第三千二百六十五話 魔軍(五)
「これは……どういうことなのでしょう?」
ミドガルドが口にしたのは、純粋な疑問だった。
戦況は、こちらが押されていたはずだ。
それが突如どこからともなく出現した第三勢力の介入によって、激変したのだ。
たった六名の第三勢力。
その六名は、およそ人間とは想えない圧倒的な力を持ち、ネア・ガンディアの艦船をつぎつぎと撃沈させるだけでなく、神兵の群れを薙ぎ倒していった。
「彼らには見覚えがあります。確か、聖皇六将といったはず」
「聖皇六将……あれが……」
聞き覚えはある。
かつて、ガンディアに在った頃、マルディアの戦場に現れた戦鬼グリフがそう呼ばれていた。聖皇に仕えた六名の将のことだが、その記録はほとんど失われ、現代には伝わっていなかった。ミドガルドが知っているのは、聖皇六将のことを知るものがいたからだ。
ただし、深くまで聞いたわけではなかった。聖皇六将全員の外見的特徴など知っているはずもなく、たとえ知っていたとしても、赤黒い衣を纏う六名からそうと察するのは不可能だっただろう。
ミュザ神がどのようにそう判断したのか、不思議だった。
「ええ。彼らが聖皇六将に間違いありません。巨人属の末裔など、グリフを除いてほかにいないのですから」
ミュザ神がいう巨人属の末裔とは、六人の中で一際目立つ巨躯を誇る人物のことだろう。全身を覆い隠す赤黒い衣を纏っていても、その異様なほどの巨大さだけは隠し通すことはできないようだった。
故に、ミュザ神にも彼がなにものなのかはっきりとわかるのだろう。
戦鬼グリフの巨躯については、セツナたちから散々聞いていた。圧倒的な力を持ち、セツナと何日にも渡って死闘を繰り広げた、とも。
「そして、グリフがともに戦うものなど、聖皇六将の面々を除いてはいないでしょう」
「なるほど……」
納得するが、同時に疑問も湧く。
「しかし……だとすれば、なぜ、ここに?」
ミドガルドが問うたのは、聖皇六将が死んだという事実をミュザ神らから聞いているからだ。
聖皇六将のうち、レヴィアを除く五名は、およそ五百年の昔から今日まで生き続けていた、という。それも聖皇を裏切り、聖皇を殺したことで、聖皇によって不老不滅の呪いをかけられたかららしい。
しかも、ただ不老不滅の呪いをかけられただけではないのだ、という。
グリフが不眠の呪いをかけられていたように、ロウには彷徨の呪いが、エルには沈黙の呪い、ミィアには永眠の呪い、ザグには忘却の呪いがかけられていたという。
レヴィアはというと、記録の呪い、らしい。
なぜ、ミュザ神がそのことをよく知っているのかといえば、皇神だからだ。聖皇に召喚された神々は、聖皇が六将によって殺されるまで聖皇に仕えていたのだ。いや、聖皇の死後も、聖皇に隷属している、といっても過言ではない。
聖皇との契約は、いまもなお効力を発揮している。
だからこそ、この世界に縛り付けられているのだから。
ミュザ神たち皇神がなぜ聖皇の死を止められなかったのかといえば、聖皇六将が神々をも出し抜くように上手くやったからであり、神々も、六将を止められなかったことを悔やみ、また、六将を大いに恨んでいた、という。
そのため、聖皇の死後、神々がまずやったことはというと、六将に対する苛烈なまでの報復であり、それによって、六将が不老不滅の存在へと変わり果てていることを知ったというのだ。
何度殺しても死なず、元に戻る彼らに対し、やがて神々も手を引いた。
六将への報復よりも、将来、聖皇が復活するときのために行動を起こすほうが重大であると気づいたからだ。
そんな不老不滅の彼らがなぜ死んだのかといえば、聖皇復活の儀式を食い止めようとしたからであり、その成功とも失敗ともいえぬ結果によって、彼らは、ようやく死ぬことができたのだ。
それは、数百年、大陸をさ迷い続けた六将たちにとって喜ぶべき結果だったのか、どうか。
そして、そのようにして消滅したはずの彼らがなぜ、いま、ミドガルドたちを味方しているのか。
「それは……わたくしにもわかりません。死んだはずの彼らがどうしてここにいるのか」
「蘇ったのですか?」
「いえ……そうではありません。彼らは死者です。間違いなく」
「死者……」
ミドガルドは、映写光幕に映し出された聖皇六将の戦いぶりを見遣りながら、ミュザ神の言葉を反芻した。とても死者とは思えないような戦いぶりだった。
撃沈された船の中から現れた神々を相手に大立ち回りを演じているのだ。
とてもではないが、並の死者にできることとは思えない。
「死者が生者の世界に現れるなど、あっていいことではありません」
『とはいえ、戦力として期待できそうだぜ、ありゃあ』
「それはそうですが、理に反します」
『理に従った結果、獅子神皇に支配されるのは簡便願いたいがな』
「……その通りですね」
ミュザ神がなにかを諦めたかのように、告げた。
「致し方ありません、同志ミドガルド。彼らの協力を仰ぎ、この戦いを勝利に導きましょう」
「ええ。では、そのように」
ミュザ神の出した結論に、異論はなかった。
聖皇六将が死者であれなんであれ、現状、こちらに味方するかのように振る舞い、ネア・ガンディアと戦っているのだ。たとえミドガルドたちの味方ではなくとも、ネア・ガンディアを共通の敵とするのであれば、協力の道もあるはずだ。
そして、そのほうが遙かに勝算が高い。
「聞こえますか、六将の方々」
ミュザ神が呼びかけると、反応はすぐにあった。
『ああ、聞こえるとも聞こえるとも! 聖皇に付き従った愚かな神々の末路の嘆きがな!』
嫌味たっぷりに返事をしてくるのも無理からぬことだ、と想ったのは、彼らがネア・ガンディアの神々と激闘を繰り広げている最中だからだ。
無論、ミドガルドを乗せた魔晶船仮称二号とて、非戦闘状態ではない。戦場にあり、ネア・ガンディア軍との戦闘に参加しており、ときに艦載兵器を使っては攻撃し、あるいは戦場全体を見渡し、魔晶兵器や魔晶人形たちに指示を下しているのだ。
しかし、だからといって激戦の最中に呼びかけて、いい顔をしてくれるはずもないのだ。
『まったくどういうことだ? 互いにあいつと契約を結んだもの同士、なぜ相争っている? どうせなら、あんたらも敵になってくれたほうが愉快痛快爽快なんだがな!』
激しい男の声音には、多分に怒気が含まれていた。皇神へのただならぬ怒りや恨みは、聖皇に対する複雑な心境を窺わせる。
『ロウの発言は聞き流してくださって結構ですわ』
『なんだと、エルてめえっ!』
『わたくしたちと協力しようというのでしょう? 異世界の神々よ』
「ええ、その通りです。わたくしの名は、ミュザ。確かに聖皇と契約し、現在もその契約に縛られてはいますが、獅子神皇は聖皇ではありませんから」
ミュザ神がほっとしたような表情を見せたのは、話のわかる相手が会話に割り込んできてくれたからだろう。
ミドガルドも、立ちこめ始めた暗雲が払われた気になった。
『だから、奴らと戦うって? はっ』
『それならば、わたくしたちとともに戦いましょう』
『なに勝手に決めてんだ!?』
『エルに賛成』
『ミィア、てめえ!』
『それがわたしたちがここにいる理由……でしょ?』
『……そりゃあそうだが』
『というわけですわ』
エルと呼ばれた女は、そういって話を打ち切った。
「どういうわけなのかわかりかねますが……まあ、構いませんか」
「ええ、そうですね」
ミドガルドは、ミュザ神と顔を見合わせて、苦笑した。
聖皇六将は、どうやら極めて個性的な面々ばかりのようだった。




