第三千百八十五話 三位結界の攻防(十六)
「我らが女神への恩義に報いるべき時はいまぞ!」
メルグ=オセルが吼えたのは、アガタラのウィレドたちに奮起を促すためだった。
開戦からいまのいままで、ネア・ガンディア軍との間で激戦が続いていた。
敵戦力は、神人や神鳥と呼ばれる化け物たちだ。そうした白濁の化け物たちは、かつて、アガタラを治めていた大君マルガ=アスルが患った病の成れの果てである、という。
神威に毒されたものが発症する不治の病、白化症。それは、神の気、神の力たる神威に含まれた毒素が生物の肉体を冒し、変容させていくというものであり、変容が極致に達すると、完全に別の生物へと成り果てるというのだ。そうして変わり果てたものを、神人や神鳥、神獣と呼んでいるらしい。
ウィレドなどの皇魔が白化症に毒され、化け物と化した場合は、神魔と呼ぶようだ。
幸いにして、神魔と化したウィレドの姿は見受けられなかった。
それだけが唯一、この戦場で良かったといえることであり、それ以外はすべて、悪しきことだ。
たとえば敵兵の一体一体が凶悪な力を持っているであるということや、現状、押され始めているということも含めて、いいことではない。
故にメルグ=オセルは吼えるのだ。
「女神が御前であるぞ! 全軍、武勇を示せ!」
メルグ=オセル自身が奮起し、アガタラの将兵たちに手本を示すべく、敵兵を撃破してみせるのだが、一体撃破したところで戦況に変化があるはずもない。
夜空は、膨大な数の敵兵によって、白く塗り潰されかけていた。
「我らが女神に勝利を捧げるのだ!」
吼え、手にした召喚武装の力を解き放つ。
手斧型召喚武装・烈震が発する指向性の振動波は、前方より迫り来る中型の神鳥に直撃すると、その再生速度を上回る破壊の連鎖を引き起こした。ずたずたに破壊されていく神鳥の体内に紅く輝く物体を確認した瞬間、彼は、魔法を発動させる。凝縮した魔力の槍が神鳥の“核”を貫くと、直後、神鳥の肉体は粉々に砕け散った。
これがアガタラのウィレドたちの基本戦術だった。
武装召喚術を体得したことにより、召喚武装と魔法による多重攻撃が可能となり、状況によって神兵すらも即座に撃破が可能となったのだ。
とはいえ、それだけの力を持つのは、アガタラのウィレドの中でもそれほど多くはなかった。
故に陣形が乱れ始めているのだ。
とにかく、敵の数が多く、一体一体が手強いのだ。中には、手強いというだけでは済まないような強敵も折り、そういった強敵を相手にする場合、メルグ=オセルですら苦戦を強いられた。
「女神が見ておられるのだぞ!」
彼のいう女神とは、アガタラに新たな未来を指し示してくれた人間の少女エリナ=カローヌのことであり、アガタラが飛び去ったリョハンを探したのも、エリナがリョハンの人間だったからだ。リョハンとの良好な関係は、エリナあってこそのものであり、エリナがもしリョハンと無縁の人間であったならば、わざわざこんな遠方まで、リョハンを追っては来なかったのだ。
ましてや、人間や竜と共同戦線を張るなどということも、なかった。
だが、いまとなっては、これでよかったのだろう、と、彼は想うようになっていた。
人間、竜、皇魔、神といった異種族が力を合わせ、共通の敵と戦っているのだ。
これは、将来に繋がる重要な出来事かもしれない。
だからこそ、メルグ=オセルは、アガタラのウィレドたちに奮戦を促し、みずから手本となって敵陣に切り込むのだ。
ネア・ガンディアとの戦いに打ち勝った暁には、他種属との間に争いごとのない未来が待っているかもしれない。
その可能性は、彼を大いに発奮させた。
無論、アガタラの女神が同じ戦場にいるということが一番大きいのだが。
スコール=バルディッシュは、戦場を彼方に眺めている。
リョハンの武力である護峰侍団三番隊長である彼は、多数の部下とともに三番隊の持ち場にいた。
東ヴァシュタリア大陸南西部沿岸地帯に設けられた連合軍陣地、その一角をリョハンの護峰侍団が受け持っており、そのうちの最前線に三番隊の持ち場がある。
三番隊は、隊長であるスコールの性格に拠るものなのか、近接戦闘を主体とする武装召喚師が集まっていた。隊長のスコールがそうであり、部下のほとんどもそうだった。故に前線を受け持つことが多く、もっとも損害の出やすい部隊としても知られている。
それもあって治癒能力を持った召喚武装の使い手という希有な存在が配属されており、隊内では彼の存在が生命線となっていた。
それはともかく、スコールは、遙か彼方だった戦場が少しずつ、確実にこちらに迫ってきていることに気づいていた。
戦場は、沿岸地帯より遙か沖の海上だった。
敵であるネア・ガンディア軍は、大艦隊でもって南西より北上し、迫ってきた。それを迎え撃つべく沿岸地帯に陣地を築き上げたのだが、無論、敵軍の上陸を待つという選択肢など、最初からあろうはずもなかった。敵軍を自陣に引き入れて戦うのは、悪手も悪手だ。ほかに手の打ちようがないならばまだしも、手があるならば、そのような真似はするべきではない。
だからこそ、連合軍は空中戦力を集め、部隊を展開した。
そして、開戦早々に空中部隊が投入され、遙か沖の上空で、空中戦が始まった。
地上部隊は、陣地にて待機し、空中部隊の激戦を見守るほかなかった。
そのまま、空中部隊が敵軍を撃退してくれることを願うのが普通かもしれないが、スコール自身は、歯がゆい想いをしていた。
せっかく駆り出されたのに戦えず、活躍できないというのは、彼の性分に合わない。もちろん、活躍するのであれば、ファリアがいるときがいいのだが、ファリアがいない間に戦果を積み上げ、後から報せるのも悪くはないと考えている。スコールがこの戦いで大活躍をすれば、ファリアも見直してくれるに違いないのだ。
ファリアはいま、異世界にいる。
異世界にて、オーロラストームの本体と逢っている、というのだ。
オーロラストームは、長年ファリアと連れ添った召喚武装だ。必ずやファリアの力になってくれるだろう。
自分は、どうか。
彼は、槍型召喚武装オーロラフォールに視線を移した。武装召喚術の真実を知ってからというもの、召喚武装について考える時間が増えた。
武装召喚術は、異世界の武器や防具、道具を召喚するための技術であるといわれ、だれもが信じてきた。しかし、武装召喚術の生みの親であるアズマリア=アルテマックスにより、それが真実を覆い隠すための方便であるということが判明したのだ。
異世界の存在を武器や防具とする術式。
それが武装召喚術であり、召喚武装が意思を持つのも、そのためなのだという。
オーロラフォールは、いま、戦場を前に興奮しているようであり、その興奮ぶりは、柄を握る手にはっきりと伝わってきていた。
(まあ、待ちなよ。出番は来る。必ずな)
戦場に目を向ければ、いずれ防衛網が破られることは明らかだった。そうなれば、連合軍陣地が戦場になるのは間違いない。
そのときこそ、オーロラフォールの出番だ。
護峰侍団の地上部隊の出番なのだ。
護峰侍団もまた、地上部隊と空中部隊に分かれている。
飛行能力を持つ召喚武装の使い手たちは、空中部隊として戦場に赴き、激戦の最中に身を置いているはずだ。
防衛網を突破されるということは、それら護峰侍団空中部隊にも損害が出るということであり、喜ばしいことではないのだが、それはそれとして、敵軍が押し寄せるのは間違いない、と、彼は見ていた。
連合軍陣地の眼前に聳え立つ白き九尾の狐の巨躯を以てしても、守り切れはしまい。
戦場は、あまりにも広い。




