第三千百七十七話 三位結界の攻防(八)
イルトリは、苦い顔で戦況報告を受けていた。
リョハン攻撃のために差し向けていた別働隊に合流するよう命じたばかりだというのに、その艦隊が跡形もなく消滅したという報せが入ったのだ。
なにがどうなってそうなったのか、それに関する詳しい情報が入ってくると、イルトリとしてもなんとも言い様がない。
リョハンの質量に物をいわせた体当たりが、ラグナホルン級飛翔戦艦アレグリアに直撃、アレグリアは轟沈するどころか、大爆発を起こしたという。その爆発は、周囲の飛翔戦艦、飛翔船を飲み込み、巻き込んだ。誘爆の連鎖が引き起こされ、周囲の時空までもが多大な影響を受けるほどの惨事が引き起こされたのだ。
艦隊は消滅。
艦隊が運搬していた戦力の大半も、その爆発によって消滅したと見ていい。
生き残ることができたのは、神々くらいのものだろう。
報告してきたのも、神の一柱だ。
陽動作戦の囮役だったはずのリョハンが、まさか自滅覚悟の体当たりを食らわせてきたのはともかく、それによって別働隊そのものが消滅するほどの大爆発が引き起こされるとは、イルトリも想像しようがなかったことだったし、たとえイルトリが別働隊を率いていたとしても防ぎきれなかった事態だろう。
この場合、別働隊の指揮を取っていたジーンを責めるべきではない。
リョハンを消滅させる覚悟で体当たりをぶちかました相手の神を褒めるべきだ。
(リョハンは消滅したが……)
忌々しくも腹立たしい存在が消滅したのだ。本来ならば喜ぶべきであり、嬉しいことのはずなのだが、その代償はあまりにも大きく、手放しで喜べるはずもなかった。
イルトリは、苦々しい想いで、ジーン率いる神々が早急にこちらに合流するよう命令した。
神々が合流したところで、敵の結界を通過することはできない。
が、結界内に送り込んだ自軍戦力を強化することは可能だ。
結界は、強大な力を妨げることはできても、基準以下の力ならば、たとえ敵対的なものであっても擦り抜けることができるようなのだ。
だからこそ、神威砲による一斉砲撃に対し、無敵の防御力を発揮したに違いない。
強い力に対してのみ働く防御結界故にこそ、だ。
(よく考えたものだ)
イルトリは、忌々しげに結界を見遣るほかなかった。
強い力に対して無類の防御力を誇る結界は、イルトリたちがどれだけ力を合わせても破れるものではない。逆に、イルトリたちが力を弱めれば通過できるのかもしれないが、その場合、イルトリたちは、いま現在、結界内の戦場に飛び交う自軍戦力と同等の存在となっているということであり、状況を好転させるような材料にはなり得ない。
イルトリにできることといえば、使徒たちにできる限り多くの力を与えるということであり、それによって敵戦力を少しでも多く削り取るということだ。
そして、この結界が解かれる瞬間を待つ。
持久戦だ。
マリク神の置かれている状況を理解したセツナだったが、だからといってなにができるわけでもなかった。
マリク神と分霊たちの無事を確認できただけだ。
そして、マリク神と分霊たちが、敵軍別働隊の神々を大爆発が起きた空域に引き留めているということ。
そうである以上、マリク神にこちらへの合流を促すことはできなかったし、彼が苦しげな声を上げている理由も理解できた。
神々を拘束するためには、それ相応の力が必要なはずだ。しかも、相手が大人しく拘束されるはずもない。抵抗も激しく、実際、マリク神たちは激しい攻撃を受けていた。
それでも、神々をあの場に留め置くことのほうが重要である、と、マリク神は考えていて、それは概ね正しい。
神々が本隊と合流すれば、こちらの戦況はより苦しくなる。
神々の加護が敵戦力を強化するに違いないからだ。
三位結界が弾き飛ばさない程度のぎりぎりまで強化されるようなことがあれば、こちらの戦況は悪化する一方に違いない。
故に、セツナは、マリク神を応援するしかないし、その奮戦ぶりに心打たれた。
「マリク様」
『ぼくのことは気にしない。本当に危なくなったら、そのときは助けを呼ぶから』
「ええ、絶対にそうしてください。なんとしてでも駆けつけますから」
『セツナは頼もしいね』
「マリク様こそ」
『ふふ』
マリク神との通信は、彼の笑い声で途切れた。彼が切ったのだろうが、突如、通信が切れたことには、多少の不安を禁じ得ない。
何事もないといいのだが。
そうこうしているうちに、魔晶船を包囲していた六隻の飛翔船につぎつぎと異変が起きていった。
内部から爆発を起こした船からはウルクが飛び出してきて、彼女は爆風に煽られながら魔晶船の甲板に着地した。
それ以外の船のほとんどは、爆発するのではなく、制御を失い、海上へと落下していっており、レム、エスク、エリルアルムら、ダルクスがつぎつぎと船に戻ってきた。さすがに加護や支援を受けた猛者たちだ。小型とはいえ、飛翔船を落とすのも容易い。
最後の一隻、シーラが担当した船は、というと、船体を覆う厚い装甲を突き破るようにして九つの白い尾が出現したことで、セツナは一安心した。
シーラがハートオブビースト・ナインテイルを発動したのだ。
そして、彼女が単騎で船に飛び込んだ理由もそこにあるに違いなかった。
ハートオブビーストは、血を触媒として能力を発揮する。最大能力であるナインテイルの発動には、それなりの量の血が必要なのだ。シーラは、ネア・ガンディアの兵士にこそ、そのための血を流させたのだろう。
そして、見事、白毛九尾と化したシーラは、飛翔船を内部からぶちこわしてみせると、残骸を蹴って、魔晶船に戻ってきた。
「なんだよ、俺が最後か」
甲板に戻ってくるなり、狐の耳と九つの尾を生やしたシーラは、なんともいえず残念そうな顔をした。
「一番最初に飛び出したくせにのう」
「そうそう、だれよりやる気だしてたのにー」
「うるせえ! 俺はおまえらと違ってだな!」
シーラたちが激しく言い合う側で、セツナは、全員が無事に戻ってきたことに安心していた。まったく不安がなかったとはいえ、だ。もし万が一のことがあれば、気が気ではないのだ。
どれだけ万全な状態で、どれだけ勝利を確信していても、不測の事態は起こりうる。
だからこそ、皆の姿を確認できる状況というのは、セツナにとってなにより嬉しいことなのだ。
そういう意味でも、ファリアたちの不在というのは、セツナに小さくはない影響を与えているのだが、彼は、表面上、他人にはそう感じさせないよう振る舞えていると考えていた。
「いっておくが、船はまだまだあるし、敵はまだまだいるぞ」
セツナは、シーラとエスクが言い合う様を見遣り、告げた。シーラがこちらを見て、にやりとエスクを横目に見る。
「休んでいる暇はねえってさ」
「そりゃあそうでしょうよ」
エスクもまたほくそ笑む。
ふたりとも戦闘狂の気がある以上、気が合うのは必定ではあった。
船が、動く。
魔晶船の周囲には、小型飛翔船の姿はなかった。六隻の小型飛翔船が包囲している間に連合軍陣地への接近を試みている。
魔晶船は、急速旋回して連合軍陣地に進路を取ると、何隻もの小型飛翔船を視界に捉え、空域各地の戦闘を垣間見た。
飛竜と皇魔、武装召喚師たちが、ネア・ガンディアの神兵と空中戦を繰り広げている。
戦いは、激しさを増す一方だ。




