第三千百九十七話 激戦のザイオン(五)
召喚兵装“光神”は、ランスロットが古くから愛用する召喚武装ライトメアを軸とする召喚兵装だ。
弓銃型召喚武装ライトメアの性能を最大限に発揮するべく、機動性と防御能力を追及した兵装であり、隊員であるシリル=ウェズ、ハーレル=ケンウッド、ドロシー=ミニョン、マリス=ニゾールの召喚武装が組み合わさっている。
以前ランスロットが個人で用いた召喚兵装と大きく異なる構成であり、故に姿形も大きく違っている。まったくの別物といってよく、荘厳な全身鎧を纏い、巨大な環を背負っている上、環から光を発生させる様は、神々しいとさえいってよかった。
故に、彼はこの兵装を“光神”と名付けた。隊員たちにも評判のいい命名だが、これにも理由がある。
召喚武装が命名によってその力を大いに発揮するように、召喚兵装もまた、命名によって定義づけることで、組み込まれた召喚武装の一体感が生まれ、より大きな力を発揮できるようになることがわかったのだ。
そして、以前と異なる最大の点は、ランスロット自身の負担が少ないことだ。ひとりで複数の召喚武装を呼び出し、維持するということは、それだけ消耗が激しく、負担も大きい。それに比べて、複式兵装召喚術は、普通に召喚武装ひとつ呼び出し続けるのと変わらず、それだけに身も心も軽かった。
これならば、かなりの長時間、戦い続けることが可能だ。
“光神”は、遠距離攻撃に特化した召喚兵装であり、本来であれば、これほどまでに接近する必要がない。
しかし、相手が相手だ。飛翔船も戦艦も、絶え間なく撃ち込まれる魔砲に対し、びくともしないのだ。
強力な防御障壁が張り巡らされている。
防御障壁を打ち破るには、それだけの威力の攻撃を叩き込まなければならないが、召喚兵装の力をもってしてもそれが可能かどうかは不明なところがあった。
しかし、艦隊の防御障壁は、常に展開されているわけではない。
砲撃を行う一瞬、その瞬間だけは、防御障壁を解除しているのだ。そうしなければ、神威砲が防御障壁に直撃し、爆発するから、なのだろう。
つまり、その防御障壁解除の瞬間を待って、遠距離から狙撃するという手もないではないのだ。が、それが上手くいくかもわからない上、敵艦隊の注目を集めたいという気持ちもあった。
つまり、ランスロットたちで艦隊の注意を引きつけ、地上への砲撃を減らすことにより、味方の被害を少なくするのだ。
実際のところ、自分たちを砲撃の的にするという作戦は上手く行っていた。地上への砲撃は、戦艦のみが行っており、飛翔船の主砲は、ランスロットたちを狙っているのだ。
そして、接近することにより、敵艦隊が迎撃のため、各種砲台を作動させなければならなくなったことは、ランスロットたちにとって好都合極まりなかった。
それはつまりどういうことか。
全砲門を開き、弾幕を張るということは、防御障壁を解除し続けなければならないということであり、ランスロットたちの攻撃を防ぐ手立てがなくなるということなのだ。
「想定通り、敵は、俺たちを撃ち落とすのに必死で隙だらけだ。各員、敵の攻撃に注意しつつ、敵飛翔船、敵戦艦を攻撃せよ!」
『了解!』
四十名の具現者が異口同音に反応するのを聞いて、ランスロットは、にやりとした。四十一もの召喚兵装が一堂に会している。その力たるや凄まじいものであると思い知らせるときがきたのだ。
敵は、ネア・ガンディア。
その戦力が圧倒的であるということは、話に聞いた通りだった。だが、だからといって、だ。
(ひとさまの国に土足で上がり込んで、調子に乗るんじゃあないんだよ!)
彼は、胸中、怒りに任せて叫ぶと、光の弾幕を掻い潜り、一隻の飛翔船に取り付いた。甲板上には、敵兵の姿があった。いずれも荘厳な甲冑を身につけた人間ばかりだったが、彼らが反応するより早く、ランスロットの“光神”が火を噴いていた。
背に負った光輪の加速によって生まれる強大な力の渦が、そのまま破壊の力となって、砲塔そのものの右腕から放出される。破壊の光は螺旋を描き、飛翔船の甲板に直撃すると、容易く突き破り、破壊の力を撒き散らすようにしてその回転を強めていく。
敵兵が悲鳴やら怒号やらを上げる中、破壊の螺旋が急激に拡大する様を見た。
が、ランスロットは飛翔船が轟沈する光景を見届けることはなかった。
別方向から飛来した砲撃を回避することに専念しなければならなかったからだ。
また、別方向では、別の飛翔船が第一小隊長アリス=ウォーロッドの召喚兵装“華斬王”によってでたらめに切り裂かれ、第四小隊長リサ=シルバーの召喚兵装“拳神”によって完膚なきまでに破壊されていた。
他方では、第二小隊長ノーラ=フォーリーンと第三小隊長カーラ=フォーリンの姉妹ならでは連携もまた、見物だった。ノーラの召喚兵装“蒼月天”が飛翔船を氷漬けにしたところに、カーラの召喚兵装“緋陽天”の超火力の一撃が叩き込まれ、大爆発が生じたのだ。
爆風が周囲の飛翔船をも揺るがす中、各小隊長がつぎつぎと戦果を上げていく様には、ランスロットも興奮せざるを得なかった。
反撃のときがきたのだ。
彼方、夜の闇が迫る空の果てに無数の光が走っている。
それが、敵艦隊が接近中のランスロットたちを迎撃していることの現れであるということは、ミーティアにもなんとはなしにわかった。
帝国が窮地に立たされるほどの戦いが再び巻き起こるということは、わかっていたこだ。覚悟していたことだ。そのために鍛錬を積み、練り上げてきたのだ。
しかし、敵が空飛ぶ船の艦隊であり、遙か彼方の上空からの砲撃で一方的な攻撃をしかけてくるとなれば、彼女たちの出番などあろうはずもない。
飛翔船に近づくことそのものは、難しいことではないはずだ。
ラミューリンの戦神盤の能力を使えばいいのだ。
戦神盤は、戦場と認定した領域内にいる自軍の駒の位置を自在に動かすことが可能であり、動かされた駒は、さながら空間転移したかのように敵陣に切り込むことも、自陣に引き下がることも可能となる。
つまり、その能力を用いれば、敵船に乗り込むことだって可能なのではないか。
とは思うのだが、どうもそういうわけにはいかないらしい。
ニーウェハインが実行に移さないという時点で、なにかしらの理由があるに違いない。
武装召喚師ではないミーティアにはわからないことであり、そうである以上、彼女には自分にできることをするしかない。
閃武卿としては、ニーウェハインの側にあって彼を護り続けたいという気持ちも強かったが、帝国軍の現状を考えれば、そうもいってはいられない。
帝国軍陣地の各所が戦場となっている。
それも敵に戦力を送り込まれたからではなく、敵軍の砲撃によって、味方将兵が敵になってしまったからだ。
なんともやるせないことであり、許しがたいことだが、こうなった以上、戦って倒すしかないというのもまた、悲しいことだ。
ミーティアを乗せた召喚車が向かった先は、本陣南東の陣地であり、砲撃を受けた陣地の中でもっとも本陣に近い陣地だった。
そのとき、北の空に凄まじい爆発の光が生じた。
夜空を灼き尽くさんばかりの勢いで広がる炎と光は、敵飛翔船が轟沈したことを示している。
「ミーティア様! あれを!」
「うん、わかってるよ」
部下が興奮する様に苦笑しながら、彼女は内心、ランスロットたちの活躍に火を点けられる想いだった。
三武卿のひとりとして、負けていられない。




