第三千百八十六話 消滅(一)
『このままでは、我が方の戦況は悪くなる一方だぞ、セツナ』
「わかっています。ですから、考えているんでしょう」
セツナは、遙か前方の空域を埋め尽くす神兵の群れを見遣りながら、マユリ神の叱咤に応える。
それら空を埋め尽くす軍勢は、飛翔船や飛翔戦艦に搭載された転送装置によってネア・ガンディアの本拠地より送り込まれてくる増援であり、その数たるや、既に開戦直後に投入された初期戦力を上回っているようだった。それでもなお、増援は途切れることなく続いている。
「おぬしが頭を働かせてどうにかなるような戦ならば、そもそもこちらが押されるようなこともないと思うのじゃがな」
「いえてる」
「お兄ちゃん?」
「冗談だよ、エリナ」
エリナの心配そうな声に笑い返して、すぐさま表情を引き締めたのは、笑っていられるような状況ではないからだ。
マユリ神のいう通りだった。
連合軍とネア・ガンディア軍の戦力差に関していえば、開戦当初から不明瞭な部分が多分にあった。ネア・ガンディア軍の全軍を相手にするわけではなく、大艦隊とはいえ、戦力の一部でしかないからだ。
対する連合軍は、三界の竜王にマユリ神、マリク神、ハサカラウ神を中心とした大軍勢であり、世界広しといえどもこれだけの戦力が結集している国や組織などないだろう。これだけの戦力があれば、ネア・ガンディアが差し向けてきた艦隊と戦い、勝利することも不可能ではない。そう思えた。
しかも、開戦を告げた一斉砲撃を防いだ三位結界は、神属以上の力を持った存在を寄せ付けないものであり、結界内に侵入できる程度の敵戦力だけを相手に戦うことができる、連合軍にとって極めて有利な状況を作り出していた。
敵艦隊は、三位結界内に小型飛翔船と神兵を突っ込ませたが、それを黙ってみている連合軍でもない。
魔晶船の特攻からの砲撃によって反撃の狼煙を上げた連合軍は、戦場となった結界内で無数の戦果を上げた。数多くの小型飛翔船を撃墜し、数え切れない神人や神鳥を撃滅してきたのだ。
だのに、状況は一行に良くならない。
むしろ、敵軍の勢いのほうが増している様子すらある。
魔晶船が度々砲撃を行い、敵戦力を削っているのにも関わらず、だ。
魔晶船だけではない。
だれもが懸命に戦っている。
シーラが白毛九尾となって連合軍陣地の守護神となれば、エスクは率先して使徒に立ち向かい、レムやウルクは小型飛翔船の撃墜がため戦場を飛び回っている。エリルアルム率いる銀蒼天馬騎士団も、数々の飛翔船を撃沈し、また、数多くの敵兵を討ち斃していた。ダルクスもだ。
セツナたちだけではなく、連合軍の空中戦力たるだれもが奮戦している。
竜語魔法が飛び交えば、皇魔たちがそれに続く。武装召喚師たちの攻撃が咲き乱れる中を魔晶兵器が疾走し、魔晶人形たちが波光砲を撃ち放つ。イルとエルもまた、ウルクに倣うようにして、魔晶兵器の背に乗って戦場を駆け抜けていた。
それでも、敵の数の方が遙かに上回っている。
それもこれも、敵艦隊から際限なく送り込まれてくる増援のせいだ。
数隻の飛翔戦艦と大型飛翔船は、三位結界に入れないと悟ると、結界の外で動きを止めた。結界の突破を諦め、代わりに随時戦力を投入してくるようになったのだ。そしてそれは、いまもなお途切れることなく続いている。その結果、敵兵の数は増大し、空を白く塗り潰さんばかりとなっていた。
三位結界や神々の加護、召喚武装の支援を得てもなお、圧倒的な数の前では押されるほかない。
神兵一体二体程度ならばまだしも、五体十体と相手にするとなると話は別なのだ。
このまま増援が送り込まれ続けるようなことがあれば、こちらが数の前に敗北しかねない。
(そんなことがありうるのか?)
セツナは、船体の各所から戦力を放出し続けている敵戦艦を睨みつけた。
通常、増援には限りがあるものだ。総兵力以上の戦力を戦場に送り込むことなど不可能であり、たとえ転送装置によって本国から戦場に送り込むことができたとしても、いつかは限界を迎え、そこで増援は打ち切りとなる。
しかし、ネア・ガンディアの場合は、どうか。
ネア・ガンディアとしても総兵力以上の戦力を戦場に送り込むことなど不可能に違いないのだが、その総兵力がセツナが想定するより遙かに多い可能性は極めて高かった。
少なくとも、百万や二百万では済まないだろう。
かつて、大陸を分割統治していた三大勢力は、それぞれおよそ二百万の兵力を公称していた。
ネア・ガンディア軍の母体となったのは、そのうち、ヴァシュタリア共同体に属していた軍勢であるといい、それが聖軍の将兵となっているようだった。ヴァシュタリア軍二百万が全員、最終戦争および“大破壊”を生き延びたはずもないが、だとしても、かなりの数がネア・ガンディア軍に吸収されていると見ていい。
ただし、それらはただの人間の兵士として運用されているようであり、現在、転送装置によって送り込まれてきている神人や神鳥とは、異なる戦力と考えるべきだ。
では、神人や神鳥とはなにか。
以前、セツナは、ネア・ガンディアの飛翔船が撃ち放った神威砲によって、ひとつの都市が壊滅する光景を目の当たりにした。そしてその直後、その廃墟と化した都市から数多の神人が出現したという事実は、セツナを震わせたものだ。
神威砲とは、その名の通り、神威の大砲だ。神の力たる神威を破壊的な光線として撃ち出す。その威力は凄まじく、普通、生身の人間が耐えられるものではない。が、あのとき、マルウェールに撃ち込まれた神威砲は、威力が調整されていたのだろう。神威という生物にとっての猛毒を撒き散らし、浴びた人間を瞬く間に神人へと変えるために。
ネア・ガンディアは、これまでもそのようにして都市を滅ぼし、戦力を増やしていったのではないだろうか。
そうして世界中から集めた神人や神獣、神鳥を強化し、この決戦に投入した。
惜しみなく。
となると、ネア・ガンディアの増援が尽きるまで結界内で戦い続けるのは、上策とは思えなかった。先にこちらが力尽きるだけだ。
「やっぱ、戦艦を沈めるしかねえな」
「わしもそう思うがのう。どうするつもりじゃ?」
「俺が出る」
「駄目だよ、お兄ちゃん。温存しなきゃ」
「わかってる。でも、いまはそんなことをいってる場合じゃないんだ」
エリナのいうことももっともだ。そのためにセツナはいまのいままで船の上で待機し、いまにも飛び出したい衝動を抑え続けてきたのだ。ネア・ガンディアとの決戦の先に待ち受けるのは、獅子神皇との戦いであり、その戦いにこそ、セツナの力が必要不可欠だ。
セツナと黒き矛の力が。
しかし、それは、この戦いに勝利した先の話であり、皆と未来を掴み取るための方策に過ぎない。力を温存することに注力するあまり、いまここで皆を失うようなことがあっては本末転倒も甚だしい。
それでは、意味がない。
「このままだと、マユリ様の仰る通りになる。だったら――」
セツナが言い切れなかったのは、異変が起きたからだ。
「なんじゃ!?」
『いま、なにが起こった?』
『これはいったい……どういうことなのでしょう?』
三界の竜王が慄然としたのはほとんど同時であり、その瞬間、セツナも違和感に苛まれた。
いまのいままで全身を包み込んでいたなにかが消え失せ、支えを失ったような不安を覚えた。
「三位結界が消えたぞ!」
ラグナの愕然とした声に、セツナは、言葉を失った。




