第三千百六十三話 挑戦(一)
獅子神皇レオンガンド・レイグナス=ガンディアは、神皇の座に在る。
獅神天宮ナルンニルノルの中枢にして、ネア・ガンディアの中心ともいうべきその空間には、彼以外にも、彼の腹心たる神将たちが控えていた。
神将は四名。
神の盾たるナルガレス、神の剣たるナルノイア、神の声たるナルドラス。
そして、神の目たるナルフォルン。
いずれも、レオンガンドの復活に伴い、死を超克し、この世に舞い戻ったものたちであり、かつて、彼とともにガンディアに在って、夢を追い、ワーグラーンの大地を駆け抜けたものたちだ。
彼がみずから選び、蘇らせた獅徒とは違い、神将たちはみずからの意思でもって彼の元に馳せ参じた。たとえ命を落とし、魂だけの存在となろうとも、彼に忠を尽くす、と。
故に、レオンガンドは、彼らを復活させた。獅子神皇の腹心たる神将としての生を与え、力を与え、名を与えた。
レオンガンドとともに戦える日が再びきたことを彼らは大いに喜んだ。彼らの歓喜に満ちた反応こそ、レオンガンドが求めたものであり、望んだ光景だった。
ガンディアを、もう一度作り直すのだ――という彼の想いは、彼が長い眠りについている間、神将たち腹心によって、実行に移されることとなった。
新生ガンディアを意味するネア・ガンディアという名称は、レオンガンドの再起に相応しいものであり、彼は、大いに気に入った。
名付けたのはナルフォルンであり、彼女の知識が古代語にも深く精通していることがわかるだろう。ガンディアも古代語によってつけられた国名であり、獅子の神を意味する。
つまり、ネア・ガンディアを現代の言葉に訳せば、新生せし獅子の神、ということだ。
獅子神皇レオンガンド・レイグナス=ガンディアとして復活し、新たに歩み出した彼にこそ相応しい言葉といっていいだろう。
そう、神将たちは、レオンガンドがなにをいわずとも、彼が望み、求めることを理解していたのだ。だからこそ、ナルフォルンは、レオンガンドが気に入るであろう呼び名をつけることができたのだし、ネア・ガンディアという組織の枠組みも、彼の望み通りのものとなっていった。
ヴァシュタラの神々を支配下に加え、ヴァシュタリア軍の将兵を取り込み、《白き盾》を獅徒として転生させ――ネア・ガンディアは、着々と戦力を整え、世界最大級の軍事力を誇る国へと成長していった。
レオンガンドが長い夢を見ている間に、だ。
目が覚めたときには、もはや、敵などいない状態といってもよかったのではないか。
いやそもそも、彼に敵などいない。
いるはずがない。
彼は、世界を掌握するにたる力を手に入れていた。世界全土を支配し、生きとし生けるものすべての生き死にをも管理していた。
もはや、彼に敵うものなどいないのだ。
ならば、なにも焦ることはない。
なにも、急ぐことはない。
悠々と、世界を支配していけばいい。
あの日見た夢をいまこそ叶えるのだ。
そう、想った。
そう、想っていた。
けれども――。
「南東方面制圧艦隊、南東大陸近辺に展開」
ナルフォルンの淡々とした戦況報告にレオンガンドは、顔を上げた。ナルフォルンを除く三名の神将もまた、彼女に視線を向けている。
両方の瞼を閉ざしたナルフォルンには、世界中を席巻しつつあるネア・ガンディア軍の全艦隊の様子が手に取るように見えているに違いない。
ナルフォルンの目は、神の目なのだ。
無論、レオンガンドもその気になれば、ナルフォルン以上の力でもって世界全土を見通すことくらい容易い。
彼の目を逃れるものがあるとすれば、ただひとつ、黒き矛だけだ。
「ついに始まりますな」
ナルドラスがレオンガンドをまっすぐに見つめてくる。アルガザード・バロル=バルガザールの面影を多少なりとも残した神将の表情からは、複雑な心境を感じ取ることができた。
彼は、神将としてレオンガンドの側にいられることに無上の喜びを感じながら、一方で、将として戦場に出ることができないという立場にやきもきしているのだ。
それは、ナルガレス、ナルノイアも同様だろう。
せっかく得た力を振るう場もないというのは、確かに虚しいものかもしれない。しかし、彼らには彼らの役割があり、立場があるのだ。
神将は、獅子神皇の腹心であり、獅子神皇とともに在らねばならない。
自由に飛び回る獅徒とは違うのだ。
その獅徒たちも、今回は獅神天宮に留まらせている。
この度の戦いは、ネア・ガンディアの――いや、獅子神皇レオンガンド・レイグナス=ガンディアの世界への挑戦なのだ。
イルス・ヴァレ全土、ありとあらゆるものを敵に回す戦いであり、そのすべての敵を叩いて潰し、この世界をネア・ガンディアのものとするのだ。
小国家群統一などという生温いことは、もういわない。
いう必要がない。
力が有るのだ。
世界を支配し、統一するだけの力が。
もはや、躊躇する必要はない。
「南西方面制圧艦隊、南西大陸近辺に展開」
ナルフォルンの報告とともにレオンガンドの脳裏に浮かぶのは、南西大陸上空の光景だ。
南西大陸、と、ネア・ガンディアが呼んでいるのは、かつて神聖ディール王国が支配していた土地であり、大崩壊によって引き裂かれたワーグラーン大陸の一部だ。
大崩壊は、たったひとつの大陸をばらばらに引き裂き、いくつもの陸地にして、大海原にばらまいた。そのうち、広大な陸地を大陸と呼んでいるのだが、大陸と呼べる大地は、全部で七つあった。
北西大陸、北東大陸、東大陸、南東大陸、南大陸、南西大陸、西大陸の七大陸だ。
その七つの大陸を完璧に支配することが、この度の戦いの目的だった。
ナルフォルンが見ている光景そのものであるそれには、バルガザール級飛翔戦艦三番艦ハルベルクを旗艦とする大艦隊の勇姿が映し出されている。
ハルベルク以外にも多数の飛翔戦艦と無数の飛翔船を率いる大艦隊は、ただそれだけで圧倒的というほかないだろう。
これだけの戦力に対抗しうる戦力など、南西大陸にあるのだろうか。
ちなみに、南東大陸近辺に展開した南東方面制圧艦隊は、旗艦をバルガザール級飛翔戦艦二番艦ジゼルコートを旗艦としている。
「北西方面制圧艦隊、北西大陸近辺に展開」
つぎに報告が有った北西方面制圧艦隊の旗艦は、他の大艦隊と同じくバルガザール級飛翔戦艦の四番艦イシウスだ。
世界制圧の主力として建造された飛翔戦艦は、その規模に応じて等級が定められており、シウスクラウド級を最大級最上級とする。
シウスクラウド級飛翔戦艦は一隻しかなく、しかも、獅神天宮の核となっているため、この度の作戦には参加していない。
ある意味、参加しているといってもいいのかもしれないが。
ついで、二番目に大きな飛翔戦艦をバルガザール級と呼ぶ。
名称の由来は、もちろん、ガンディア一の名門バルガザール家からだ。
「北東方面制圧艦隊、北東大陸近辺に展開」
ナルフォルンの報告とともにレオンガンドの脳裏に投影された北東方面制圧艦隊は、ほかのどの方面の艦隊よりも規模が大きく、比較しようがないほどといっても過言ではなかった。
それもそのはずだ。
北東方面こそ、今回の作戦における肝であり、最重要方面といっても過言ではないのだ。
戦力の大半をそこに集中させたのも、そのためだ。
北東方面には、力が集中している。
ネア・ガンディアの敵が。




