=ベルファリアとセツナ・ゼノン=カミヤが、天幕の内側から顔を覗かせたところだった。ふたりともそっくりな表情で、こちらを見ていた。ミリュウの大声に飛び出してきたのだろうが、天幕の前に集った面々に面食らったのかもしれない。
カインがここにいるという事実だけでもセツナとしては驚愕に値することかもしれないのだ。ウルはなぜかカインについてきていたし、《蒼き風》の幹部も顔を揃えており、彼の理解が追いつかなかったとしてもおかしくはなかった。