第三千百五十七話 天啓(四)
状況が動いたのは、その夜のことだった。
定例会議を終えたニーウェハインは、腹心たちと話し込んでいた。ニーウェハイン、ニーナ、ランスロット、シャルロット、ミーティアの五人で、だ。話題は、戦いの後のことばかりであり、いかにだれもがこの戦いのことを深く考えたくないかが知れた。
敵の規模が不明であり、ただただ不安ばかりが煽られている現状にあって、考えようがないということもある。
どれだけ万全の準備をしたと想っても、それを上回る戦力が押し寄せてきた場合、手も足も出ないまま、敗北するのではないか。敵がネア・ガンディアであれば、なおさらその可能性は強い。話に聞く限り、ネア・ガンディアの戦力というのは、とてつもない規模のものであるらしいのだ。
少なくとも、神々を動員しうるという時点で、計り知れないところがある。
その一部でもこちらに差し向けられれば、どうなるのか。
戦場は地獄と化すだろうし、勝利できるのかどうか、生き残れるのかどうかさえ、わからない。
それでも立ち向かわなければならない。
帝国臣民をほっぽり出して逃げ出すなどという選択肢があろうはずもない。
ニーウェハインは皇帝であり、腹心たちは、そんな彼とともに生きて死ぬ覚悟を持っている。
たとえ負けるとわかっている戦いであったとしても、戦い抜く以外に道はない。
そこに一縷の希望がある限りは。
そんな風に、状況があまりにも不透明であるということが、逆にニーウェハインたちの会話を弾ませていたのは皮肉というべきか、なんというべきか。ランスロットとミーティアの空元気にも似た調子の良さが、ニーウェハインを久々に笑わせたのは、良いことではあったのだろうが。
そうしたときだった。
ニーウェハインの脳裏に聲が閃くように駆け抜けて、彼は席を立った。ニーナやランスロットたちが驚くのも気にせず、作戦司令室を出ると、四人が追い縋ってくる。
建物の外に出れば、夕闇が迫る頃合いだった。
ディヴノア市内にある帝国軍基地。煌々と輝く魔晶灯の光が基地内を明るく照らしているため、どれだけ闇が濃くなろうとも、歩くのに不便しない。
「どうしたんです? 陛下」
追い縋ってきたランスロットの質問には応えず、彼は、頭上を仰いだ。夕焼けはもはや薄くなり、夜の闇が空に迫ろうとしている。星明かりが見え始めていた。夜も目前。
《近い》
聲が、次第に強く、鮮明に聞こえてきたのは、ニーウェハインがそちらに意識を向けたからだ。ニヴェルカインとの交信は、双方が意識しなければ、その精度は極めて低いものになる。故に、ニーウェハインがなにかほかのことに意識を向けているとき、ニヴェルカインが強くいってきても、頭の中に違和感が生まれるくらいの影響しかないのだ。
いまは、その違和感を逃さないように意識していることもあり、ニーウェハインがニヴェルカインの交信を逃すことはなかった。
「近い?」
《敵がすぐそこまで迫っている。予想以上に早い》
ニヴェルカインの勧告を受けて、ニーウェハインは、渋い表情になった。そのまま、背後の腹心たちに告げる。
「大総督、それに三武卿。いますぐ全軍に通達せよ」
彼は、北の空を睨み据えて、いった。
「敵襲だ」
その瞬間から、ディヴノアの内外は天地をひっくり返したかのような大騒ぎとなった。
統一ザイオン帝国軍の大防衛網は、現在、ディヴノアを中心に築き上げられている。
ディヴノアが南ザイオン大陸最北端に位置するからであり、先のナリアとの戦いでも同様に用いられたからだ。
ナリアとの死闘は、ディヴノア一帯に壊滅的な被害をもたらし、その戦いのために用意された陣地や拠点の数多くが使い物にならなくなっている。大いなる女神の力によって引き起こされた天変地異の数々、その爪痕は、いまも痛々しいままだ。
遙か上空から見下ろせば、わかる。
ナリアがとてつもなく強大な力を持っていた事実と、その戦力の膨大さを実感として理解できるのだ。
よくもまあ、勝てたものだ、と、いまさらのように想う。
その戦場跡地を含む広域に統一帝国軍が結集し、布陣しており、その数、五十万を超えている。総勢六十万のうちの大半が、このディヴノア近辺に築き上げられた拠点群に待機しており、いつ何時、出撃命令が発せられてもいいように待機しているということだ。
歩兵四十万、騎兵十万、戦車兵五千、そして武装召喚師は七千人を超える。
戦車兵とは、この三ヶ月で誕生した帝国軍の新たな兵科であり、新戦力であるそれは、召喚車を元とする移動兵器・魔戦車の運用を行う兵科だ。魔戦車の動力は、召喚車と同じく召喚武装であるため、魔戦車一台につき、一名の武装召喚師、もしくは召喚武装使いが必要となる。
千台存在する魔戦車のすべてがこの地に集まっているため、千名の武装召喚師(もしくは召喚武装使い)が戦車兵として行動することになっている。魔戦車の機動性、火力を考慮すれば、戦車兵に武装召喚師を割くことは必ずしも愚策ではない。
むしろ、戦闘を不得手とする武装召喚師にとって、召喚武装の力を火力に変える魔戦車の存在はありがたいものだった。魔戦車の分厚い装甲は、生身の肉体で戦わなければならない武装召喚師の身を守りもするだろう。
もっとも、魔戦車に頼らずとも戦える武装召喚師ならば、それに越したことはない。
一方、海上に目を移せば、帝国軍の戦力は集い、展開している。
帝国には、古来より海軍が在り、どこの国よりも海を得手としていた。“大破壊”以来、大海原によって分け隔てられた世界にあって、帝国が存在感を発揮する可能性を大いに秘めている理由のひとつとして上げられるのが、それだ。
帝国海軍の操船技術は、海帝アデルハインの時代には世界最高峰だったのだ。それ以来鍛錬を怠ることなく、技術を磨き続けてきた海軍の実力を疑うものはいない。
海兵はおよそ一万名いて、軍船五十隻に、大型軍船十隻がディヴノア近郊の海に停泊していた。いずれの船にも魔砲が取り付けられているのだが、それこそ、魔戦車の砲台とまったく同じものだった。つまり、軍船の数だけ武装召喚師を割く必要があるということだが、それも織り込み済みだ。
南大陸を取り囲む紺碧の大海原は、悠然と、なにごともないかのように揺れ動いている。
ニーウェハインは、ニヴェルカインと同調することで、遙か上空から地上および海上の様子を確認し、遙か遠方にまで視野を広げることができていた。
神との同調、神との合一。
神降ろし、と、彼は呼んでいる。
神をその身に降ろし、神そのものとなるのだ。
ナリアが歴代皇帝にしてきたことを、ニーウェハインなりに解釈し、利用しているということだ。ナリアと違うのは、ニヴェルカインが帝国臣民の祈りと願い、望みによって顕現した神であり、帝国の絶対的な守護神であるということだ。
ニヴェルカインが帝国臣民を裏切ることは絶対になく、故に、ニーウェハインは、安心して神に身を任せることができるのであり、完全無欠に信用することができるのだ。
神降ろしによってニーウェハインの目は、ニヴェルカインと同じ視力を得ていた。聴覚も、触覚も、それ以外のあらゆる感覚もそうだ。
召喚武装エッジオブサーストを手にしたとき以上の超感覚。
まさに全知全能の存在になったかのような万能感。
だが、力に酔うことはない。
遙か彼方、北の空を埋め尽くす光の船団を見ていたからだ。
それは、飛翔船の群れだった。
ネア・ガンディア。




