第三千百七十二話 三位結界の攻防(三)
三位結界は、目に見えない力場の壁となり、あるいは天蓋となって、東ヴァシュタリア大陸南西部沿岸地帯を包み込んでいる。
球形の防御障壁ではあるが、ラグナたちの話によれば、三位結界が防ぐのは強力な神威だけであり、欠点もあった。無論、敵艦隊の神威砲による一斉砲撃を無力化できるという時点で、大いに利点があるのだが、それはそれとして、だ。
欠点とは、一定以下の神威ならば、平然と結界の障壁を通過できるということだ。
つまり、人間はおろか、神人や神獣、使徒までもが三位結界を擦り抜け、連合軍陣地に迫っていた。
ネア・ガンディア軍は、飛翔戦艦と大型飛翔船を三位結界と外界との境界付近に待機させると、艦隊が運んできた戦力を続々と解き放っていた。三位結界を擦り抜けることが可能な小型飛翔船を用いることもあれば、飛行能力を有した神人や神鳥たちには、自力で連合軍陣地に向かうよう指示を出したのだろう。
あっという間に、南西の空は白く染まった。
白く濁った怪物の群れが、禍々しくも神秘的な光を放ちながら迫ってくるのだ。
その合間を縫うようにして飛来するのが小型飛翔船の数々であり、船隊を形成していた。
「なんちゅう数じゃ」
「わかっていたことだがな」
『セツナのいうとおりだぞ、ラグナシア。この程度で怯んでいる場合ではない』
「だれが怯んでおるか、戯けめ。わしはじゃな――」
『そのようなことをいっている場合ではありませんよ、ラグナシア。セツナ、わたくしたちにできることは、三位結界を維持することと、眷属に指示を出すことだけです。それ以外のことは――』
「任せてください、ラングウィン様」
セツナは、ラングウィンに最後まではいわせなかった。力強く断言することで、不安を一掃する。それは、甲板上にいる仲間たちの気分を高めるためでもあった。こういう状況下で不安を抱かせるようなことをいうのは、大きな間違いだ。
勝てる戦いも勝てなくなるし、ましてや、先行きのわからない戦いとなれば、どうなるものか。
「むむう……」
「ラグナシア様も、結界のこと、頼みましたよ」
「うむ、任せるが良いぞ!」
セツナが尊重すれば、ラグナは機嫌よく、力強く反応した。
ラグナたちにはしばらくの間、三位結界を維持し続けてもらうという重要な役割があるのだ。連合軍の生命線といっていい。三位結界がなくなった瞬間、連合軍は艦隊の一斉砲撃を受けて、壊滅するだろう。
そうならないためにも、三界の竜王には、気張ってもらうしかない。
御機嫌取りくらい安いものだ。
「とはいえ、だ」
セツナは、虚空に展開する映写光幕を睨み据え、うなった。無数の映写光幕には、様々な情景が映し出されている。沿岸地帯に布陣する連合軍各部隊の様子から、
「御主人様に置かれましては、力の温存に注力してくださりませ」
「わかっている」
(わかっているが……)
気になるのは、つい先程入ってきたマリク神からの通信だった。
マリク神は、リョハンで引きつけていた艦隊が、こちらに向かい始めた、といったのだ。本隊と合流するつもりだということであり、それを許せば、敵戦力が大幅に増強されるのは間違いない。
もちろん、それは可能性のひとつとして考えられることだった。
リョハンへの攻撃が無意味であることが判明した上、連合軍陣地が三位結界に護られ、神威砲が無効化されるとなれば、余程指揮官が無能でもない限り、戦力を遊ばせておくような真似はしないだろう。リョハンに対してこの上なく執着しているというのであれば話は別だが、どうやら敵艦隊の指揮官は、そのような愚か者ではなかったらしい。
故にすぐさま別働隊を呼び戻し、連合軍陣地の制圧に全力を注ぐよう方針転換したのだ。
それはつまり、リョハンを放って置いても無害であると判断した、ということでもある。
リョハンに戦力を一切乗せず、マリク神だけで動かしていることが徒になった、と見るべきか。それとも。
(どう足掻いても、こうなったか)
いずれにせよ、敵艦隊の合流は時間の問題だった。
「そうなる前に、どれだけ敵戦力を削りきれるか、それが問題ですな」
「さすがにあの大艦隊の全戦力が一堂に会するようなことがあれば、俺たちでも辛い、か」
エスクとシーラが険しい表情で敵陣を見遣っていた。
ただの神人や神獣程度ならばいざ知らず、この度、戦場に投入された神人や神獣たちは、並々ならぬ力を持っていることが既に判明している。おそらくネア・ガンディアの神々によって強化を施されたものたちであり、使徒に近い存在といっても過言ではないとのことだった。
神化した存在であっても、神人と使徒では、戦闘力に大きな差があった。その差を埋めるくらいの強化を施された個体ばかりが戦場に投入されているのであれば、激戦は必至だった。
こちらも多大な強化を受けている。
が、それに驕れば、命を落とすことだってあり得る。
空を埋め尽くす神兵の群れと小型飛翔船の船隊は、もはや戦場と呼べる空域に到達していた。
「船を出してくれ、マユリ様」
『どうするつもりだ?』
「まずは俺たちが囮になるんですよ。リョハンのように」
『それで、敵集団に包囲され、覆滅されるわけか』
「そんな簡単に落とされますか、マユリ様は」
『よくいう』
通信器越しに聞こえてきた笑い声とともに、魔晶船が動き始めた。
船体後部の魔翔輪が回転することにより強大な推力が生まれるという魔晶船の飛行原理はよくわかっていないが、そもそもの話、飛翔船の飛行原理だって不明なのだから、考えるだけ無駄だろう。とにかく、飛翔船も魔晶船も、神の力を借りて、空を飛んでいる。それだけのことだ。
神の力は奇跡の力であり、奇跡ならば空を飛ぶことだって簡単なことだ。
そして、その奇跡の力によって浮力を得、推力を発生させた魔晶船は、待機中の陣地上空を飛び立った。
「敵陣に突っ込むのは構わねえけど、どうすんだ?」
「飛翔船をひとつでも多く落とすんだよ。あれにはたぶん、地上戦力が乗っているはずだ」
「船ごと敵戦力を爆殺するという寸法にございますね」
「そういうこった」
『では、我が眷属にも敵船への攻撃を優先するよう指示を下そう』
「ああ。ラングウィン様もお願いします」
『では、そのように』
竜王たちとの連携は、そのまま、連合軍全部隊への連携となった。そして、全軍が動き出す。飛竜たちが空を舞えば、竜騎士は、竜の背に乗って夜空に羽撃いていく。飛行能力を有したものは、皇魔であろうと人間であろうと関係なく、上空を目指した。
地上に敵軍を引き込んで戦うというのは、上等な策とはいえない。
連合軍もネア・ガンディア軍も地上戦力を有しており、全戦力でもって戦うのであれば、地上戦を展開するほうがいいだろう。しかし、そうなると、東ヴァシュタリア大陸への上陸を許すということになる。
連合軍陣地となっている南西部沿岸地帯は、“竜の庭”の範囲外ではあるものの、だからといってネア・ガンディアに踏みにじらせるわけにはいかなかった。
なんとしてでも上陸を食い止めるためには、空中戦力でもって迎撃するしかない。
それが可能かどうかは、やってみなければわからない。
(可能かどうかでいえば、不可能に近いが)
だからといって端から諦めるつもりなど、セツナたちには、毛頭無かった。
そもそも、その程度で諦める人間が、ネア・ガンディアの打倒を掲げ、獅子神皇の討滅を誓ったりしないものだ。
魔晶船が、動き出した連合軍空中戦力の先陣を切って、ネア・ガンディア軍小型飛翔船の隊列へと突っ込んでいく。
ちょうど、そのときだった。
進路上の遙か彼方に光が生じた。




