第三千百八十八話 消滅(三)
「斯様な真似、いつまで続くかな?」
神属の一柱が嘲笑うようにいってきたが、マリクは、むしろ笑い返すほかなかった。
「いつまでだって続くさ」
東ヴァシュタリア大陸南西の海上に、彼はいる。ただのひとりではない。ネア・ガンディアの神々をその力によって拘束したまま、星空の下に浮かび続けている。
マリク自身から伸びた幾筋もの神威の光は、分霊たる七霊に繋がり、七霊から四方八方に拡散している。そしてその先には、神威の帯に拘束された神々の姿がある。別働隊の艦隊に搭乗していた神々だ。全部で十柱。機械仕掛けの女神に炎と燃える男神、荒々しい巨躯の神に草花を司る女神など、多様な姿形をしている。力量もそれぞれだ。
もっとも強大な力を持っているのは機械仕掛けの女神だが、その女神すら、七霊縛鎖陣に囚われ、自由自在に動くことができない状態に陥っていた。
とはいえ、攻撃ができないわけではない。
既にマリクは、十柱の神々から無数の攻撃を叩き込まれている。
それでも、彼は神々を離さない。
ここに拘束し、留め置くことこそ、彼の役割であり、セツナたちが勝利するために必要なことだ。
「なんたって、ぼくは神様だからね」
「漂流神風情がなにをいうかと思えば、くだらぬ」
「我らとて神なり」
「そして、数の上では我らに分がある」
「その割りには、ぼくらの拘束を解けないのは、どういうことかな」
わざとらしく挑発しながら、マリクは、神々を一瞥した。神々が怒りに震える様が七霊縛鎖陣を通して伝わってくる。
神の力量というのは、必ずしも一定ではない。
かつて聖皇ミエンディアによって召喚された神々の中でも厳然たる力量差があり、もっとも強い二柱の神と、もっとも弱い神の力の差たるや、言葉に言い表せられないほどのものだっただろう。だからこそ、二大神以外の神々は力を合わせ、ナリアとエベルに対抗しようとしたのだ。
マリクと拘束中の神々にそれほどの力の差はないとはいえ、それでもマリクの方が高位の神といってよく、故に彼は負ける気がしなかった。
ただし、無制限に拘束し続けられるわけではない。
拘束している間、力を消耗し続けている。
しかも、拘束中の神々からの攻撃を回避することもできないため、直撃を受けざるを得ず、その損傷の回復にも力を使うことになる。
力の消耗は思った以上に激しい。
このままでは、いずれ拘束し続けることもままならなくなるだろう。
だからこそ、セツナたちの奮戦に期待するほかないのだが、そのとき、マリクは、予期せぬ光景を目の当たりにした。
それまで停滞していたはずの敵艦隊が突如として動き出したかと思えば、神威砲が火を噴いたのだ。
莫大な光が遙か遠方の空域を白く塗り潰す。
その光景は、絶望的としかいえなかった。
視界が白く塗り潰されたのは、三位結界が突如として消失した直後だった。
それがなんであるか、セツナは瞬時に察した。
神威砲。
それも多数の神威砲が同時に砲撃を行ったのだ。
敵艦隊の一斉砲撃。
それは、極大の光線となって戦場たる空域を真っ直ぐに貫き、直線上に存在する敵味方すべてを飲み込んでいった。そして、大陸南西部沿岸地帯に構築された連合軍陣地へと吸い込まれるようにして直撃し、炸裂。物凄まじい爆発が巻き起こったかと思うと、衝撃波が魔晶船を激しく揺らした。
いや、激しいなどというものではない。
危うく船の上から振り落とされそうになるほどの衝撃を前に、セツナは、エリナを引き寄せるので精一杯だった。
純白の光の中で無数の命が消滅していくのが感覚として、わかる。
断末魔の叫びさえ上げることも許されないまま、数多くの命が奪われていったのだ。
光が消え去った後、セツナは、茫然とするほかなかった。
魔晶船にいるセツナたちが無事だったのは、一斉砲撃の射線上にいなかったからにほかならない。
射線上にいたものは、連合軍将兵のみならず、敵軍将兵までも巻き込まれたはずであり、艦隊指揮官の無慈悲さと勝利への執念を思い知らされるようだった。
だが。
「どういうことだ?」
セツナは、周囲を見回す中で、違和感を抱かざるを得なかった。確かに一斉砲撃があり、神威砲の破壊的な光が通過していく光景を目の当たりにしたはずだ。だというのに、神威砲が通過していったはずの空域は、なにもない空白地帯になっていないのだ。人間も竜も皇魔も神兵も、射線上にいたすべての存在が消し飛ばされたはずなのに、だ。
いや、神兵が神威砲を浴びて生き残るのはわからないではない。神兵とは、神威を浴びて誕生する存在だ。神威砲を無力化する力を秘めているかもしれない。
だが、人間や竜、皇魔がその場に滞空しているのはおかしなはなしだ。
三位結界は消滅しているし、神威砲に破壊力がなかったわけではない。
連合軍陣地は大きな被害を出していた。
ただし、それも連合軍陣地の本陣付近ではなかった。連合軍陣地の前方には、守護神の如く佇む白毛九尾の姿がある。シーラは、その全力でもって陣地を護ろうとし、実際に護ったのだ。少なくとも、シーラの後方にある陣地は無事であり、守り切れなかった周囲が神威砲の直撃を受けているようだった。
だが、死者が出ている様子がない。
「なにが……」
起きているのか。
そう言葉にしようとして、飲み込んだのは、極めて嫌な予感がするのと同時に、許しがたい、受け入れがたい光景を目の当たりにしたからだ。
「そんな……そんなことっ……!」
セツナは、腹の底から怒りがわき上がってくるのを認めた。
神威砲の射線上に残っていただれもが、直撃を受けて無事だったわけではなかったのだ。人間も、竜も、皇魔も、だれもかれもが、変容を始めていた。莫大な神威を浴びたからだ。圧倒的な変容の速度もまた、膨大な神威の量によるものだろう。
人間は神人へ、竜は神竜へ、皇魔は神魔へ。
それぞれ神を冠する怪物へと変容し――ネア・ガンディアの戦力となる。
かつて、マルウェールで見た光景と同じだ。同じことが起きている。
そのとき、セツナは、確信した。
ネア・ガンディアがどうやってこれだけの戦力を確保したのか。その方法をいままさに目の当たりにしたのだ。
これまでもネア・ガンディアは、飛翔船の神威砲を攻撃手段としてだけではなく、戦力確保の手段としても散々用いてきたのだろう。そうして、世界中の様々な生物を神化させ、ネア・ガンディアの戦力に組み込んできたのだ。
事実、神化した元連合軍将兵は、射線外の無事だった連合軍将兵を目標と定め、動き始めていた。
空域だけではない。
連合軍陣地でも同じことが起きており、爆撃地点から突如出現した無数の神兵が、陣地で暴れ出しているようだった。
戦況は、さらに悪化した。
元より敵軍が優勢だったにも関わらず、自軍戦力が激減した上で敵戦力が大幅に増大したことで、連合軍は窮地に立たされたといってよかった。
しかも、いまのいままで敵軍にいなかった種類の神兵が増えたことは、戦局のさらなる悪化を想起させた。
いや、そんなことをいっている場合ではない。
「これがやり方か」
セツナは、ふつふつと沸き上がる怒りが全身を震わせるのを認めた。
「セツナ?」
「お兄ちゃん……?」
「これがおまえらのやり方かっ!」
もはや、セツナは黙ってなどいられなかった。
怒りだ。
怒りしか、ない。




