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武装召喚師――黒き矛の異世界無双――(改題)  作者: 雷星
第三部 異世界無双

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第三千百四十七話 反撃(七)

 リュスカが魔法によって生み出した幻の炎は、ただ、視覚のみに訴えるものではない。

 見るものすべてに本物の炎であると完璧に錯覚させるには、やはり視覚を騙すだけでは不完全だ。あらゆる感覚を欺瞞し尽くさなくては、完璧とはいえない。

 いま、バッハリアを灼き尽くさんばかりの勢いで燃え広がる炎の幻影は、実際には燃えておらず、熱を発しているわけではないのだが、見ている限りでも熱を感じるし、冬の夜中だというのに汗が浮かんだ。あらゆる感覚が騙され、本物の炎であると錯覚していることで、体調までもが異常をきたしているのだ。

 バッハリアの市民が逃げ惑うのも当然であり、幻と見抜いた聖軍兵士の呼びかけも虚しく、バッハリアの混乱が加速する一方なのは自然の流れといってよかった。

 とはいえ、聖軍の兵士たちには、都市を包み込む炎が幻覚であると見抜かれており、彼らがその燃え盛る炎の中を突き進んでくる様は、勇猛果敢と評してもいいだろう。バッハリアの維持を任された駐屯部隊の兵士たちにしてみれば、このような混乱に負けている場合ではなく、一刻も早く終息させなければならないと必死なのだ。

 しかしながら、いまやバッハリア市内の大半を埋め尽くす炎を幻影と見抜いたからといって、その幻覚そのものを振り払うことができようはずもなく、聖軍の兵士たちがところどころで立ち止まったり、隊列を乱したりする光景が見受けられた。

 突如として噴き出した炎や、舞い踊る炎の幻覚に翻弄されているのだ。

 しかもそれらは熱を錯覚させており、体中から大量の汗を流しながら走り続けているものだから、体力の消耗たるや凄まじいものに違いない。いずれも絢爛豪華な武具を身に纏ってもいる。

 重量感たっぷりの甲冑は、彼らが聖軍兵士であることを主張する以外、なんの役に立つのかもわからない。少なくとも戦闘用ではなく、儀礼用といったほうが正しいのではないだろうか。

 そんなことを考えるだけの余裕が、ユベルたちにはあった。

 バッハリアの東城壁の上に、彼らはいる。

 魔王ユベル率いる魔王軍の精鋭たち。戦力としては役立たずな魔王を筆頭に、最高戦力たる魔王妃リュスカ、戦力としては未知数ながら類い希なる才能を秘めた魔王女リュカの三名に加え、魔王軍の主戦力が勢揃いしていた。

「数は千人足らず。随分と減っていますが……どういうつもりなのでしょう?」

「さてな……わたしには、連中の考えなどわからんよ」

 ノノルが報告してきたのは、こちらに迫りつつある聖軍兵士の数だけではない。既に昏倒し、拘束済みの兵士を含めた数だ。

 一千人という数は、たった、といっていい人数だった。

 聖軍兵士は、常人とは雰囲気の異なる人間からなる。おそらくは選び抜かれたネア・ガンディアの精鋭であり、また、なにがしか特別な強化が施されているものと見るべきだろう。でなければ、数万という規模とはいえ、人間だけの軍隊にこの島の統治を任せはしないだろう。

 余程、ネア・ガンディア首脳陣が無能でなければ、の話だが。

 元々、バッハリアには一万人の大部隊が駐屯していた。マルスールにも一万人の駐屯部隊が置かれ、エンジュールには五千人、マイラムには二万人という大人数が手配された。ネア・ガンディアの圧倒的軍事力の前に降伏するよりほかなかったログノール、エンジュールのひとびとにとっては、それだけの大軍勢が駐屯しているという事実だけで心折れるものだっただろうし、実際、聖軍の駐屯が始まってからというもの、ログナー島の火は消えたも同然のような日々が続いていた。

 これがただの人間による軍隊ならば、魔王軍が奮起すれば覆しようもあるのだが、いかんせん、そういうわけにはいかなかった。

 そもそも、ユベル率いるメキドサールは、ネア・ガンディアに目をつけられており、生存している事実を隠し続けなければならない事態にまで追い込まれていたのだ。もし、ユベルたちが生き延びているという事実が知られれば、ネア・ガンディアの軍勢がログナー島全土を荒らし回った上で、根絶やしにせんとしたに違いなかった。

 聖軍将兵だけが相手ならばまだしも、ネア・ガンディアの主戦力が送り込まれてくるような事態になれば、滅亡は必至。

 故にユベルたちは、メキドサールの滅亡とともに死を装い、隠れ続けなければならなかったのだ。

 そんなユベルたちがなぜいまバッハリアに姿を現したのかといえば、状況が大きく動いたからにほかならない。

 夕刻、空を覆う数多の船を見た。

 それはさながら昇天する天使の群れのようであり、神々しくも異様なほどの寒気を覚えさせる光景だったのだが、その様を見たユベルには、直感があった。

 ネア・ガンディアが大軍勢を動かしたということは、このログナー島の情勢になんらかの変化が起きるのではないか、ということだ。

 それが良きにせよ悪きにせよ、もはやメキドサールが隠れている場合ではないのではないか。しかし、だからといって、なんの考えもなしに行動を起こすのは、短慮であり、浅薄だ。

 そこで彼は、バッハリアの状況を確認し、駐屯部隊が激減していることを把握するなり、軍を動かした。元々、いつでも動けるように準備だけはしていたのだ。いつなにが起こるのかわからない以上、ログノールやエンジュールの同志たちが反撃の狼煙を上げるのを待っているだけではいけない。

 常にあらゆる状況に備えておくのが、為政者というものだろう。

 メキドサールを速やかに滅亡させ、まったく別の場所に新たなメキドサールを作り上げたのだって、彼がどんな状況にも対応できるようにと準備していたからにほかならない。そしてそれができるのは、彼が率いるメキドサールが皇魔の国であり、皇魔の多くがとてつもない生命力に溢れているからだ。

 人間の国では、こうはいかなかっただろう。

 事実、人間の国たるログノールもエンジュールも、ネア・ガンディアに降伏する以外に打つ手はなかったのだ。

(それが悪いというわけではないがな)

 そうしなければ、ネア・ガンディアによって攻め滅ぼされていただけのことだ。

 当時もいまも、ログナー島の全戦力を掻き集めても、ネア・ガンディアの船団に敵うわけがない。

 だからこそ、メキドサールも待ち続けた。

 ネア・ガンディアがなにかしらの行動を起こし、ログナー島の防備が手薄になるときを。

 それが、いま、だ。

「さて、仕上げといこうか」

 ユベルが告げると、途端に幻覚の炎が消えた。それまで感じていた熱が一瞬にして消え去り、代わりに夜の冷気が身を包む。汗をかいていたせいで、凍り付くような寒さに身震いしていると、リュカが彼の足に引っ付いてきた。

 ユベルは、哀れに想い、彼女を抱え上げると、リュスカの視線に気づいた。彼女は、ユベルの対応を喜んでいるようだった。

「全軍、攻撃を開始せよ!」

 ユベルに代わってノノルが号令すると、城壁上に鬨の声が上がった。レスベル、ベスベルの雄叫びが、それまでバッハリアを埋め尽くしていた悲鳴を掻き消し、聖兵たちの足をも止めた。が、すぐさま駆けだした兵士たちは、血相を変えている。敵襲。それも皇魔の集団が城壁を突破してきたとあっては、人間の兵士たちが血相を変えるのも当然だ。

 皇魔は普通、城壁に護られた都市を攻撃しない。

 魔王軍は、ユベルの指揮によって、それを可能としている。

 魔王軍には、人間が持つ皇魔の常識は通用しないということだ



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