第三千二百話 激戦のザイオン(八)
状況は、変わった。
艦隊の地上への砲撃に対する回避手段が確立されたことにより、帝国軍将兵が砲撃に巻き込まれる可能性は皆無となったのだ。
陣地こそ砲撃の直撃を免れ得ないものの、そもそもがこの戦いのための仮設陣地ばかりだ。この戦いの中で壊滅するようなことがあったとしても、なんの問題もなかった。
むしろ、戦後処理のことを考えると、陣地だけを消し去ってくれるということは感謝してもいいくらいだ。
などと楽観的に思えるのは、これで帝国軍将兵が砲撃によって殺されることも、神人化することもなくなったからであり、また、戦神盤の能力を最大限に発揮できるようになったからだ。
本来、戦神盤の能力を用いれば、効果範囲内にいる味方を自由自在に移動させることができるのだが、それがいまのいままでできていなかった。
というのも、ニーウェハインがニヴェルカイン神を通しラミューリンとの意識の融合を試みていたからであり、それによってより的確に戦神盤の駒を操り、自軍将兵の動きを制御するためだ。
そして、そのことにより、敵艦隊の砲撃への対処も可能となったのだ。
意識の融合とやらのために要した時間は、無駄にならなかった。
砲撃を回避することも、激戦地に戦力を集中させることも、瞬時に行うことが可能となったのだ。
ディヴノアを中心とする大防衛網の中に現れた神人を討滅するべく、必要なだけの戦力が動かされ、各地で激しい戦いが繰り広げられ始めている。
神人の圧倒的生命力に押されていた各所の戦闘も、味方戦力との合流によって大きく盛り返すことだろう。
そして、ランスロット率いる兵装召喚師団が空中艦隊を壊滅せしめれば、この戦い、勝ったも同然ではないか。
ランスロットは、そんな興奮の中で召喚兵装・“光神”を制御し、空中を飛び回りながら、敵戦艦への攻撃を開始していた。
ネア・ガンディアの空中艦隊は、飛翔船のみで構成されているわけではない。大型飛翔船以上の規模を誇る空中戦艦が、大小含めて多数、存在していた。
最大規模の戦艦は、さながら空中を移動する要塞のようであり、船体の各所に発生する無数の飛翔翼を羽撃かせるその姿は、神々しいというよりは異様であり、圧倒的というほかなかった。
しかも、船体各所に設けられた神威砲による弾幕は物凄まじいものであり、その戦艦に接近することも困難どころか、別の戦艦への接近さえも阻害された。
戦艦の大きさは、三階級くらいあるようだった。
もっとも小さな戦艦でも、大型飛翔船と比べると遙かに巨大であり、見た目も大きく違っている。飛翔船は、川船を元にしたような形状であるという点では、帝国の軍船に似ている。もちろん、そこからさらなる改良を加えられているのが飛翔船であり、海上を移動することしかできない軍船とはなにもかもが違うのだが。
一方、戦艦と帝国軍が認識しているそれらは、船とはあまりにもかけ離れた存在だった。まさに空中移動要塞と呼ぶに相応しい威容であり、異形なのだ。
船と呼ぶにはなにかがおかしい、そんな印象を受けるそれらの撃滅こそ、ランスロットたち兵装召喚師に課せられた使命であり、飛翔船の撃沈は、そのための露払いに過ぎない。
ランスロットを含めた四十一名の兵装召喚師の活躍により、中型、大型の飛翔船は、ほとんどが空中で爆散し、ばらばらになって海に沈んでいった。
残すはわずかばかりの飛翔船と、大中小の戦艦のみだ。
戦況は、一変した。
当初こそ苦境に立たされたのかと思われていた帝国軍だが、いまやネア・ガンディア艦隊を追い詰めているのだ。
戦艦をすべて撃滅すれば、さしものネア・ガンディアも退散せざるを得まい。
ランスロットたちは、俄然、やる気を出した。
そのときだ。
「ランスロット様、あれを!」
「ああ、見えているよ」
部下からの警告は、大型飛翔船の艦隊からの離脱だった。二隻の大型飛翔船が、全速力で激戦の空域から離れようとし始めたのであり、その移動先は、どう見てもディヴノア方面だった。
帝国の地上戦力を攻撃するために違いない。
が、それも無意味だ。
既に十名の兵装召喚師が動いている。複数の召喚武装の融合による圧倒的な力を得た十名は、空中にあざやかな軌跡を描き、大型飛翔船に殺到した。遠方から攻撃するもの、至近距離から攻撃するもの、様々だが、その火力たるや凄まじいとしかいいようがない。
しかし、飛翔船は、防御に専念することでそれらの攻撃を耐え抜いて見せた。船体を覆う防御障壁を突破するには、召喚兵装といえど、簡単なことではない。
これまで多数の飛翔船を撃墜してこられたのは、飛翔船がこちらを迎撃するべく、攻撃に転じていたからだ。結果、防御障壁を維持することができず、こちらの攻撃を受ける羽目になった。
そのために多数の飛翔船が跡形もなく消し飛んだのであり、防御に専念されれば、さすがのランスロットたちでも一筋縄ではいかない。
「第十から第十五小隊は、あの船を追え。船が防御を解いた瞬間、なんとしても撃ち落とすんだ」
『了解!』
「残りは、戦艦への攻撃に集中する!」
『はっ!』
威勢のいい兵装召喚師たちの反応は、いままさに勝利への道程の真っ只中にいるという昂揚感から来るものだろう。召喚兵装の力に満たされているというのもあるだろうが、それ以上に、圧倒的火力を誇る敵艦隊の船をいくつも撃墜してきた事実が、全員を興奮させ、昂揚させるのだ。
ランスロット自身、こうまで圧倒的な戦果を上げている以上、興奮せざるを得ない。
後は、戦艦だ。
しかし、これが難敵であることは、近づくまでもなく明らかだった。
多数の戦艦が集合している様は、複数の要塞が空中で寄り集まっているかのようであり、そこから絶え間なく吐き出される砲弾の数々は、回避に専念しなければ直撃をもらうこと間違いない。
仮に物凄まじい弾幕を縫って接近できたとして、攻撃に転じられるかというと、難しいところだ。
多数の戦艦は、それぞれがそれぞれを補い合うようにして砲撃を行っており、ランスロットたちを寄せ付けようとしないのだ。
とはいえ、それはつまり、戦艦が防御障壁を展開していないということを意味しており、その事実こそ付け入る隙なのではないか、と、ランスロットは考えた。
飛翔船にせよ、戦艦にせよ、攻撃を行うためには、防御障壁を解かなければならなかった。防御障壁の内側から砲撃を行えば、砲撃が防御障壁に直撃し、敵を攻撃するどころか自分たちを攻撃してしまうからだろう。
そのために砲撃中は無防備であり、常に砲撃をし続けている戦艦は、遠距離攻撃の的といっても過言ではなかった。
ただし、弾幕の射程外から戦艦を撃ち抜くなど、だれにもできることではない。
(つまり、俺の出番ってわけだ)
ランスロットは、弾幕を逃れるようにして戦艦から離れると、三十数名の兵装召喚師たちのうち、数名が同じように離脱していく様を見た。彼と同様の結論に達したのだろうし、遠距離攻撃を得意とする召喚兵装なのだろう。
召喚兵装は、複数の召喚武装を組み合わせたものだ。当然、組み合わせた召喚武装の数や種類だけ攻撃手段があるのだが、とはいえ、あらゆる種類の武器を身に纏うということはありえない。
通常の兵装召喚術ならばまだしも、複式兵装召喚術の場合は、特にそうだ。
制限があるのだ。




