第三千百九十三話 激戦のザイオン(一)
神威砲と呼ばれる攻撃手段が飛翔船に備わっているということを、ニーウェハインたちはよく知っている。
以前、セツナ一行がニーウェハイン率いる西ザイオン帝国に協力してくれたときに説明を受けたのだ。彼らが乗っていた飛翔船ウルクナクト号は、元々、ネア・ガンディアの飛翔船であり、鹵獲し、改修したものだということだった。
それ故、飛翔船に用いられている技術はネア・ガンディアの技術であり、ネア・ガンディアの飛翔船にも当然、同様の機能が備わり、同種の兵器が搭載されているのもまた、わかりきったことだったのだ。
飛翔翼も、防御障壁も、神威砲も、すべて、ウルクナクト号にも搭載された機能であり、兵器だ。
ネア・ガンディアの艦隊が砲撃を行ってくる可能性は、十二分に考えられたことだった。
そして、そのための対抗策も、既に実施済みだった。
だが、海上から砲撃を行っていた軍船には、その対抗策が施されていなかった。それはそうだろう。対抗策たる魔光壁は、簡易拠点間に結ばれた防御障壁であり、ディヴノア近辺の陸上にのみ作用するようにできているからだ。
その代わりといってはなんだが、軍船には、小型の魔光壁発生装置が積み込まれており、戦闘開始時には機能しているはずだった。
それなのに一撃の下に撃沈したということは、敵艦隊の砲撃の威力が小型魔光壁を上回っている、ということだ。
「いまの一撃で、軍船および小型船が全滅した模様です」
「いわれずともわかっている」
ニーウェハインは、ラミューリンの報告を受けて、苦い顔をした。戦神盤の使い手たるラミューリンは、本陣の最奥に設けられた建物の中にいて、ニーウェハインら首脳陣もそこに集まっているのだ。
戦神盤がその真価を発揮するためには、広めの空間が必要だった。戦神盤から戦場の様子を投影するに足るだけの空間が、だ。そしてそのために本陣の奥にこの建物が急遽設けられたのであり、ラミューリンのための建物といってよかった。
そしてその建物こそ、いま現在、帝国軍の頭脳といっても過言ではなかった。
戦神盤は、効果範囲内の味方と敵を色分けした光点として、周囲に投影する。青い光点が味方、赤い光点が敵であり、敵の光点は北側上方に密集しているのだが、その光点の巨大さたるや、味方の光点と比べるべくもないほどだ。しかし、青い光点の中にも巨大な光点があり、それこそ、帝国の守護神ニヴェルカインであることはいわずともわかるだろう。
光点の大きさは、戦神盤が判定した戦力に比例する。
つまり、巨大な赤い光点は、それだけ凶悪な敵であることを示しているということだ。
そんなものが密集している。
対する帝国軍の光点はというと、比較すればするほど小さく感じるし、頼りげなく見えてしまう。致し方のないことだ。
相手は、おそらく神なのだ。
ネア・ガンディアに属する神々が、あの艦隊を率いている。
飛翔船は、基本的に神が操縦するようにできている、という話を聞いたことがある。小型の飛翔船となるとそういうわけでもないらしいが、中型以上の船は、おそらく神が操縦しなければならないのではないか、と、セツナたちが話していた。となれば、戦艦に神が乗っているのは間違いないだろうし、その数も決して少なくはない。
神が相手となれば、一体二体であっても圧倒的だというのに、それが四、五体以上となると、さすがのニーウェハインも顔をしかめるしかない。
元より、帝国が窮地に立たされることはわかりきっていた。
だからこそ、ニヴェルカインが警告してきたのであり、ニーウェハインは、国を挙げて戦力の充実を計ったのだ。
だが、それにしたって、圧倒的すぎないだろうか。
圧倒的に差がありすぎる。
再び、空が瞬いた。
ニーウェハインは、ふたつの視界を持っている。ひとつは、地上、帝国軍本陣に在って、戦神盤を見守るニーウェハイン本人の視界。もうひとつは、本陣上空に在って、戦場全体を見渡す守護神ニヴェルカインの視界だ。
ニヴェルカインの視界からは、敵艦隊がはっきりと見えていた。敵艦隊を構成するすべての船が一斉に火を噴くその瞬間も、ニーウェハインはしっかりと目に焼き付けたのだ。船首に備わった神威砲が一斉に砲撃を行った瞬間、艦隊周辺の空が白く染まった。
夕闇が白く塗り潰された直後、爆音が轟く。
まるで世界そのものが震えたようだった。
本陣にいるはずのニーウェハインすらもその振動を肌で感じ取れるほどの揺れ。
砲撃がどこに向かって撃ち込まれたのか、すぐにわかった。
ディヴノアだ。
ディヴノアが艦隊からの一斉砲撃を受けて半壊程度で済んだのは、魔光壁のおかげにほかならない。
ディヴノアや近辺の簡易拠点に設置された魔光壁発生装置は、召喚武装の力で防御障壁である魔光壁を発生させる代物であり、魔戦車同様、召喚車の動力機関を応用したものだ。一撃の下に吹き飛ばされた軍船と異なるのは、魔光壁発生装置同士が連携し、魔光壁の防御能力を増幅しているというところだろう。
それによって、ディヴノアは、消滅を免れている。
増幅増強された魔光壁が神威砲の威力を減衰させることに成功したのだ。が、それだけではどうにもならなかった。結局、魔光壁は突破され、ディヴノアは半壊の憂き目を見ている。
ディヴノアは市民こそ避難しているものの、帝国軍将兵が集まっていた。その多くが命を落としたと考えると、ニーウェハインも冷静ではいられなくなりそうだった。既に海軍が壊滅状態なのだ。一方的に戦力を削り取られている。
「いまの砲撃でディヴノアが半壊した」
「半壊……ですか」
「ああ。魔光壁をもってしても、一斉砲撃には耐えきれないということだ」
「では、このままでは……」
「そうだな……一方的に砲撃されて、我が方は壊滅するな」
ニーウェハインは、火を見るより明らかな結果を告げて、首脳陣の沈黙を引き出した。戦神の間に集まっているのは、帝国軍の首脳陣だ。将軍や方面軍総督たちであり、彼らの顔色が一変するのも当然のことだ。まさか南ザイオン大陸が統一して早々、二度もこのような窮地に立たされるとは、さしもの彼らも想像していなかったに違いない。
しかも今度は、セツナの手助けなしにこの窮地を突破しなければならないのだ。
ニヴェルカインの加護があるとはいえ、この戦力であの艦隊を打破できるのかどうか。
やはり、ランスロットにすべてがかかっている。
ランスロット=ガーランド。
ニーウェハインにとっては兄弟子に当たる人物であり、師イェルカイム=カーラヴィーアの秘術を受け継いだ彼こそ、この苦境を打開しうる人物なのだ。
ランスロット=ガーランドは、自身の双肩にかかる重圧に押し潰されそうになりながら、召喚車を走らせていた。
開戦早々、戦局は敵軍に傾いていた。
敵の空中艦隊への砲撃は届いても効果を発揮せず、一方、敵艦隊の砲撃は、こちらの防御手段を貫いて効果を発揮している。
その時点で戦力差は明らかであり、勝敗も明らかだ。
このままの状態で戦闘が経過すれば、敵軍が勝利するのは間違いない。
だからこそ、彼は急ぐ。
彼には、彼にしかできないことがあり、そのための準備を今日この日まで積み上げてきたのだから。




