第三千百八十三話 三位結界の攻防(十四)
レムは、夜の闇の中に溶けるように空を舞っている。
彼女自身には飛行能力などあろうはずもないが、彼女の影たる“死神”には、当たり前のように備わっている。故に彼女は、己の影に自分を抱え上げさせるようにして、空中を移動していた。
“死神”は、重力などまったく無視するかのように空中を自在に移動し、敵小型飛翔船を目指す。
小型飛翔船をすべて撃沈することが、当面の目標だ。
小型飛翔船は、いずれも連合軍陣地を目指して飛行しており、その目的は、まず間違いなく大陸への上陸と連合軍陣地への直接攻撃であり、そのための地上戦力を運んでいるに違いない。
並外れた数の小型飛翔船から考えるに、それらがすべて連合軍陣地に到達するようなことがあれば、膨大な数の戦力が送り込まれることになる。
連合軍陣地には、連合軍の地上戦力が待機しており、万全な状態であるとはいえ、少しでも損害を減らしたいと考えている以上、小型飛翔船の上陸を許すべきではない。
既に十隻以上の小型飛翔船が撃ち落とされているものの、未だ、数多くが戦場を飛び回っている。
連合軍陣地を目指すでもなく、連合軍の空中戦力と交戦するでもなく、ただ飛び回っているのは、シーラのおかげだ。
シーラが、連合軍陣地の目前に守護神の如く立ってくれているおかげで、小型飛翔船は接近しようがないのだ。
海上から連合軍陣地を目指す限り、どう足掻いたところで、白毛九尾の攻撃範囲に入らざるを得ない。巨大な九つの尾は、範囲内に入った小型飛翔船を容赦なく攻撃し、粉々に打ち砕き、徹底的に破壊した。小型飛翔船とて、防御力がないわけではないはずだ。
それなのに、白毛九尾の前では紙くず同然だった。
いかにシーラの白毛九尾形態が強力無比であるかが窺い知れるというものだろう。
そんなシーラの活躍がネア・ガンディア軍の小型飛翔船を立ち往生させることとなったのだ。
そして、レムたちに奮起を促すこととなった。
(シーラ様ばかりにいい格好はさせませぬ)
レムにも意地がある。
セツナの従僕であり、半身であり、影であるレムが、なんの活躍もしないまま戦いを終えるようなことがあってはならない。
それでは、主に面目が立たない。
セツナに悪い。
やがて、レムは一隻の小型飛翔船に目をつけると、“死神”をその甲板に降り立たせた。甲板上には、人間の兵士ばかりがいた。蒼白の甲冑を身につけた兵士たちは、一瞬、ぎょっとしたようだったが、レムの姿を見る成り、安堵したらしい。
レムは、見た目には戦場にそぐわない格好をした少女にしか見えない。
歴戦の猛者などには、とても。
だからといって容赦するわけもなく、レムは、“死神”とともに船を蹂躙した。
量産型魔晶人形五十機と最新型魔晶兵器三十機を制御するのは、なにひとつ難しいことではない。
遠隔操作を行うわけではないのだ。
ただ、作戦目標を与えるだけでいい。
基本的な行動論理はミドガルドが設定してくれており、ウルクが敵味方の判別さえつけてやれば、あとは魔晶人形と魔晶兵器のほうが勝手に処理し、対応してくれる。
ただし、誤って味方を攻撃することがあってはならないため、制御下の兵器が得た情報はすべてウルクに送り込まれ、ウルクの中で正誤の判断が常に行われている。魔晶兵器に誤動作は付きものだ。故に、常に確認を行い、瞬時に判断し、制御する必要がある。
そのことでウルク自身の処理能力が低下することはない。
肆號躯体は、窮虚躯体と同程度の処理能力を持っており、最大三万機程度の魔晶人形、魔晶兵器を同時に制御することが理論上は可能である、と、ミドガルドがいっていた。
三万機ならばまだしも、合計八十機ではなんの負担にもならないということだ。
事実、ウルクは、なんの問題も無く、自身の任務に没頭することができていた。
任務とは無論、敵小型飛翔船の撃沈であり、彼女はそのために戦場を飛んでいた。
魔晶人形は、通常、飛行能力を持たない。驚異的な跳躍力を持ち、波光の噴射による長時間の滞空を可能としているものの、戦場を飛び回るといったことはできないのだ。故に量産型魔晶人形には、いずれも飛行用の追加装甲が装備されており、それによってこの戦場を飛び回ることができている。
ウルクはというと、追加装甲を装備しておらず、故に魔晶兵器を一機、自分の移動用に使っていた。
肆號躯体の能力を駆使すれば、擬似的に飛行することも可能だが、そのために無駄に力を浪費するのは、今後のことを考えるとあまりいいことではない。それならば、いっそのこと魔晶兵器を足に使うほうが賢いだろう。
そう結論づけたウルクは、その魔晶兵器・天地の丸い胴体に乗っかり、敵飛翔船へと向かっていた。
魔晶兵器・天地は、ミドガルドが開発した魔晶兵器の中でも最新型であり、空陸両用の戦闘兵器だった。丸みを帯びた胴体から伸びた四つの脚は、通常時は胴体を支え、あらゆる地形を走破するために用いられるが、飛行時は、胴体に格納されており、代わりに飛行用の推進器が開放される形になる。
飛行速度はかなりのものであり、ウルクは、敵小型飛翔船を目指す道中、何体もの神人や神鳥を攻撃し、撃滅していた。
飛翔船を落とすのも大事だが、敵戦力を少しでも減らすこともまた、重要だった。
でなければ、押される一方だ。
エリルアルムは、戦場のただ中にいる。
魔晶船を離れたのは、小型飛翔船を少しでも多く撃墜するためであり、連合軍の損害を少しでも減らすためだ。
ネア・ガンディアの小型飛翔船は、未だ数多く存在している。
それらを完全に撃墜することこそ、当面の目標であり、そのためには彼女率いる銀蒼天馬騎士団も全力を挙げなければならなかった。
エリルアルムは、召喚武装ソウルオブバードを用いている。
ソウルオブバードは、元々、アバードの武装召喚師セレネ=シドールの召喚武装であり、シーラが愛用するハートオブビーストと由来を同じにする。槍型の召喚武装であり、また、能力にも似たところがあるため、同じ世界の召喚武装なのではないか、と疑われているが、そんなことはどうでもよかった。
重要なのは、ソウルオブバードがエリルアルムに力を貸してくれているという事実であり、このような戦場において大いに力を発揮してくれるということだ。
いや、この戦場だけではない。
大抵の場合、制空権を取った側が戦闘を優位に進めることが出来る。
古来より、敵軍よりも高所に陣取ることこそ戦術の基本であり、定石であることはよく知られているが、武装召喚術が猛威を振るうようになって以降の戦場では、空を取ることがそれに変わった。
とはいえ、だれもが空を飛ぶような戦場にあって、空を飛べることそのものはなにも珍しいことでもなければ、特別なことでもない。
しかし、飛べるのと飛べないのとでは、訳が違うのだ。
飛べなければ、魔晶船に乗り続けるか、連合軍陣地にて敵が来るのを待たなければならなかった。
そういう意味でも、エリルアルムは、ソウルオブバードに感謝していたし、託してくれたシーラにも同様の想いを抱いていた。
ソウルオブバードの能力によって翼を得ることができるのは、使用者ひとりではない。
影響下にあるもの全員の背に翼を与えることが可能であり、これにより、エリルアルムと銀蒼天馬騎士団は、この戦場を自在に飛び回ることが可能となったのだ。




