第三千百八十話 三位結界の攻防(十一)
ラムレスとユーフィリアだけではない。
クオン=カミヤに関わらなければ、《白き盾》のだれもがそれぞれ大きく異なる人生を歩むことができたに違いない。
少なくとも、彼とともに聖皇復活の儀式に介入することはなく、命を落とすことはなかったのだ。そして、獅徒として転生し、獅子神皇に付き従うこともなかったはずだ。
彼らは、自分の意思で行動している、という。
しかし、それはクオン=カミヤと知り合い、深く関わり合った結果の行動であり、彼らがもし、クオン=カミヤとは無縁の人生を送ったならば、こうはならなかったはずなのだ。
そのことについて、なにも感じないヴィシュタルではない。
悔いが残る。
自分のために彼らが命を落としたことも、彼らが獅徒と成り果てたことも。
獅徒として、いま、ここにあるということも。
獅神天宮ナルンニルノル。
世界から隔絶された異空間で、獅徒のだれもが神輪草に囲まれた祭壇にいるはずだ。
ウェゼルニルは智聖の間、ファルネリアは殉聖の間、ミズトリスは従聖の間、イデルヴェインは天聖の間にそれぞれ待機している。
ただひとり、アルシュラウナだけは、戦闘要員としてではなく、ナルンニルノルの一部として、まったく別の場所にいるのだが、彼について考えるだけで、ヴィシュタルは気鬱にならざるを得なかった。アルシュラウナが人間性を失ってしまったのもすべて、ヴィシュタルのせいとしか言い様がない。
“霊樹”に触れ、“霊樹”から情報を引き出そうとして取り込まれ、“霊樹”と融合した彼は、いまや“霊樹”そのものといっても過言ではなくなっていた。故にアルシュラウナは、ネア・ガンディアにおける最重要機密として扱われ、ネア・ガンディアが誇る圧倒的軍事力の源となっていたのだ。
飛翔船も、飛翔戦艦も、獅神天宮も、その発想の源は、アルシュラウナなのだ。アルシュラウナが“霊樹”から引き出した異世界の知識こそ、現在のネア・ガンディアを支える技術となっている。
もっとも、もしアルシュラウナが“霊樹”に触れることがなかったとしても、いずれかの神がアルシュラウナの代わりを果たしたことは疑いようがない。
アルシュラウナが“霊樹”との仲介役を買って出たのは、ヴィシュタルたちにこそ便宜を計るためであり、彼がいまやナルンニルノルの一部と成り果てているのも、ヴィシュタルのせいといってよかった。
ヴィシュタルと――クオン=カミヤと関わることがなければ、彼もまた、グラハムというひとりの人間として、人生を全うできたはずだ。
そう考えると、自分の存在に嫌悪を覚えるのは、自然なのではないか。
そんなことを、彼はこの頃、常に考えるようになっていた。
結局、なにも成していないからだ。
人間時代、イルス・ヴァレに召喚された彼は、武装召喚師として覚醒した。いや、武装召喚師と呼んでいいものかどうか。本来、術式を必要とする武装召喚術を結語の四字だけで発動できるのだ。武装召喚師とは別物と考えていい。
その別物の召喚術で呼び出した盾は、無敵の力を秘めていた。敵の攻撃を寄せ付けない、まさに敵無しの盾。シールドオブメサイアと名付けたのは、そこに彼の理想があったからだ。
救世主のようにひとを助けたい、ただそれだけが命名の理由だった。
シールドオブメサイアの能力を元に傭兵集団《白き盾》を結成したのは、スウィール=ラナガウディの提案がきっかけだった。スウィールは、クオン=カミヤがログナーに留まり続けることをよしと考えず、むしろ、自由に飛び回るべきである、と、いった。それでこそ、クオン=カミヤの望みも叶うはずである、と。
そうするうちにウォルドと出逢い、マナと出逢った。イリス、グラハム、ミルレーナ――《白き盾》の幹部となるひとびととの出逢いは、クオン=カミヤを大きくしていった。
だが結局、なにもできなかった。
北へ至り、ヴァシュタラ教会の神子であった同一存在ヴァーラとの合一を果たしてわかったことは、この世界に滅亡のときが迫っているということだった。
約束のとき。
聖皇復活の儀式が始まり、成功すれば、どうなるか。
聖皇は、まず間違いなく世界を滅ぼすだろう。
それによって神々は在るべき世界に還ることができるだろうが、生きとし生けるものはだれもかれも命を落とす。例外なく、消滅する。
そんなことを許すわけにはいかない。認めるわけにはいかない。実行させるわけにはいかない。
だからこそ、彼は立ち上がり、儀式を止めようとした。
そのためにベノアガルドの騎士団に協力を呼びかけ、聖皇六将とも力を合わせた。
果たして、聖皇復活の儀式は、失敗した。
聖皇ミエンディア・レイグナス=ワーグラーンの復活はならなかったのだ。
けれども、聖皇の力は召喚されてしまった。
そして、世界は崩壊のときを迎えた。
“大破壊”。
それによって失われた命は、数え切れまい。
獅子神皇が誕生し、変わり果てた世界に君臨したことは、想定外もいいところだった。
結局、自分がしたことは、獅子神皇降臨の手助けに過ぎなかったのではないか。
その後始末を彼に任せようというのも、虫のいい話だ。
なにもかも身勝手で、自分勝手で、救いようがない。
「なんとも暗い顔をされておられる」
不意に聞こえた声に身構えながら振り向けば、ひとりの男が立っていた。
「やはり、このような場所に閉じ込められているからでしょうな」
黒髪に紅い瞳の長身痩躯。まるでセツナが年を取ったような姿をした男。
それは、ネア・ガンディアに属する一級神ディナシアが、好んで取る姿だった。つまり、その男はディナシアそのものに違いないのだが、だとすれば疑問が生じる。
ここはナルンニルノルの内部だが、自由に行き来できる場所ではない。隔絶された異空間であり、許可無く立ち入ることができるはずもないのだ。なのに、ディナシアは平然としている。
「外のことが気になるのでしょう?」
「……あなたがなぜここにいる?」
「質問をしているのはこちらですが……まあ、いい。まずはヴィシュタル殿の質問に応えて差し上げましょうか」
警戒感たっぷりのヴィシュタルに対し、ディナシアは、どうにも面白そうに微笑んでくる。
「わたしがここにいる理由。それはね」
ディナシアが恭しく差し出してきた手のひらの上に光の柱が立ち上った。
「ヴィシュタル殿。あなたに外界の様子を見せてあげようかと想いましてね」
「……外界の様子だと?」
「そう警戒なさらずともよろしいではないですか。わたしとあなたの仲だ」
「どんな仲だ」
「ふふふ……あなたは、気心の知れた身内には慈愛に満ちた神のように優しいが、わたしのような得体の知れぬ存在に対してははっきりと敵意を向けられる。そういうところは、嫌いではないよ、ヴィシュタル殿」
本心でなどあろうはずもなく、彼はそう言い切ると、手のひらの上の光の柱を広げて見せた。
ディナシアの神威が生み出す光の柱が左右に広がっていくと、長方形の光の壁となる。光の壁の表面には、こことは異なる風景が映し出されているのだが、それもひとつやふたつではなかった。様々な風景、様々な戦場の景色が、光の壁を所狭しと映し出されているのだ。
ネア・ガンディアによる世界同時侵攻と、それに対抗する各国各地の戦力。
いずれも拮抗しているようには見えない。
ネア・ガンディア側が圧倒的に優勢だった。




