第三千百七十三話 三位結界の攻防(四)
遙か前方に生じた閃光は一瞬にして、セツナの視界を白く塗り潰し、つぎの瞬間、物凄まじい爆音を轟かせた。衝撃波が駆け抜け、大気を震わせ、海面を波立たせ、魔晶船の船体をも激しく揺らす。閃光に次ぐ閃光、爆音に次ぐ爆音。
爆発だ。爆発が起きている。それも想像を絶するほどに凄まじく、圧倒的な大爆発だ。そして、連鎖的な爆発は、なにかが巨大な爆発に巻き込まれ、誘爆しているような、そんな印象を受けた。
魔晶船の遙か進路上。三位結界の境界付近に佇む敵艦隊の位置よりも、ずっと遠い。だというのに、その爆発の光が一瞬視界を白く染めるほどだ。爆発の規模たるや、いままで見たこともないほどのものといっていいのではないか。
ではいったい、なにが爆発したというのか。
「なんだ!? いったいなにが起きた!?」
「わからねえけどよ、んなこといってる場合じゃあねえぜ!」
シーラの反応に我に返れば、魔晶船が敵小型飛翔船を目前に捉えていた。小型飛翔船による船隊は、魔晶船が捕捉している隊だけではない。いくつもの船隊が様々な進路を辿り、大陸への上陸を試みようとしている。それらを一隻でも多く撃ち落とし、ついでにネア・ガンディアの空中戦力も討ち斃すのが、セツナたちの作戦目的だ。
『全員、衝撃に備えよ』
マユリ神からの通信が入ると、その場にいる全員が甲板上にあるなにかに掴まった。つぎの瞬間、魔晶船そのものがまるで咆哮を発したかのような轟音が生じるとともに、船首より青白い光芒が迸った。波光砲を撃ち放ったのだ。船首だけではない。船体各所に格納されていた波光砲がつぎつぎと火を噴き、無数の光線を乱れ打ちに撃ちまくった。
前方に撃ち放った大口径の波光砲は、小型飛翔船の三隻をその光の奔流に飲み込み、撃沈させることに成功したものの、船隊を構成するすべての飛翔船を巻き込むには至らなかった。飛翔船は、小型であっても防御障壁を展開しているのだ。防御障壁の突破によって力を失った波光砲では、船隊を壊滅させることはできないのだろう。
一方で、乱射した波光砲はというと、発射した方向に直進するだけのただの波光砲ではなく、標的へと誘導し、追尾する性能を持っており、無数の光線が様々な軌道を描きながら、全周囲に存在する神人や神鳥へと向かっていき、直撃。それぞれに爆発を起こしている。
「さすがはミドガルドさんの船だな」
「はい」
ウルクの返事が心なしか喜びに満ちているように聞こえたのは、決して気のせいなどではあるまい。
魔晶船に搭載された追尾式波光砲は、十分な威力を持っている。しかし、神人や神鳥といった神の兵は、“核”を破壊しない限り無限に再生し、無限に復元するという性質を持っているため、波光砲の当たり所が良くなければ、一撃で撃破とはいかない。
実際、大半の神兵は、肉体の大半を損なわれただけであり、すぐさま復元を開始していた。
もっとも、マユリ神が波光砲を斉射したのは、それが狙いなのだ。
神人にせよ、神鳥にせよ、損傷箇所を復元するために足を止めなければならないようであり、波光砲の直撃を食らって体の半分以上を消し飛ばされた神人などは、その回復のためにかなりの足止めを食らっていた。つまり、その分、彼らの上陸が遅れるということだ。
また、空中で動きを止めた神兵に対し、飛竜や皇魔の魔法が炸裂し、武装召喚師たちの攻撃が直撃していく様を見れば、波光砲による足止めだけでも十分過ぎる成果があったといえるだろう。
ただし、波光砲の乱射で足止めできたのは、全体からみればほんのわずかばかりとしかいえない。
空中に展開する神兵の数は、時間とともに増加傾向にあり、いまでは数万体を超えているようなのだ。それらすべてを撃滅するか、敵軍を撤退させなければ、連合軍の勝利はない。
『衝撃に備えよ』
「また?」
などといっている間に、強烈な衝撃が船体を揺らしたのだが、それは、魔晶船が敵小型飛翔船に真正面から激突したせいだった。
質量において、魔晶船が小型飛翔船に負けるはずもなければ、推力も纏う神威の力も、魔晶船のほうが遙かに上回っている。そんな状態で激突すれば、当然、小型飛翔船のほうが大打撃を受けるものであり、小型飛翔船は船首から破壊され、勢いよく跳ね飛ばされていく。
すると、その後続の飛翔船は、進路を変え、素早く魔晶船を包囲する陣形を取った。六隻の飛翔船だ。その甲板上に敵兵の姿があった。神人ではなく、武装しただけの人間のようだ。ただし、並の人間と同じと考えてはいけない。ネア・ガンディアが戦力として運用しているのだ。
神の加護によって能力を引き上げられている、と見るべきだった。
セツナたちのように。
「まずはこの船を落とすつもりのようですな」
敵の狙いは、エスクのいった通りに違いない。甲板上の敵兵は、いずれも異様な形状の弩弓のような武器を携えており、それらで魔晶船を狙い澄ましていた。
対して魔晶船が動きを止めたのも、それら六隻に対抗するためだ。小型飛翔船の上陸を防ぐのが最優先であるのならば、六隻の船を早急に落とすべきだった。
「ちょうどいい、俺もうずうずしていたところだ」
シーラが甲板の端へ向かって歩いて行く。その後ろ姿からはやる気ばかりが感じられた。
「あ、おい、シーラ!」
「船を落とせばいいんだろ! 落とせば!」
セツナに向かって槍を持った手を掲げてきたシーラは、その途端に駆け出し、跳躍した。甲板の柵を蹴り、空中に身を投げ出す。そして、敵船の甲板へと着地する。彼女の並外れた跳躍力は、元々の身体能力の高さに戦竜呼法、ハートオブビーストによる強化が加わっただけでなく、神の加護、三位結界の恩恵、召喚武装の支援などが複合的に絡み合い、作用しているからこそのものだ。
「そうだが……無茶はしてくれるなよ」
「そいつは無理な相談ってもんですよ、セツナ様」
「エスク……」
「俺たちゃ、この戦いに勝って生き延びるためならなんだってやる、そう決めたんですから」
エスクは、そう言い切ると、シーラとは別方向の船に向かっていった。ホーリーシンボルを発動すると、シーラと同じように跳躍し、敵船に飛び移る。
「では、わたくしも行って参りますね、御主人様」
「ああ、気をつけてな」
「うふふ、あの程度の相手、気をつけるもなにもございませぬ」
「そりゃあそうだろうが」
「ですが、御主人様がご忠告、ありがたく受け取りますわ」
レムは、丁寧にお辞儀をすると、セツナに背を向けた。彼女の背後に立った“死神”がレムの小さな体を抱え上げ、軽やかな足取りで魔晶船を飛び立った。そして、後方の敵船に飛び移って見せる。
そうするうちに、ウルクも敵船へと飛び移れば、ダルクスもまた、別の敵船に飛び移り、最後の一隻にはエリルアルムと騎士たちが飛び移っていった。
かくして、魔晶船を包囲した六隻の船の上で、それぞれ激闘が繰り広げられ始めたのだが、いずれも一方的な戦いとなっていったようだった。
シーラが敵兵の血によって獣化能力を発動すれば、エスクが虚空砲を撃ち放って敵兵を甲板上から一掃する。レムが“死神”と舞い踊るように敵兵を薙ぎ倒せば、ウルクが船体そのものに致命的な一撃を叩き込む。ダルクスの生み出した重力場が飛翔船を海上へと引きずり降ろしていく一方、エリルアルムと騎士たちは、その連携によって敵を圧倒していく。
六隻の飛翔船が沈黙するまで時間はかからないだろう。
問題は、先程の大爆発だ。




